第一話第四幕(第一話完)
「横田君は私に色んなことを教えてくれた」
アイマスクをしたまま語りは続く。
「いえいえ。僕もいっぱい勉強させてもらったよ」
「私が横田君から知ったことの方が多いよ。オカルトとか、占いとか、やっぱり面白いよね。そして、私が学校を休んだ理由も。それは、自分では分かってなかったんだ」
「というと?」
「コンピテンスって言葉、私は初めて知ったよ。私はその一言で少し救われた気がする。ありがとう、横田君」
「どういたしまして」
「それでさ、偶然かもしれないけど、私も横田君が欲しているものを見つけたんだよ」
「そうなのか……なんだと思う?」
そう。僕は高尚な人間ではない。
欲しいものがある。
それは、自分の口からは言えないものである。
西野さんは、ついに僕の一つの欲望に辿り着いてくれた。
それが本当に嬉しい。
「私に占いの方法とか教えてくれて、ついさっきも催眠術を実演してくれたけれど、それは、横田くん自身が催眠術を掛けられたいからでしょ?」
危険な知識を得たら、是非とも試したくなるものである。
騙して誰かにやらせる。もしくは、騙されて誰かにやらされる。
そのどちらもすごくおもしろいのだ。
こんな素晴らしいことが他にあるだろうか?
西野さんはついにアイマスクを外した。
その目には、狂気と冷静が共存していた。
そして、外したばかりのアイマスクを僕の目に巻いた。
「右手を上げてみて」
僕は右手を上げた。
そして、やらなくていいことはやらない。
本を読んで済ませる。
僕たちは、頭がいいからそれができる。
「横田君も読んでたと思うけど、私も読んだよ、『まもなく世界は5次元へ移行します』」
西野さんは、僕の口に飴を突っ込んだ。
口の中が乾燥していく。
熱を帯びた。
生石灰のように僕の唇が熱くなっていくのが分かる。
これは只の飴じゃない。
何を塗ったんだ。
そう言えるなら言うが、声が出なかった。
唾液から体内に毒が伝わっていく。
良かった、もし眠ってもそのまま死ぬことは無いんだ。
やりたいことがまだまだあるから。
「まあ、人間って簡単には死ねないから」
本棚に「苦しくない死に方」という本を置いていた西野さんはそう言う。
「青カビに含まれるアフラトキシンの致死量は300ミリグラム。これは西洋医学の本に書いてあったから間違いないよ」
ぱたん、と本を閉じた。
なんてことだ。そこはまだ未開拓だった。
僕には分からないが、脱力・催眠効果のある薬を盛られている。
れっきとした化学の力で、僕の意識は遠のき始めている。
西野さんは僕の身体をぽん、と押した。
多分そんなに強い力ではない。
僕は椅子から転げ落ち、そのまま電気毛布に向かって倒れた。
お花畑の香りの中に、アルコールに近い匂いが混じっていた。
「占いなんて全部インチキだよ」
僕が最後に聞いたのは、西野さんのその一言だった。
西野さんはこうすることで、コンピテンスを満たすことができただろうか。
もしできたとしたら、僕はついに彼女に認められたということでもある。
次に目覚めた時には、僕は西野さんのベッドの上で仰向けで寝かされていた。
冷凍マグロのようである。
「三日も眠ってたんだよ」
西野さんが似合わないジョークをかますので僕は顔を引きつかせた。
机の上で脱力したまま、ガラスに映る自分の顔を見た。
しばらくこうしていたいな。
西野さんが僕の顔を覗き込むので、僕も見つめ返した。
僕は翌日、学校を休んだ。
学校は結局一週間休んだ。
体調不良だったのは一日だけで、それから六日間、僕は不登校児になったのだ。
六日間、僕は自転車で旅行に出かけた。それで満足し、また学校に戻ることにした。
僕はそんなにコンピテンスが低くないのだ。
教室に入ると、そこには西野さんがいた。
これから西野さんの戦いが始まる。
これは彼女が失った尊厳を取り戻すための戦いだ。
それからというと、僕は図書委員会の仕事を一緒にするようになったが、それ以外で西野さんとは話す事は無くなった。
一ヶ月休んだ分の勉強を取り戻す為友達に勉強を教わっていて忙しそうだ。
もう西野さんとはすべてを話し尽くした。僕の役目は終わったのだ。
しかし、西野さんにはいつか必ず再び被験者になってもらう。
やられっぱなしではいられない。
そして、彼女もそれを望んでいる。
<end>