青と青
エルガー城の門を抜けると、これまた大きな扉が在った。だが、そこを通れるのは王族や貴族達のみで、それ以外の者達はその横にひっそりと造られた小さな扉から入るのだそうだ。
「……ここまで、ありがとうございました」
ルリはペコリと深くお辞儀をした。さらり、と烏羽いろの髪が滑り落ちる。
「いいんだよ、ルリさん」
ウラシマが明るく笑う。ルリも小さく笑い、もう一度お辞儀をしてから小さな扉へと消えた。
「さぁてレッド、宿にもどろ……」
「馬鹿かてめぇ」
ウラシマが振り返ると、目を細めた不機嫌そうなレッドがいた。
もちろん理由はわかっていた。
「……お、お礼、のこと?」
ウラシマは数刻前、ルリを助けるために言った一言を思い出していた。レッドは益々目を細め、額に青筋を浮かべる。
その表情はウラシマの知る限り、『最も機嫌が悪い』レッドだ。
レッドと旅をして半年ーーウラシマは学んでいた。レッドはとにかく短気で怒りっぽく、我が儘でガメツイ。自分の思い通りにならなければすぐに怒る。怒っていることの方が圧倒的に多い。
そして怒っていると被害が全て自分に来ることも学んでいた。
「……さ、酒場にでも行こうか?オレが何か奢るよ?」
な、とウラシマはレッドを促す。が、レッドは別の方向へ視線を送っていた。
「なぁウラシマ」
「え、何?」
「この扉使用人用の扉だよな」
「?あぁ」
「てことは、色んな奴らが出入りするってことだよな」
「え……う……うん……まぁ」
ウラシマは背中につつぅ、と汗が流れるのを感じた。もう日も暮れ始め、涼しい風が吹き始めているというのに。そして、胸が激しく警告の鐘を鳴らし始めた。
「堂々と入りゃばれねぇよな」
レッドがニヤリと黒い笑みを浮かべる。それはウラシマが考えていた最悪のことだった。
「むっ……無茶だよ!!城だよ!?捕まったら死ぬかもよ!?Σ(゜Д゜)」
「ならてめぇは外で待ってりゃいいだろ」
レッドが使用人用の小さな扉に手を掛けた。ウラシマは半分泣きそうになった。捕まったら本気で殺されてもおかしくないのに。いやむしろレッドが銃を撃ちまくり更に罪を重ねてしまうかもしれない。そうなったら自分たちが賞金首になってしまうーーこのレッド一人にするわけにはいかない。
「~~わかったよっ!!!」
ウラシマもレッドに続いて青い城へと足を踏み入れた。
中に入ると小さな通路を少し歩く。薄暗いそこを抜けるとすぐに大広間だった。
「うわ……中も青いんだ」
ウラシマが思わず感嘆の声をあげる。大理石の白い床と、青く塗られた支柱や壁、天井には宝石が装飾されていてとても美しい。
「へぇ」
レッドはぐるりと天井を見渡した。きらきらと輝くシャンデリアの光りに宝石の装飾がより美しく映えた。
「なかなか良い造りじゃねーか」
「あぁ、そーだな……けど、もう戻らねえ?やっぱりバレたらマズイよ」
「嫌だ」
項垂れるウラシマを無視してレッドは足を進める。美しく豪華な大広間には珍しい色彩の絵画や高そうなツボなどが綺麗に飾られている。見ればメイドや兵士などもいるのだが、皆、肌のいろや髪の色が違う。様々な地域から雇われているのだろうか、それとも貿易国だからなのか。いずれもレッド達には気がついていないようだった。
「ずいぶん呑気な城だな。盗人が入り込んでも気付かねーんじゃねぇか?」
レッドは半分呆れたようにつぶやいた。ウラシマは確かに……と頷いた。
やたらと兵士やメイド達が広間を行ったり来たりしているが皆、話しながら歩いていたりのんびりと装飾を見ながら歩いていた。
平和な国なのだろうがあまりに呑気だ。
「それにしても……メイドさん達可愛い娘ばっかりだな~~」
呑気なやつがここにも居たか。
レッドはそう呟いてウラシマのみぞおちへ足を埋めた。
「……あ」
ウラシマがうずくまっていると、一人のメイドが足を止めた。
「げ、サヴィナ」
レッドが思わず名を呼ぶ。サヴィナは冷たい視線で二人を睨む。
「何故貴方達がここにいらっしゃるのかしら」
レッドとウラシマは視線を泳がせた。
「あー……その……そう、ロレンに呼ばれて」
レッドが思い付くままに言い訳をする。ウラシマは頭を抱えていた。
マズイ。
よりによってメイド長のサヴィナに見つかってしまった。
ウラシマは密かに死を覚悟した。だが、サヴィナの答えはあっさりとしたものだった。
「そうですか。ならば仕方がありませんね。ロレン様なら自室においでですわよ」
レッドとウラシマはキョトンとしながらも顔を見合わせた。
ロレンの出迎えに来たとき、サヴィナと軽くやり合ったレッドは軽く寒気すらした。
だが、その理由はすぐに知れた。
メイド達の動きは先程と変わり、機敏。周囲が慌ただしくなり始めた。
そして、よくよく見れば明らかに人の出入りが激しく、貴族風の人々が続々と広間へ通されている。
「これって……」
「もちろんロレン様のご無事の帰還を祝してのパーティーです。……やや早めの宴にはなりましたが仕方ありませんね。では、貴方達くれぐれも粗相の無いようにして下さいな」
そう言うとサヴィナは早足で広間の奥へと消えた。レッドとウラシマはポカーンと口を開けたままその後ろ姿を見送る。
「……どーりで」
「怪しまれない訳だな」
二人は顔を見合わせて複雑な表情を浮かべる。
空から陽の男神が下がり、月の女神がゆっくりと空へ昇りかけた頃ーー青き城は、静かなる夜に不似合いな賑わいを徐々に見せ始めていた。