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鳴高市の悪役事情  作者: 十六夜
15/21

鳴高市の悪役事情⑮

 だ、大丈夫。まだ四時前だ。伊月の話を聞いた後で、急いで店に行けば余裕さ。

 知らず知らずの内に、頭の中でそう言い訳をしながら、教室を出ていく伊月の後を追いかけた。

 それから数十分。俺達の間には会話はない。初めこそ、あれやこれやと話しかけてはみたものの、返ってくるのが短い相槌や上の空なものばかりであり、話す気がすっかりと失せてしまったのだ。

 伊月は無言で歩き続ける。俺も、その後に続いた。何故だか、肩を並べて歩くことに躊躇いを覚えてしまった。

「あれ、ここって……」

 いつしか俺達は、とある交差点へと来ていた。そこは、ここを超えると別の市となる、いわゆる市境に位置している。普段ジョーカー伯爵として、あちこちを回っている俺でも、こんな端には滅多に、いや、全く来ない。着替えをしてから、ここまで見つからずに来ることがまず困難だし。せいぜいここから少し離れたパチンコ店に一度や二度来たぐらいかな。そういえば、少し前にも、その店には世話になったな。

 なんて、伯爵モードに切り替わりかけた頭が、ポケットから取り出した携帯で、時間を確認する。四時を少し過ぎている。そろそろ戻らなくては間に合わないかもしれない。一体、伊月はどこに行こうというのか。

「なぁ、どこまで――」

 そう言いかけた俺の足が、なにかを蹴飛ばす。ころころと眼前に転がっていったのは、なにやらライトらしき物体。そう言えば、さっきから足を動かす度に、ジャリジャリとなにかを踏みつけている音がしている。

 目を凝らして地面をよく見てみると、足下にはガラスや様々な色をした破片が散らばっていた。

「……一ヶ月ぐらい前に、ここで事故があったの、知ってる?」

 先程から黙ったまま、ひたすら歩き続けていた伊月が、足を止め、いつの間にか振り返り俺を見ている。

「事故?」

 そういえば、いつだったか母さんがそんなことを言っていたような気がするな。鳴高で、大きな事故があったとかなんとか。

「原因は片方の車の信号無視。側面から突っ込まれた車は、交差点の中央で停止。その後ろから走ってきた車も数台が玉突きのような形になったりで。車線を塞いでの大渋滞になったらしいわ」

 車同士の事故。

 そうか、さっき俺が蹴飛ばしたのは車のヘッドライト。このジャリジャリしてるのは、ぶつかった車のライトやボディが砕け散ったものか。事故車の片付けをする際に、道路脇に掃き寄せられたものを、踏んでしまったようだ。

 ん、でも待てよ。一ヶ月前ってことは、まだ伊月はここにはいなかったんじゃないか。どうしてここまで、その事故に詳しいのだろう。

「私ね、元々この先の青沢市に住んでいたの」

 伊月が見上げたその先には、信号機と共に、この先が青沢市であることを示した標識が掲げてあった。

「へぇ、そうなんだ」

「うん。でも、聞かされるのは隣の鳴高のヒーローやジョーカー伯爵の話ばかり。青沢には、名物みたいなものはなにもないから」

 伊月に笑みを返しつつも、俺はその心意を伺った。

 この話が、事故となんの関係があるのだろう。

「話を聞かされたって、誰から?」

「お父さん。若い頃にナルカゼンジャーを見て以来、もう夢中みたい。ナルカゼレッド、あ、市長の熱い演説を聞いて、青沢市にもその文化を広めようとしたぐらいだし」

「そうなの?」

「えぇ、市役所勤めの同僚に掛け合ったらしいわ。笑い話にされちゃったって嘆いてたけど。青沢市に家を建てたことすら、早まったって言っていたもの」

 伊月の口からため息が漏れる。だけど、この話をすることが楽しくて仕方がないと、そんな感じすらあった。

「伊月は、お父さんのことが大好きなんだな?」

「……そうね。私は、お父さんが大好きだったわ」

「え?」

 伊月の顔から笑みが消えた。『だった』、とはどういう意味なのか。

 そこまで考えた俺の頭は、先程の事故の話へと行き着いた。

「も、もしかして、事故に遭ったのって、伊月のお父さん?」

 導き出した衝撃的な事実を高ぶった声にて問い掛けた。しかし、それに対し、伊月はゆっくりと首を振る。

「え?」

「……違うわ」

 良かった、と安堵の息を吐いた俺。

 しかし、伊月の口から続けて出たのは、俺の安堵をぶち壊すものだった。

「……だけど、半分は正解」

「どういう意味?」

 安堵して緩みかけた空気が一転。途端に息苦しさが増した。 

「あの日、お父さんは自転車に乗って、この交差点を通りかかった」

 伊月が、静かな口調で切り出す。

 嫌な予感がした。この先を聞いてはいけないような、俺と伊月の関係が終わってしまうような、そんな予感が。

 だが、その予感とは裏腹に、俺の足はぴくりとも動かない。俺の耳は、いや、俺の神経全てが伊月へと集中している。

「同僚の人が言うには、たまたま早く仕事が終わったから、鳴高市に足を伸ばしたんじゃないかって。ちょうど、ジョーカー伯爵が現れる日だったから」

 突然出てきたジョーカー伯爵の名前に、肩を震わせてしまった。何故、ここでその名前が出てくるんだ。

「ここからは、その日、たまたまその場にいた人から聞いた話よ。お父さんが通りかかった時、この交差点は大混乱だったみたい。当たり前よね、交差点の真ん中で車が停まっているんだもの」

 伊月の話は、どこか真に迫るものがあった。俺が今、本当に事故の現場にいるのではないかと錯覚を覚える程に。

 鳴り響くクラクション。嘆き、焦燥、興奮といった、人々の喧騒。

もはや一ヶ月も前の出来事のはずなのに、俺には何故か、その景色が鮮明に映し出されるようだった。

「……横から衝突されて停止している車の助手席に、まだ女性が乗っていることに気付いたお父さんは、助けるために交差点の中央に向かっていったらしいわ。皆が口々に戻るように叫んでも、まるで聞く耳を持たなかったそうよ。大方、大好きなヒーローでも気取っていたんじゃないかしら。……ま、結局は、助けようとした本人が、車にひかれちゃったんだけど」

 肩を竦めて皮肉まじりに鼻で笑い飛ばす伊月の姿は、これ以上ないほどに痛々しく見えた。

「馬鹿みたいよね。そんなに体力があるわけでもないのに、背負って歩こうとしていたんですって。そんなことしていたら、後ろから走ってきた車にひかれるのも無理はないわ。……そう思わない?」

「いや、それは……」

 冷酷過ぎるほどに容赦なく、彼女はそう問い掛けてきた。なんと残酷な質問をするのだろう。

「警察も救急車も、それだけの大事故にも関わらず、中々到着しなかった。ねぇ、どうしてだと思う?」

「どうしてって、道が混雑していたからじゃ……」

「それもあるわ。でも、それだけじゃない」

 そう言いながら、伊月はすっと、俺を指さした。正確には、俺の顔よりもわずかに上を、だが。

 その腕を目線で追いかけ、振り返った俺は、目を見開いてしまう。

伊月が指で指していたのは、とあるパチンコ店の建物であった。

「……あそこのお店、行ったことある?」

「いや、ないけど……」

 心意の図れぬその問いに対し、咄嗟に答えた俺を横目に、伊月は腕を下ろす。

「そう。あそこはね、鳴高市最大規模のパチンコ店なんですって。知ってた?」

「ん、ああ。それくらいは。それがどうかしたの?」

「……でも、お店に面した道路は狭く、車がすれ違うのがやっとだそうよ」

「へ、へぇ、そうなんだ」

 彼女は、なにを言いたいのだろうか。

「そんな場所で、暴れ回ったりしたら、どうなると思う?」

「暴れ回る? それってどういう……」

 更に追及しようとした俺の脳裏に、ふとある光景がよぎる。

 そういえば、あそこのパチンコ店にてヒーロー達と対峙していた際、パトカーや救急車が通ったことがあった。その時は、見物人がたくさん集い、道を塞いでいた。助手席に座っていた警官や救急隊員がしきりにアナウンスで呼び掛けていたものの、悪ノリした彼らは中々その場を動こうとはしなかった。結局その場 は、わざわざパトカーから下りてきた警官達によっておさめられた。だが、その間、時間をロスしていたことは確かだ。

 あの時はなにも考えなかったが、もしかしたらそのことが原因で?

 体に戦慄が走る。

 口内から水分が失われ、その代わりに、背中からべっとりと汗が噴き出していた。

「そ、それで、どうなったんだ? お父さんは?」

 聞かずともよいのに、聞かずにはいられない。その答えが、とてつもなく恐ろしいものだとしても。

「……どうして?」

「え?」

「どうして、善斗くんがそこまで気にしてくれるの?」

「い、いや、それはその、……ここまで聞かされたら、どうしても気になるじゃないか」

 嘘だ。いや、その全てが嘘というわけではないが、それだけなわけがない。

「……そう」

 釈然としない面持ちで、伊月は頷いた。

「お父さんは、入院しているわ。鳴高の病院でね」

「そうか。……良かった」

 強張っていた肩の力が少しばかり抜ける。それに伴って、漏れる吐息。

 申し訳ないが、伊月の口ぶりから、どうしても悪い方向にばかり思考が傾いてしまっていた。

 ひと安心、かな……。

「ねぇ、善斗くん」

「なに?」

 伊月が、真正面から俺を見据えていた。嘘偽りを許さぬような、その澄んだ瞳で、真っ直ぐと。

「……もう、五時よ。行かなくていいの。善斗くん、ううん――」

 続けて出た彼女の言葉に、思わず耳を疑った。

「――ジョーカー伯爵」

 恥ずかしい話、この瞬間の顔は、相当酷いものだったと自分でも思う。ただ、それだけ衝撃的で、そして信じられなかったのだ。

「い、いや、なにを言ってんだよ、伊月。俺がジョーカー伯爵だって? そんなこと、あるわけないじゃないか!」

 だからこそ、こうして無意味な嘘をついてしまったのかもしれない。この嘘が、伊月を傷つけているとも知らないで……。

「そう。あくまでも、自分は違うって言うのね?」

「ああ、ち、違うさ……」

 依然として、真っ直ぐに見詰めてくるその視線が、俺の心をちくりと突き刺してきた。その痛みと視線に耐えきれなり、思わず逸らしてしまった顔に苛立ちを覚えたのか、伊月は声を荒げた。

「……どうして、どうしてそんな嘘をつくのよ!」

「な、なんのことだよ?」

「なんで本当のことを言ってくれないの?」

「本当のことって言われても、俺は――」

 伯爵じゃない――そんな風に否定してみたところで、最早なんの意味もないことを、俺は悟ってしまった。

 伊月の瞳は、はっきりとした確信を抱いている。これ以上否定したところで、それは嘘の上塗りにしかならない。

 だからこそ俺は、答えることができなかった。言葉が見つからなかったのだ。

 そして、この反応は、自ずと物語っている。俺こそが、伊月が毛嫌いするジョーカー伯爵だと。

「……善斗くんが、伯爵なんでしょ?」

 再度念を押すようにゆっくり聞かれたことで、とうとう誤魔化すことができなくなった。

「……ああ、そうだよ」

「やっぱり」

 絞り出すように出した答えに、伊月が深々とため息をつく。

「どうして、わかったの?」

「わかるわよ。那由多ちゃんがあれだけ怒ったのを見れば。あの子、本当に善斗くんのことが好きなのね」

 そうか。確かにあの時、那由多がそんなようなことを口走っていた気がする。色々なことが一度に起こり過ぎて、完全に忘れていた。

「それに……」

「ん?」

「……いいえ、なんでもないわ」

 一瞬言いづらそうに顔をしかめた伊月は、首を振り、その表情を掻き消した。

「……どうして、本当のことを話してくれなかったの?」

 『くれない』ではなく、『くれなかった』。

「それは……」

 伊月のことが好きだから。彼女が嫌っているジョーカー伯爵の正体が自分だとバレたら、この関係が終わってしまうと思ったから。そんな風に言ったら、彼女はどう思うだろう。それすらも嘘だと認識してしまうのか。

「それは、なに?」

「それはその……」

 言えない。伊月の答えが怖くて。この恋が、せっかく始まった楽しい学校生活が終わってしまうのが怖くて。

 だけどもう、なにもかもが遅い。

 いや、そもそも何故、彼女は俺にこんな話をしたのだろう。この話を切り出したことで、伊月は俺になにを求めているのか。

「どうして、最初から言ってくれなかったの? 私、貴方に……ううん、伯爵に対して酷いことをたくさん言ったでしょ。その時にどうして、自分が伯爵だって、名乗り出なかったの?」

「いや、それはさ……」

 名乗り出れるわけがない。あれだけ激昂していた伊月に対して、自分がその相手だなんて、口が裂けても言えるわけがない。火に、油を、いや、ガソリンをぶち込むようなものだ。

 ただ、これに関しては伊月も分かってくれているようだった。

 だからこそ、さっきのは冗談。口元に微笑すら浮かべるほどに優しい冗談だった。

「じゃあ――」

 そして、ここからが伊月の本題だと、その強張った表情が切に物語っていた。

「――どうして、お父さんの話を聞いても尚、あんな風に嘘をつき通したの?」

 彼女は静かに、牙を剥いた。

 言葉に詰まる、なんてもんじゃなかった。

声が出ない。何故か喉が酷く渇き、気がつくと、生唾を飲み込み、大きく息をしていた。

「少しでも悪いと思う気持ちがあるなら、誤魔化したりなんてしないわ。謝罪して、反省するはずでしょ?」

 伊月がこれほどに怒っている理由――それは、俺が伯爵の正体だったことではない。むしろ、その嫌悪感を払拭するチャンスすらくれていた。

 しかし、素性を隠すことに気を取られているあまり、伊月のお父さんの事故のことを聞かされても尚、俺は知らないフリをしてしまった。……思い当たる節はありながら、自分には関係ないと、逃げてしまったのだ。

 その挽回や弁解もできずにいる俺に、失望した眼差しを向けた伊月はくるりと背中を向けた。

「……もういい。善斗くんに少しでも期待した私が馬鹿だった」

「あ、伊月!」

「……ううん。最初から期待する必要なんてなかったのよ」

 寂しそうに、それでいて辛辣に、伊月は自嘲的な笑みにて続ける。

「貴方がなにかをしてくれたところで、お父さんが帰ってくるわけじゃないもの」

「おい、それって……」

 引っ掛かる物言いに、反論しかけた俺を制止したのは、彼女の冷め切った笑顔。

「……貴方のせいよ、こうなったのは。やっぱり最低だわ、ジョーカー伯爵なんて」

 背中越しに、そう吐き捨て、歩き去っていく伊月。

去り際の言葉が鎖のように俺の足を絡めとり、後を追うことができなかった。

いや、例え追えたとしても、なにを言えばいいのか。なにをしてやれるのか。ただ、伊月のご機嫌をとることしかできないんじゃないか。

心を閉ざした伊月の口から出た諦めの言葉。それを否定してやれるだけの力が、俺にはない。それに、今の俺の言葉じゃ、彼女の心には絶対に届かないだろう。

 無力さを噛み締めながら、俺は立ち尽くしていた。遠くから聞こえてくる五時を知らせる鐘の音を、ぼんやりと聞きながら。


俺の恋は終わった。



そして、この日を境に、ジョーカー伯爵は鳴高市から姿を消すことになる。



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