鳴高市の悪役事情①
「ぐっ、くっくっくっくっく! 見事、見事だ、ブロッサムビジネスマンよ。だが忘れるな、人間の心に闇がある限り、吾輩を倒すことなどできはしないのだ!」
商店街のアーケードの下で、爆発が起きた。いや、それは爆発と呼ぶにはあまりにもお粗末。詳細を述べるなら、爆竹を数個鳴らした程度の音と煙に過ぎない。もちろん、そんなチンケなものでは、誰一人傷つくことはない。安全面には向こう側も気をつかってくれているはずである。
しかし、傷つかないからといって、見物人と同じくしてただ突っ立っているだけでは、俺の仕事が成り立たない。明らかに過剰な演技ではありながらも、『発生した爆発と爆風』によりダメージを受けたと想定し、大きくよろめく素振りをしながら、もはや悪役のテンプレと化した捨て台詞を、目の前にいる三人の男女に残す。そのままよろよろと後退、その途中で、あらかじめ持ってきていた鼠花火にこっそりと火をつけ、辺り一面を新たな煙で埋め尽くす。周囲がいい具合に混乱したところで、目元を覆うマスクを手で押さえ、煙に紛れるよう近くにあった脇道へと素早く逃げ込んだ。
「ふう……」
建物の壁に背中を預ける。ミッション完了。ようやく一息つけた。
向こうでは、俺を撃退した赤オレンジ水色のヘルメットをかぶった三人が、なにやら決めポーズをとっているが、そんなの知ったことか。俺の管轄外だ。
さて、帰るとしよう。いつまでもここにいたら見つかってしまう。未だにぱちぱちと、まだらに聞こえてくる拍手の音を背中に、人目につかぬよう小走りに駆け出した。
何故人目につかないようにするかって?
そんなことは簡単。今の俺の格好は、どこかの路上マジシャンかと見間違える黒いタキシードにくわえ、赤いネクタイ、裏地の赤い黒マント。にもかかわらず、履いている靴だけはスニーカーというなんともアンバランスな服装。それに、顔を怪しげな仮面で目元を隠している。遠目から見れば、明らかなる不審者。警察官が見れば、絶好の獲物とばかりに声をかけてくること間違いなしだ。
……ま、そんな一般常識な理由だけで人目を避けているわけじゃないのが、また悲しいところなんだけどな。
家と家の間にある細い小道や店の裏手側といった、人気のない方へ、ない方へと慎重に道を選びつつ、ようやく辿り着いたのは商店街の端にある、一軒の古びたおもちゃ屋だった。
入り口付近にある棚には、ひと昔前に流行ったカードゲームのポスターが貼られ、店内のショーケースには、これまたひと昔前に流行ったゲームソフトが並んでいる。しかし、中古という概念すらある昨今におきながら、並んでいるソフトの値段は、どれもこれもべらぼうに高い。『激レア』だの『初回限定版』だのと謳ってはいるものの、裏を返せば売れ残っているだけに過ぎない。プラモデルの箱も潰れていたり、埃をかぶっているものがほとんど。酷いものは、煙草のヤニで変色すらしてしまっている。店頭に並んでいるカードパックも、外装がぐちゃぐちゃ。大方、レアカードのみをサーチされ尽くし、パックにシワが寄ってしまったのだろう。
そんな誰も寄り付かなさそうな店ではありながらも、最大限の注意を払うため、裏口の扉をノックする。その間も、警戒を怠らない。
「……開いてるよ」
すぐに返事があった。ドアノブに手をかけて、扉を開くと同時に、店内に体を滑り込ませる。
「よう、善ちゃん!」
裏口から入ってきた俺を見るなり、ショーケースに突っ伏していた身体を起こし、ハイテンションな声をかける精悍なおじさん。白髪混じりの長髪を後ろで結び、無精髭が生えた顎を撫でながら、口にくわえた煙草を揺らす。エプロンをしていることからわかる通り、この人はここの店員だ。最も、そのエプロンすら煙草のヤニで黄ばんではいるが。
「おっちゃん、店内で喫煙はまずいんじゃないの?」
ショーケース上にある灰皿の中に積もった吸い殻の山を見て、呆れ顔で呟いた俺の忠告にも聞く耳を持とうとはしない。
「来て早々つれないこと言うなよ。客もいないし大丈夫だって」
「いや、そういうことじゃないだろ……」
「それにな、いつでもどこでも、好き勝手に煙草を吸えるのが、社会人の特権なんだしな」
その言葉、世の中の真面目に働いている社会人に謝るべきだと思う。
「まぁまぁ。それより――」
近寄ってきたおっちゃんは、これまたヤニで黄ばんだ歯を見せつけ、意地の悪い笑みを浮かべた。
「噂は聞いてるぜ、善ちゃんよ。段々と悪役ぶりが板についてきたんじゃないか。こりゃ、|仁太郎≪じんたろう≫のお株を奪う日も近いかもな?」
「そんなことないって。親父と一緒にしないでよ」
おっちゃんの言葉にゆっくりと首を振り、カウンターの下に置いてあったエナメルバッグを引っ張り出す。中には、俺の着替えが入っていた。着替えといっても、ただの学生服だけど。
あー、この邪魔なマントやら窮屈なタキシードともようやくおさらばか。だいたい、誰の趣味なんだ、これは。……なんて、わかりきったことか。
「それにしても、仁太郎の奴、年齢も考えずにはしゃぎ過ぎるから、ぎっくり腰なんかになるんだよ」
馬鹿にするように、親父をネタに豪快に笑うおっちゃん。しかし、これには息子ながらに同意せざるを得ない。ぎっくり腰になったあのアホ親父のせいで、俺がこんな大変な思いをしなくてはならないからだ。