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鳴高市の悪役事情  作者: 十六夜
12/21

鳴高市の悪役事情⑫

「あー、もうなんなの、あの女!」

「あの女って、伊月は先輩だぞ。敬語使え、敬語」

「先輩って言っても、祭や善斗と同い年だからいいの。それより伊月ってなによ、馴れ馴れしい!」

 ショーケースにもたれ掛かって憤慨している那由多に、俺とおっちゃんは苦笑した。

 ヒーローに扮した先生が俺を退治し、子供達の笑顔を守った時には、伊月と那由多の姿はその場にはなかった。

 その後、二人がどんな話をしたのかはわからない。

 ただ、俺が店に戻ってくると、那由多は既にこうして愚痴をこぼしていた。伊月のことが相当気に食わないらしく、物真似をしてまで苛立ちを口にする。

「ああいう変な人に絡まれた時は大声を出しなさい、ですって。あんたは私の保護者か!」

 話している途中でとうとう我慢の限界に達したのか、ショーケースを荒々しく叩き始める。

「お、おいおい、那由多ちゃん。おじさんのお店が壊れちゃうから止めてくれないかな?」

 血相を変えて止めに入るおっちゃんも、さすがの剣幕に強くは言えないようだ。

「それにしてもさ、那由多。お前がそんなに怒るなんて珍しいな。いつもなら、俺を怒らせてくる立場なのに」

 制服のズボンに履き変えながら、冗談めかしくそうからかってやった。

 それがいけなかったのかもしれない。

「なに、私が怒ったらおかしいっての?」

「い、いや、ごめん。なんでもない」

 不用意に絡むのは止めた方が良さそうだ。

「あ、わかった。大好きな善斗が、その伊月って子に引っ叩かれたのが気に入らないんだろ?」

 そんな中、空気の読めないこの発言。那由多の鋭い眼光が発信源――おっちゃんの顔を射抜いた。

「はぁ?」

 唖然、というのはこういう顔なんだろうか。おっちゃんの言葉にあんぐりと口を開けた那由多はため息交じりに髪を掻き上げた。

「別に。……ただ、私の玩具が他人にごちゃごちゃとされるのが気に入らないだけ。ヤキモチとかじゃないし」

「玩具って俺の事かよ?」

「あら、もちろんそうだけど?」

 さらりと肯定されてしまった。こいつ、絶対に俺の事を年上として見てないよな。ま、今に始まったことじゃないけど。

 それにしても、いつまでここで駄弁っているつもりなのか。早く店から出て行ってくれないと着替えられないじゃないか。

「っていうか、いつまでそうしてるわけ。早く着替えなさいよ!」

 そんな気持ちをわずかでも汲んでくれる、なんてことは当然なく。容赦のない催促が飛んできた。

「いや、お前がそこにいるから脱ぐに脱げないんだって!」

「なに女々しいこと言ってんのよ。いいからさっさとして。早く帰るわよ、お腹も空いたし」

 な、なんて奴だ。

「はは、尻に敷かれてるな、善斗」

「うるせぇな……」

 これ以上口を動かしていても、那由多の機嫌が一層悪くなるだけか。仕方ないと観念し、ズボンに手をかける。そのまま制服に着替え、伯爵の衣装を乱雑にカバンに押し込んだ。

「さ、帰ろう、善斗」

 こちらの用意が整ったのを見届けた那由多は、足下に置いてあったランドセルを背負う。

「それじゃね、おじさん」

「はいよ、気をつけてな、二人とも」

 おっちゃんに見送られ、俺達は帰路につく。

 その間も、那由多の口からは伊月への不満が、それこそ崩壊した水道のように吐き出されている。俺からすれば、少しばかり複雑な気分である。

 隣から聞こえる声を気にも留めず、俺は考えていた。言わずもがな、伊月のことを。

 はっきり言って、叩かれたのは仕方がない。地元の人間ならともかく、他所から引っ越してきた人間があの場面を見れば、十人が十人、口を揃えて誘拐だと叫ぶだろうし。

 問題は、彼女がジョーカー伯爵を嫌う理由。世間一般の子供達のように、ヒーローと敵対する悪だから、という純粋な理由ではなさそうだ。

 正直、彼女の口から嫌いなんて言葉を聞くと、それが例えジョーカー伯爵に向けたものだとしても、間接的なダメージが大きすぎる。

「ちょっと善斗、私の話聞いてる?」

「え? あー、悪い。全然聞いてなかった……」

 顔を覗き込んできた那由多は、その返答に不快そうに眉を寄せた。

「えっと、なんだっけ?」

「……もういい!」

 頬をぷくっと膨らませ、そっぽを向く仕草を見ると、いくら大人びていても子供なんだと実感してしまう。

「悪かったって」

「……なら、そこの自販機でカフェオレ買ってよ」

「はぁ? もうすぐ家だろ。我慢しろよ」

 それぞれの自宅まで、もう三分とかからない。こんなところで無駄に浪費するよりも、よっぽど経済的だ。

「ヤダヤダ。咽渇いた。ジュース飲みたい!」

 しかし、一向に譲ろうとはせず、自販機の前で駄々をこね始める那由多。こうなったら、頑として動かないつもりらしい。さて、どうしたものか……。

「ほら、さっさと行くぞ!」

「イーヤー!」

 手を引き、無理矢理に引っ張っていこうとする俺。一方、那由多の方も自販機にしがみついて踏ん張っている。

「……ちょっと、なにしてるのよ、あなた!」

 その時、背後から声がした。……あれ、これってデジャブ?

 おそるおそる振り返る。

「あら、善斗くん?」

 やっぱり貴女ですか、伊月さん。

「あ……」

 俺に手を引かれていた那由多も気がついたようで、自販機にしがみついていた手を慌てて放す。

「あれ、貴女はさっきの……」

「……どうも」

 苦手とする伊月との遭遇に加え、恥ずかしいところを見られてしまった失態故にか、那由多はぶっきらぼうに頭を下げた後に俺の陰に隠れた。


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