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旅の前夜

作者: 淡月 美麗

何年も、何十年も、食事をしてきた食卓。こたつに入ってテレビを見ていると、一定のリズムの「トントントン」という音が聞こえてきた。音につられてこたつを出た私は、台所に入り料理をする母の隣に立つ。

 「今夜のメニューは何?」

 と訊くと

 「食べるときのお楽しみ」

 と言ってくる。

 母の手伝いを始める頃に帰ってくる父。

 「ただいま」

 と疲れが感じられる声に温かいお茶を出す私。お茶を飲んだ後食卓を満たす匂いをかいでお腹を鳴らす父を笑う私と母。そんな夕暮れ時の何気ない一時が私は好きだった。

 


手帳で明日の予定を確認しながらふと考えてしまう。今夜のメニューは何だろうか。多分今夜は私の大好きなものを作ってくれるだろうから、あさりの味噌汁だと思う。テーブルに食器を並べていると、母が鍋の蓋を開けた。味噌汁の匂いがした。嬉しかった。

 「何かしようか?」

と訊くと母は

 「お味噌汁のお椀を出して頂戴」

 と言った。お椀を出して母に渡そうとしたとき、父が帰ってきた。

 「ただいま」

 今日の「ただいま」は疲れとは違った感情がこもっている様に聞こえた。私は「おかえり」と言ったが、父の顔を見て言うことは出来なかった。

料理を運び三人で食べる。いつもなら他愛もない話をしながら食べるのだが、今日は黙っていた。私は、どうしてもこの空気に耐えられず話しかけた。

 「あさりの味噌汁、いつものより美味しいね。」

 母はその一言を聞くと泣き出してしまった。父は母の肩に手を置いて優しくさすった。そのまま少し時間がたち、母が泣き止んだ。その後も黙って食べていたが、食事が終わるころに父は言った。

 「母親の味はな、子供を幸せにしてくれる。憶えておきなさい。」

 父はそれきり話そうとしなかった。




 湯船につかっていると、母が入ってきた。母は少し寂しげな顔で、私に言った。

 「背中、流してくれない?」

 私はコクリと頷き、湯船から出て母の背中を手で洗った。最後に母の背中を流したのはいつだっただろうか。母は昔から肌が弱かったので、身体を洗う際は手で洗わなければならなかった。まるで赤ちゃんのような肌を優しく手で洗っていると、母が話しかけてきた。

 「私のお母さん、つまりあなたのおばあちゃんのときは私が流したの。送る側が洗ってもらうのは変かしらね。」

 母はそれだけ言うと、シャワーで背中を流し湯船につかった。ふぅっと息を吐いて、私も湯船につかるようにと言ってきた。ゆっくりと湯船につかると、少し狭かった。昔は、まだ私が小さかったから狭くはなかった。

母は私の身体をじっと見つめてきた。私が恥ずかしそうに手で隠すと、母は笑いながら言った。

 「あなたも、ずいぶんと大人になったのね。」

 当たり前だ。私は今年でもう二十四歳なのだから。

でも、多分そういう意味ではないのだろう。母と過ごす時間は、私にとってかけがえのない時間だ。

私は、そっと母に抱きついた。母は驚いていたが、私を抱きしめて頭を撫でてくれた。私は、何かにすがるかのようにギュッと抱きしめた。熱めだったはずのお湯は、少し冷たく感じられた。




 翌日は雲ひとつない晴れだった。今朝はお腹がすいておらず、玉子焼きを少しだけ食べた。

 私は縁側で庭に降り立った二羽の小鳥を眺めながら、ただただボーっとしていた。どれくらい経っただろうか。少しずつ瞼が落ち始めた。頭が働かず身体が支えられなくなり後ろに倒れそうになったとき、誰かが支えてくれた。

 「大丈夫?」

 母だった。母の目は充血していた。どうやら私は幸せ者らしい。

 「疲れちゃった。」

 私がそう言うと、母は微笑みながら言った。

 「なら、横になりなさい。膝枕、してあげるから。」

 私は、倒れこむかのように横になった。母は私の頭を優しく撫でてくれた。気持ち良いと思ったら、身体から力が抜けた。私がゆっくりと目を閉じると、少し楽になった。

そのまま何も話さずにいると、頬に何かが当たった。手で触ってみるとそれは雫だった。母の泪だった。私は母の頬に触れながら、「泣かないで」と言った。


だんだん意識が遠のいていく。少しずつ音や光が感じられなくなっていく。

「おやすみ」

そんな声が聞こえた。それが母の声だったのか、私自身の声だったのか。

私は、わからなかった。


はじめまして、淡月美麗です。書き始めたばかりで書き方などにおかしなところがあるかもしれませんが、よろしくお願いします。



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