奴隷商人ギルドにレッツゴー
「ここがセイルヴェーンか」
石を積み上げて建設された門を潜った先で目に飛び込んできたのは、中世ヨーロッパを彷彿させる石造りの建物の群れだった。
「まさに、ファンタジー……だな」
などと呟きながらぼくは、周囲の人達を見回す。
剣や槍で武装した衛兵や冒険者らしきゴロツキ、大きな荷馬車を連れた商人、神聖的な雰囲気を醸し出している僧侶など様々な人の姿が見受けられる。
ただーー。
「……ねえ、なんか目立ってない?」
そう言わずには、いられなかった。
なんたって、さっきから側を通る人たち十人中十人がこっちを見てくるのだ。
しかも、その視線は決して暖かい系のものではなかった。
なんと言うか、珍しい物を見るような、珍獣を見るような、変質者を見るような……。
とにかく、好意的なものではないのは確かだ。
まあ、心当たりがあるか無いかと聞かれたら、あるのだが。
「この面子は、確かにファンタジーでも浮いてるよねぇ」
そう言って、ぼくは改めて自分たちの容貌に目を向ける。
ぼくは、ハーフオークの特長である焦げ茶色の肌と獣じみた顔つきを隠すためにフード付きのローブを羽織っている。でも、サイズが全然足りなくて体の下の方が隠せていなかった。これじゃあ、子供のカッパ着てる大人みたいだ。
ファーレンも頭の角を隠すためにローブを羽織ってフードを被っているが、角のせいで不自然にフードが盛り上がってしまい、あんまり擬態の意味がなされていなかった。
ロザリアさんは、ぼくに即席のローブを作るために着ていた布地の服を全部使ってしまった。今は、裸の上に鉄の胸当てと籠手、下半身を隠すショートパンツだけで、なんとも言えないエロさを醸し出している。
イケ男君は…………見た目には、変わったところはない。ただ、歩き方が不味かった。両手両足を地面について四足歩行。舌を出してハッハッと息をする。見た目完全、犬プレイだ。しかも、それをこの上なく喜んだ表情でやっているのだから、尚更気色悪い。
「……うん。完全にアウトだね」
フードの奥からぼくは、しんみりと言った。
そんな感じで大勢の注目……と言うか、白い視線を受けながら、ぼくたちは街の奥に進んでいった。
「シュンヤ殿、まずはギルドに向かいましょう」
ロザリアさんが鉄製胸当ての下にある巨乳を揺らしながら言ってきた。
……これじゃあ、ホント恥女だよねぇ。
「ロザリアさん、ギルドには近付くなって言わなかったっけ?」
「わたしが言ったのは、冒険者ギルドのことだ。ギルドと言っても幾つか種類があってな。商人達の商人ギルド。傭兵共が集う冒険者ギルド。魔法を研究するために集まった魔導師ギルドに教会の神官ギルド。そして、奴隷商人が取引する奴隷商人ギルドだ。わたしが言っているのは、この奴隷商人ギルドのことだ」
ロザリアさんは、街中で時々見かける大きな看板を掲げた建物を指差しながら説明していく。
なるほど、確かに色んな種類がある。
冒険者ギルドは、いかにも荒くれ者が集まりそうな酒場のような建物。
商人ギルドは、大きな馬車小屋が側に取引所らしい雰囲気を携えた建物。
魔導師ギルドは、怪しさ満点の看板や外装に彩られた建物。秘密結社のアジトっぽい。
神官ギルドは、イメージ通り教会だった。
(さて、奴隷商人ギルドはどんな所かな……)
ぼくは、口元に浮かぶ笑みを隠しながら頭の中で呟いた。
先導はロザリアさんがしてくれている。
なんでも、街中のギルドの場所は大体把握しているようだ。中でも奴隷商人ギルドは、特徴的すぎてよく覚えているとのことだった。
「さあ、着いたぞ。ここがセイルヴェーン唯一の奴隷商人ギルドだ」
ある建物の前でロザリアさんは、ピタッと足を止めて声を張り上げた。
「ここが……奴隷商人ギルド……」
その建物を前にしてぼくは、冷や汗を禁じ得なかった。
確かに……確かに特徴的だ。
これじゃあ……。
「ちょっと、規模の大きいホームレスの自家製仮設住宅って感じだね」
ボロボロに崩れてきてる石造りの壁を腐って変な臭いを漂わせる木の板で補強して建物全体がなんとか建っているといった有り様だ。
店頭の看板には、『新規会員絶賛募集中!』とか『今なら入会費ゼロG!!』などと言う文字が踊っている。(この世界に来てから不思議と喋っている異世界語とか異世界文字が読めるようになっていた。……ご都合主義という奴だろう)
「……中も中ですごいよね」
外面がホームレスの大型仮設住宅と言うなら、中は精神科病院の受付ロビーと言った感じだ。
奥の小さなカウンターでは、顔色の悪そうなお姉さんが手元の羊皮紙に何かを書いている。
その手前の広場には、様々な人の影があった。
十人以上の裸の女奴隷を連れている男。奴隷と思わしき男に鞭打って怒鳴り散らしている中年の脂ぎった男。なにやら、怪しい薬を口に入れて気味悪く笑い出す女。意味もなく奇声を発する少女。ただ、呆然と虚空を見つめる老人。
まともなのが一人もいそうにない。
……まあ、ぼくらもその中の一人なんだけどね。
「まずは、受付でギルドの会員登録だな」
ロザリアさんが奥のカウンターを指差す。
あの血色悪いお姉さんのいるカウンターだ。
正直、もうちょっと美人……とは言わないから清潔感のある方にお願いしたいな~。
まあ、文句言える立場じゃないんだけども。
「あの……ギルドの登録をお願いします」
意を決してカウンターのお姉さんに話しかける。
カウンターのお姉さんは、羊皮紙に走らせていた羽ペンをピタッと止める。
ちなみに羊皮紙に書かれていたのは仕事の書類関係などではなく、人ともモンスターとも似つかない不気味な絵だった(怖っ)。
「こちらの羊皮紙に……必要事項記入をお願いします……」
そう言って今まで落書きしていた羊皮紙の裏側を向けてこっちに渡してくる。
「……うん。入会申請書に落書きしてたんだ」
「……入会希望者なんて来ないと思ってたので」
悲しいなオイ。
確かに言いたいことは分かるけど、自分で認めるなよ。
思わずツッコミを入れたくなるが鋼の如き精神力で我慢する。
こんな調子で、ぼくのギルドの入会手続きが始まった。
「それでは……ようこそ……奴隷ギルドへ」
「奴隷商人ギルドな。そんな、ドM率100%の集団に入ったつもりないよ」
どうしよう、想像以上にヤバイ場所かもここ。
ぼくは、憂鬱な気分で天井を仰ぎ見てため息をつくのだった。




