鳴高市の悪役事情⑩
「祭、今日も行くのか?」
「はい。勿論ですとも!」
授業が終わるや否や、俺は祭にそう声をかけた。
今日は金曜日。ジョーカー伯爵の出現日だ。それは即ち、祭が張り込みをする日でもある。
「ふふふ、僕の見立てでは、今日は北西部に出現すると思われます」
「北西部というと、駅方面か」
なるほど、なら今日は南東に行くとするか。そんなことを考えながら、とりあえず話を合わせておく。
「駅といえば、時刻表を操作したり、改札口を塞ぐなど、色々な悪事ができますね。さすがは伯爵、そこまでお見通しだとは!」
お前の感動に水を差すようで悪いが、生憎と俺はそこまでの悪事は考えたことはないし、できるわけもない。大体、時刻表を弄ったりしたら、とんでもないことになるだろう。
「なんの話?」
そんな馬鹿げた話をしていると、鞄を肩にかけた伊月が歩み寄ってきた。
ジョーカー伯爵の話をしている、なんて言ったら、また不快に思うだろうか。そう戸惑っている俺をよそに、祭が答える。
「張り込みの話です」
「張り込み?」
伊月が、困ったように俺を見た。休み時間のやり取りを通じて、すっかりと俺は、祭の不可思議な言動の解説役として認識されたらしい。
……やれやれ、仕方ない。
「今日はその、ジョーカー伯爵が出現する日でさ。祭は、毎回どこかに張り込んで、伯爵を待ってるんだよ。インタビューする為にな」
「そ、そうなの……」
聞きたくもない名前をまたも聞かされ、わずかばかり顔をしかめた伊月。いい加減うんざりとしているのかもしれない。ま、思春期真っ盛りの女子が、張り込みなんてものをしていることに呆れているとも考えられるが。
「あ、せっかくだから永倉さんも一緒にどうですか?」
「へ?」
突然の提案に、伊月の口からは一オクターブ高い声が出た。
慌ててこちらに顔を向ける彼女の心意を理解した俺は、内心で合掌する。大方、祭の突拍子のない行動についていけなくなりつつあるのだろう。祭と知り合って間もない人間には、割かし珍しくもない。
「ご、ごめん。今日はちょっと……」
律儀に断わられ、明らかに残念そうに肩を落とした祭。
「残念です。待っている間、暇なんですよね……」
待っている、というよりは、避けられているんだがな、この俺に。
「あれ、善斗くんは行かないの? てっきり片桐さんと善斗くんの二人でするものだとばかり思っていたけど」
「え? ……あー、俺は行かないかな。張り込みなんて、面倒だし」
行けるわけないだろ。俺が張り込みなんてしていたら、鳴高市にジョーカー伯爵は現れない。
「昔は善斗くんも付き合ってくれていたんですけど、最近は全然来てくれなくなりましたよね……」
向けられる恨めしそうな視線。確かに、親父がああなってからというもの、放課後遊ぶ時間はめっきり少なくなった気がする。
「し、仕方ないだろ。俺だって、色々忙しいんだよ!」
思わず大きな声が出てしまった。その視線と、この話題を打ち切るために。
「ほら、もうすぐ時間だろ。駅に行くなら、そろそろ出ないとまずいんじゃないのか?」
肩に手を置き祭の体をくるりと反転させると、急かすように背中を押した。
「あ、そうですね。それでは善斗くん、永倉さん、また明日!」
「また誘って。時間が合えば、付き合うから」
黒板の上にかかっている時計を確認し、慌てて飛び出していく背中に伊月が声をかけた。右手を上げて答えた祭は、そのまま振り返ることなく走り去る。その姿を見送った俺達はどちらからともなくため息をついた。
「はは、悪いな。祭は悪い奴じゃないんだけど、ちょっと暴走しがちなんだよ。今日、疲れただろ?」
「疲れた? どうして?」
「ほら、祭が色々と質問攻めにしてたし……」
「んー、そうね。でも、その分楽しかったわ。転校初日から一人ぼっちっていうより、よっぽどいいじゃない?」
「あー、確かに。でも気をつけろよ。祭は友達には容赦ないから」
「そ、そう」
相変わらずのクールさを装ってはいながらも、祭が擽ったそうにはにかんでいたのを俺は見逃さなかった。
「さて、そろそろ私達も帰りましょうか?」
「あ、そうだな。早くしないと四時を回っちゃうし」
黒板上にある壁時計は今、三時五十分。
話に夢中で、ついつい時間を忘れてしまうところだった。
ジョーカー伯爵の登場時間は五時。今からおっちゃんの店で着替えをしても余裕で間に合う。
が、続く伊月の言葉は、俺を唖然、いや、愕然とすらさせた。
「あら、あの時計止まってるわよ。もう四時半を過ぎているもの」
「は?」
今、なんと?
「え、時計が止まってるって……」
伊月は、その細い手首に巻かれた黒皮のベルトをした腕時計を確認し、そう告げる。
「え、ちょっと待って。なんだって!」
「きゃっ!」
思わずその手をとり、掛け時計と見比べる。片や四時前、片や四時半。
「ちょ、ちょっと、善斗くん!」
け、携帯は?
ポケットから取り出した携帯のディスプレイは、無情にも伊月の言葉を裏付けていた。
「もう、なにするのよ?」
腕を振りほどき、俺を睨んでいる伊月。そんな様子も可愛いな、なんて考える暇もなく、俺は鞄を背負って教室を飛び出した。
「悪い、ちょっと用事を思い出した。また明日な、伊月!」
「あ、ちょっと、善斗くん!」
聞こえてくる文句を振り払い、ひたすらに走る。廊下を駆け抜け、昇降口を飛び出し、校門から一気に走り抜ける。
その間も、頭の中では必死に時間のやりくりを考えていた。
店までは走って十五分弱。着替えを五分で済ませて、そこから移動に――……って、駄目だ。今日はなにをするのかまだ決めていない。それを着替え中に考えるとするなら、移動に時間を費やして……。
校門の先にある交差点にて、足踏みをしながら今か今かと信号が変わるのを待ちわびる。ああ、なんだってこういう時に限って、信号はなかなか青にならないんだよ!
「よっし!」
交差する信号が赤に変わった瞬間を見計らい、再びダッシュ。
くそ、伯爵の衣装が入っている鞄がめちゃくちゃ重い。こんなことなら、日頃から走り込んでおくべきだった。いや、もう少し時間というものに気を遣うべきか。
「ぜぇ、ぜぇ……」
足が重い。冬の体育でやらされた持久走を思い出す。そういえば、あの時もこんな風に苦しかったな。
「や、やっと着いた……」
店先にある時代遅れの着せ替え人形や、古びたポスターを見ると、ようやくひと安心。あと一息だ。
「あらら、善ちゃん。どうしたのよ、今日はやけに遅かったじゃない?」
裏口に回っている余裕がなく、正面から荒々しい息遣いで入ってきた俺を見たおっちゃんは、ケースの上に乗っている箱の中から、饅頭を一つ手に取り、こちらに投げ寄越した。
「……いらない。走ってきたばかりで、口の中ぱさぱさなんだよ」
せっかくだが、今こんなものを食べたら、確実に声がでなくなるからな。せっかくもらったその饅頭を箱に戻す。
「……なぁ、善斗」
ショーケースの裏に回り、鞄の中から衣装を取り出す最中、不意に問われ、顔をおっちゃんへと向ける。
「ん、なに?」
「お前のクラスに、転校生が来ただろ?」
伊月のことを言っているのだろうか?
「ああ、来たけど。それがどうしたの?」
「いや、なんでもないんだが。ちょっと気になってな?」
ネクタイを巻いていた手を止め、凝視する。なんとなく歯切れが悪い。おっちゃんが気にすることなんてあるのだろうか。
「よく知ってるじゃん。誰から聞いたの?」
「あー、ちょっと風の噂でな」
風の噂って、伊月が転校してきたのは今日だぞ。いったい誰がそんな噂を流すというのか。
詳しく聞いてみたい気もするが、生憎とそんな時間は俺にはない。
「よし、準備完了っと」
最後に顔を隠すためのマスクを着けて、やっとのことで着替えが終わった。
しかし、なにをするかが全く決まっていない。ま、こればっかりは閃きや直感的に思いつく方が大きいので、仕方ないとも言えるが。
ポケットから取り出した携帯電話で時間を確認する。
よし、五時五分前。今日の祭は北西にある駅の辺りにいるはずだから、真逆の方角というと……。
車のカーナビのように、俺自身が歩く道を頭の中でナビゲートしていく。
あ、そういえば、あっちには鳴高第一小学校があったな。俺やおっちゃんの母校というだけあって、ここから近いし、今の時間なら小学生が下校しようとしているはずだ。生徒達にちょっかいをかけて驚かせつつ、学校の先生が組んだ戦隊にやっつけてもらうとしよう。これなら盛り上がること間違いないし、なによりもヒーローをわざわざ選別しなくともよい。まさに一石二鳥というわけだ。
よし、これで完璧。おっと、通学路近づいたら、呟きも忘れないようにしなくちゃな。
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
「……おう、車に気をつけてな?」
いつものようにおちゃらけた雰囲気がまるでないおっちゃんに、多少なりとも違和感を感じたものの、俺は頭を切り替えることにした。
「さて、と……」
生憎、ゆっくりもしていられない。
幸い、目的地は通い慣れた小学校。その中から人目につかなさそうな道を選別していけばいい。大丈夫、なんの問題もない。
そう自分に言い聞かせながら、いつものようにこそこそと裏道を進んでいく。道中には、幼い頃に祭と一緒に発見した、用水路の下やら老夫婦宅の庭先など、道とは言い難いものも含まれてはいたが。
ここまでは順調、順調。……なんて、安心して肩の力を抜くと、なにかしらの不運が起こるのが最近の俺のジンクスらしい。これが世に言うフラグというものか。
「あー、伯爵だー!」
庭の生垣から顔を出した瞬間、その周囲を通学路にして下校していた小学生に見つかってしまった。その内の一人が指を差し、大声で叫んだ瞬間に、綺麗に並んでいた列が崩れ、我先にと俺の周りへと集まってくる。
ちっ、なんだってこんな場面で見つかったのか。小学生と接触できた時点で、目的としては達成できたのだが、どうせならもっと高笑いしながら、恰好よく登場したかったものだ。残念ながら、今日は呟くことが出来なかったが、これだけ子供達が大騒ぎしているし、引率していた先生もすぐにこちらの意図を察知してくれていた。すぐにでも先生、いやヒーロー達がやって来るだろう。
いや、もうそんなことを言っている場合ではない。今やるべきことは一つ。
「く、くくく、ふははははは! よくぞ見つけたな、ちびっ子戦士達よ!」
生垣から急いで這い出ると、腰に手を当て立ち上がり、空を見上げて大きな笑い声を上げる。その姿は、ジョーカー伯爵という役を演じていなければ、ただの変質者に他ならない。
一方で、小学生達の興奮は益々高まったようで、俺の一挙一動に歓声が上がる始末。実は恥ずかしい話、この歓声が癖になりつつある自分がいる。
「見つかってしまっては仕方がない。お前達の口を封じて、吾輩の部下にしてやろう……」
次第にノってきた俺は、比較的重々しい声でそう告げた。口元に冷酷な笑みを貼りつかせ、手をわきわきと開閉させながら、一歩ずつ大股で子供達の選別を始める。女の子はきゃーきゃー叫んで、先生を呼び、男の子はファイティングポーズをとりながら、必死に戦おうとしている。そこに学年など存在せず、一年生も、六年生も、皆変わらず純粋にジョーカー伯爵という悪役が魅せるショーを楽しんでいる。うんうん、その無邪気さこそ小学生。
「あれ?」
そう、ただ一人を除いて。




