人魚
てくてく、てくてく。
レッドとウラシマ、そしてルリは白い石畳を並んで歩いている。
陽光が眩しい昼下がり。
俺は何してんだ、とレッドは欲に釣られた自分を嘆く。
ジリジリと太陽が容赦なく照りつけていてほんのり汗ばむ。チラリと横目で他の二人を見れば、二人はマイペースに歩いている。暑さなど感じてないのかと思う程、ルリは淡々としていて表情1つ変わらない。普通の女子はこれだけ日射しが強ければ嫌がり、
『いやぁぁ紫外線が!』と悲鳴を上げて日陰を探すものだが、ルリはまるで透き通るような白い肌を堂々と晒して歩いている。そのポーカーフェイスには不気味さすら覚えていた。
「へぇールリさんも漁村の生まれなんだぁ、オレ達って運命的だねー」
そして一人明るく、そしてデレデレと喋りまくるウラシマはまったくもって何も考えていないようだ。
レッドはいっそここで仕留めてしまおうかと思ったが、弾がもったいないのでそれは止めた。
そんな苛立ちを何とか喉に押し込め耐えていると、ふいにルリが歩みを止めた。
「……あ」
ルリの視線の先には、少し離れた砂浜があった。そこには数十人もの人々が網やモリを持ってうろうろと歩き回っている。
「あ?なんだあれ」
「漁か何か……?」
レッドとウラシマは首をかしげる。漁にしては、大袈裟な人数だし何よりもう昼も過ぎたころ。漁をするには遅すぎる時間だ。
「……人魚です」
「「に、人魚ぉ!?」」
はい。とルリは変わらぬ表情で頷いた。そしてレッドはふと、ロレンが海から這い上がってきた自分を見て言っていたことを思い出す。
ーー『そなたが噂の人魚姫か!?』
「……人魚なんかほんとにいるのかぁ?」
レッドは浜の人々を見ている。昔、人魚は不老不死の薬になると言さう話を聞いたことがあった。なので、世界中の王や貴族達が血眼になって探している、と。だが人魚は深い海の底に棲んでいるためまず人間と出会うことが無く、そもそも生体がわかっていないので信憑性は無いのだと。そして見たところ、人々が探しているのは間違いなく浅瀬ーー波打ち際だ。人魚は確実にいるわけがない。
だが、ルリは深く頷く。
「……居たんですよ。波打ち際に」
ルリの話によれば、こうだ。
1週間ほど前のこと。綺麗な月の夜、一人で浜を散歩していた青年が波打ち際に人影を見た。奇妙なことに、その人影は波打ち際に這いつくばっているような姿勢をしていた。
何か探しているのか、それとも怪我でもしてしまったのか。
青年はそっと、その人影に近寄った。
月明かりに照らされたのは、女。
上半身しかよく見えないが衣服らしいものは纏っていなかった。生まれたままの姿で、這うようにして浜辺に居た。
青年は驚いて思わず声をかけた。
『どうかしたのか?何かあったのか?』
すると女は、ギョロリと青年を睨んだ。その目は深い海の色をしており、暗がりでもわかるほど爛々《らんらん》と輝いていた。
青年はぞくりと背筋を強ばらせた。その姿こそは美しい女だが、明らかに『それ』は人では無かった。
青年がたじろいでいると、女は素早く海の中へと這っていったのだと言う。そして、その女の足はまるで魚のような鱗がびっしりとついていたのだとか。
「……以来、その女は人魚と言う噂が広まり……今では人魚を捕らえ我が物にと……あの様なことになっています」
ルリは淡々とした口調で話終えると、再び歩き始める。
「なんつーか……人魚姫ってもっとこう……優しーキレイな感じなんじゃねぇの?全然イメージ違ぇな」
レッドは眉をひそめる。それを見たウラシマはにやりと笑った。
「へーレッド、意外にそんなイメージ持ってたんだ。てっきり金儲けのことしか考えてないかと思ってた~」
茶化すようにニヤニヤと笑うウラシマに、レッドはその眉間に盛大にシワを寄せた。
「うるせぇぇえ!!!何だ!?そんなイメージ持ってたら悪ぃかこの色ボケ太郎ーー!!!」
ドゥドゥドゥッ!!
「ぎゃあぁぁああ!!あぶね……あっ今回は魔弾じゃない!!ってかあぶねーーー!!」
白銀の銃から火薬の臭いが漂う。二人は飽きもせずぎゃあぎゃあと騒いでいる。ルリは無言でそれを見ているが、さすがにマズイと思ったのか二人の前にスススと出てきた。
「……あの、ここで騒ぐのはちょっと……」
レッドがギロリとルリを睨み付ける。
「あぁん!?止めるんじゃねー!!今日こそは息の根止めて……!」
「いえ、そうではなく……」
ルリは静かにレッドとウラシマの間に入る。レッドはまだ銃を構えたままだ。
「ルリさん、オレのために……!?」
ウラシマはスススとルリのそばに寄る。が、ルリはふるふると首を振ると、前方を指差した。
そこに在るのは、青い城壁。ーーこの国を治める王の住み処。
「エルガー城の、そばですから……。騒ぎが起きては大変です」
ルリは二人をじっと見つめる。表情こそ変わらないがその瞳には、熱がこもっている。本気で騒がれては困るのだろう。
レッドは舌打ちをして、銃を降ろした。それを見たウラシマは、ほ、と小さく安堵した。
「それにしてもキレイな城だなぁー。青い城かぁ……」
「はい、エルガー城は……別名『青の城』と呼ばれています。やや小高い丘の上に造られていますし、海に面しているので見晴らしが良く……裏手には断崖絶壁の崖があります」
ルリの言う通り、ふと裏手の方を見やれば確かに城は断崖絶壁に沿うように造られている。これならば盗人なども早々入ることはできないだろう。
「この崖から落ちたらひとたまりもねぇな」
レッドは下を覗きながら呟く。崖に波がぶつかり、大きく波がうねる。飛沫がすぐそこまで上がっていた。
「はい。……なので、落ちないように気をつけて……」
注意を促しつつ、ルリはエルガー城の門番に挨拶を交わした。
ギィィ…………
年季の入った金属音とともに、『青い城』の門が開いた。
「……エルガー城へようこそ」
ルリが小さく笑う。レッドとウラシマはその大きさと美しい青に気圧されていた。宝石のようなその青は、まるで海のいろだ。
古い壁に刻まれた剣と海竜の紋章がレッドとウラシマを出迎えた。海竜の瞳が、二人に声なき声で語りかける。
これが、この海の国の城ーー国を統べる者達の場所なのだ、と。