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第一話第三幕


「片付け、手伝ってもらってもいい?」


風水は非常に直感的な占術である。

正月じゃないのに門松を飾るのは最悪である。

紙を捨てる時は、角を少し千切る。

一つ一つ、なるほどと思う。

きっとこれで西野さんの部屋は気が巡るようになるはずだ。


数秘術とは、名前と誕生日に運命や性格が左右されるという考え方に基づく占術である。

名前や誕生日は、一から九までの数字の孰れかに還元される。

名前や誕生日も遺伝子の一つだ。

DNAは顕微鏡を覗かないと見えないが、名前や誕生日は、こちらが逃げても付き回る。


「だけど数秘術なんて嘘だよね。全然根拠を感じない。だから流行らないんだよ」

「みんながオカルトを信じないのは、欧米によって、人間を理屈的に考えるように規定したからだよ。本来、人は我慢のならない現実を覆い隠してくれさえすれば、喜んで不条理をも受け入れるものなんだ」

極論だ。

極論である。

本当に極論か?

嘘でないと言い切れるのか?

自分の生活に関係ないことは全て嘘だとでも?

しかし、そう言っている間にも市民や若者に不利な法律がまた一つ僕らの知らぬ所で通っているのかもしれない。


淘汰されずに生きてきた。天才を理解できていないのは僕たちの方じゃないか?


「結局は人の心も理屈で説明できるしね」

「学校の勉強もそうだよ。学校という狭い空間に人間を閉じ込めて全員を平滑化して、体制に逆らえない人間に育て上げようとしているんだ」

でも僕は、明日も学校へ行って勉強をする。


「なんで学校へ行くんだろう?」

「それは、他にやることが無いからだよ」

西野さんは答えた。部屋に暗闇が広がる。

「もっと面白い事がないかって。あると思うんだけど、それが何かも分からないし、手に入れる方法も分からない。だから僕は本を読む事くらいでしかそれに抵抗できない。でもいつか、巨大な何かから自分を守る方法を見つけたい」

僕は呟いた。

西野さんは黙っていた。


「ペストが流行った時ね」

西野さんは話し始めた。

「当時の医学が全く通用しなくて、人は宗教に走ったんだ。効果があるという噂にあるものに縋った。なんだと思う?」

「香辛料とかかな?」

「それもあったけどね。それだけじゃない。ヘビの卵。アンチモン。シラミ。カエルの灰。死刑囚の手を触れるとペストが治るという噂も流れた。挙句には阿片」

「かえって体調が悪くなりそうなものばかり」

「うん。全く効果は無かったんだ。で、なんでそれだけ流行ったペストが収束したか知ってる?」

「ペストに感染しやすい人がいなくなったからかな」

「それもあるよ。天然痘はそれで撲滅に成功したんだ。でもペストはそれだけじゃないんだ」

「その心は?」

「手を洗う。ゴミはゴミ箱に捨てる。それが自分を守ることだって、分からなかったわけ」


答えは足元に転がっているんだ。

そうじゃないこともあるけれど。


オカルトをインチキと追っ払うことで、オカルトに対する耐性を失う。

普通の高校生は、気功を知らない。呼吸法も知らない。自由になる方法を知らない。

だからかえってオカルトに嵌まる。

狂気に走る。


気功や呼吸法は、因数分解や連立方程式より幾分も単純なものである。

原始人から見れば、占い師より数学者の方がよほど異常に見えることだろう。


そろそろ答え合わせをしようと思った。

初めは僕が一人で話を延々としているだけだったが、徐々に西野さんが僕の知らない話を織り交ぜるようになってきた。


西野さんと僕は、オカルトという共通の興味を発見した。

そして、それを取り込むため、自分達で一から学びの場を作り上げた。

そこで学んだ全てが僕たちには新鮮だった。


電気を消して、蝋燭に火を点ける。

そして、西野さんにアイマスクをした。


「通販で買った円皮針。使っていいよ。でも、他人にやると法律に引っかかるから、今回は電気で刺激を与えるやつを使うよ」


鎖骨の下を刺激する。

ちなみに「鎖骨」という名称は、古代中国で脱走を防ぐために囚人の体に穴を空けて鎖を通した場所がこの部位であったことに由来する。


「ここは脂肪をリンパ管に流して捨てるツボ」

「ここは不眠症解消」

くすぐったいところや、痛いところは、大体健康状態が良くないところである。

西野さんは声を上げたり、体を震わせたりした。

「ここは辛いことを忘れる」

「ここは凝りを直す」

「ここはエストロゲンの分泌を促す。ちなみにエストロゲンとは女性ホルモンのことなんだ」

これらの説明は全部嘘だ。

僕が点いているのは、精神を解放させるツボだ。

怒りを増幅させ、悲しみの堰を切る。


催眠術について、これまで十分に勉強をした。武器は使ってみたくなるものなのだ。


「西野さんが学校に行かなくなったのは、学校が楽しくないからでしょ?」

「……うん」


西野さんは学校へ行く事で、かえって孤独になったのだ。

存在を軽視され、適当な応対をされ、誰も自分の意見に心からは同意されない。

そういう小さなことで、一つずつ尊厳を奪われていった。

人の書いた筋書きの中で生きるだけの人生は不幸だ。

ある作家は言った。

自分ではない誰かの人生を経験をするには、物語を読むより書くべきである。


「楽しくないっていうのは非常に危険な状態なんだ。骨が折れたら痛み、エネルギーが不足したらお腹が減るのと一緒で、本能が危機を知らせているんだ」

「うん……」

「人生を根から腐らせる可能性すらある」


心理学の用語にコンピテンスという言葉がある。

日本語では統制と訳され、その場をどれだけ自分の思い通りに出来ているかを表す指標である。

基本的に、コンピテンスが高いほど楽しいと感じ、低いほどつまらないと感じるのである。

どんなにつまらないお説教でも、お説教をしている当事者は面白いと思っている。


コンピテンスは、得意なことと好きなことが出来るだけ一致するように人間に備えられた本能の一種である。


西野さんは小さく呟いた。

「だからさ、学校に行っても無駄だよ」

「戦おう。まだ間に合うよ。高校はあと三年もあるんだ」

「自分が弱い人間だと思わされることが本当に嫌なんだよ……」

西野さんは半泣きだった。

僕は正座していた西野さんの脚を組み替えて、座禅のかたちにする。

足の裏、人の字の形で跡の交わる湧泉というツボに針を立てる。

頭頂部を半球と見たとき、その中心にある百会というツボから天の気を身体に取り込む。

「西野さん、ここから天の気が入って、ここから出ていくことをイメージしてみて」

指で百会と湧泉を押しながら説明した。

邪気は湧泉と体外に放出される。


天の気は百会から入り、身体の前中心を通って湧泉から抜けていく。

地の気は湧泉から入り、身体の前中心を通って百会から抜けていく。

西野さんはそのイメージが出来ただろうか。


大周天。成功すると、性交の200倍のドーパミンが放出される。


「何も恐れることはないよ。西野さんは今、大宇宙の中心にいるんだから」

「うん……なんか楽しくなってきたよ」

「そうでしょ」

「私にも何か出来るかな?」

「全部をひっくり返す方法をこれから考えよう」


西野さんが必要としていることは、学校にもう一度行くことではない。

コンピテンスを満たすことなんだ。

それが満たされれば、もはや学校に行く必要も無い。


神経を研ぎ澄まし、精神を開放し、五感をフル回転させる。

僕は、西野さんが一つ上の次元に上がったのを感じた。

今の西野さんだったら何だって出来る。


西野さんがアイマスクをしたまま、立ち上がった。

僕は、それを予期していたので、手を放して思うままにした。

西野さんの顔が、蝋燭の灯りで朱く照らされていた。


「ねえ」


西野さんは、しっかりした口調で話し始めた。


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