瑠璃
港を抜けると、そこは街中だ。真っ青な建物が建ち並ぶ。
レッドとウラシマは、その一角にいた。白い石畳を歩けば、目に飛び込んでくるのは色鮮やかな花。色とりどりの野菜、新鮮な魚と肉。甘いお菓子の香りもどこからか漂ってくる。
「いらっしゃいませーっ」
「仕入れたばかりだよ!!新鮮な魚はどうだい!!」
「おーい、店主これはいくら?」
様々な人々が、そして様々な言葉が飛び交う。小さな店を連ねた大通り、ここは市場と呼ばれる場所だ。大陸随一の貿易国と言われるだけあってたくさんの品物が並んでいる。
「すげぇ人だな」
片手に脱いだ紅いローブを持ち、もう片手にはアイスクリームを持ったレッドが不機嫌そうに呟いた。
「あぁ、すごい美人だな」
同じくアイスクリームを持ったウラシマは、店の売り子の女の子を見て呟く。と、すかさずレッドの蹴りが飛んだ。
「この色狂い!!てめぇ女には散々な目に合わされたくせにまだ懲りてねーのかよ!!」
うぐ、とウラシマはバツの悪そうな顔をする。
事は半年ほど前ーーウラシマは自分の生まれ育った漁村で『とんでもない』女性を口説いてしまう。そして、命を落としかけた。その時偶然にレッドと出会い、レッドがウラシマを助けた事をきっかけに共に旅をする事にした。いや、正確には旅をしているレッドにウラシマが勝手についてきたと言うのが正しい。
確かにひどい目に遭った。もう女はこりごりだとも思った。
しかし。
「やっぱり美人には惹かれるもんな~」
ウラシマは神妙な顔で頷く。またもやレッドの蹴りが飛ぶ。
「あぁっオレのアイス落ちたーーー!!!」
「うるせぇこの女好きがーー!!さっさと東国帰れーー!!!」
ウラシマのアイスクリームはグシャリと石畳に落ち、レッドはゲシゲシとウラシマを足蹴にする。周りの人々が異様な視線を送っていることすら気にしていない、というか気づいてはいない。
「そもそも何でてめぇは俺についてきてんだよっ!!俺は一人で充分なんだがな!!」
「そ……それは……ほら、お前がさみしいかと」
「ふざけんなぁぁ!!んな訳あるかー!!!」
へら、と笑ったウラシマに、レッドの右手に白銀が光る。
「わぁぁぁっ!!レッド、それはタンマ……」
「……やめて下さいっ」
ウラシマの声と被さるように、女性の声が聞こえた。ウラシマとレッドはピタリと動きを止める。
人々が賑やかに行き交う中、二人がいる所のそばの、少し暗い路地裏の辺りから女性の声がする。
二人は顔を見合わせ、路地裏の方へと歩み寄る。見れば、ガッシリとした男が二、三人で一人の女性を囲んでいた。
男達の服装からして、船乗りと思われた。女性の細い腕が男の屈強そうな手に捕まれている。間違いなく『良い状況』では無い。
「おい、これ……マズイよな?」
とウラシマはレッドをつついた。
「あぁ?あぁ、そーみたいだな」
「お前何とも思わないのか!?女の子がからまれてるんだぞ!?」
ウラシマは何故か煌めきを込めた瞳をレッドに向ける。レッドは、あーそーだな、とまた気の抜けたような返事をした。ウラシマはむぅ、と唸るとすぐにレッドに向き直る。
「……あの娘結構きれいな身なりだし、もしかしたら、助けたらお礼とかしてくれるかも……さぁていくらくれるのかな~♪」
ウラシマの唇が意味深に歪み、三日月の形を描いた。レッドの耳がぴくり、と反応する。
「……女相手に三人なんてヒキョーな奴らだな!!」
レッドは叫ぶと同時に白銀の銃に手をかけた。心なしかその表情は『期待』と言う光りに満ち溢れている。
ドゥンッ!!!
銃は一人の男の足元に当たる。当たった部分が跡を残し、白煙を上げた。
「なっ、なんだお前!?」
男達がギロリと一斉にレッドを睨み付けた。レッドは冷たく微笑む。
「てめぇらこそ何なんだよ?この真っ昼間から盛ってんのか?」
男達はカッと顔を赤く染め、憤怒を露にする。
「うるせえ!!お前に関係ねえだろ!!」
「引っ込んでろガキが!」
男達は懐からナイフを取りだし、レッド目掛けて襲いかかる。レッドは寸前でかわすが、一人の男の刃先が、レッドの白い肌を掠めた。すぅー……と赤い筋が頬に現れる。他の二人が再びレッドに切りかかるがレッドはヒラリと身を翻しナイフを避ける。そしてガチャリと銃を構えた。
ドゥドゥドゥッ!!
白煙が辺りに漂い、焼けたような匂いが鼻をつく。煙の晴れた先には船乗りと思われる男達がいだ。男達は足や腕からどろりと紅いものが滴っている。
「今のは普通の弾丸だ。魔弾も結構コストかかるからな。てめぇらなんかに魔弾使ってたまるか」
けっ、とレッドは男達を見下し、舌を出す。
「大丈夫ですか?お嬢さん」
ウラシマはその隙に女性を気遣う。レッドはジトリとウラシマを睨んだ。
女性は少し戸惑った様子だったが、ぺこりと二人に頭を下げた。
「……お助けいただき……ありがとうございました」
さらり、と長い黒髪が肩を滑り降りる。ウラシマと同じく東国の女性のようだ。やや伏し目がちで、長い睫毛が白い肌に影を作っている。年の頃はおそらくウラシマと同じくらいだ。だけど小柄で華奢なせいか、もっと若くも見える。守りたくなるような、どこか儚げな雰囲気のある女性だ。深緑の長いワンピースに白いエプロンのようなものを付けている。
「……東国の人?」
ウラシマは自分と同じ黒髪に少々驚いた。東国の人間は基本的に自国の外に出ることは少ない。ウラシマ自身、自分は変わり者だと思っているほどだ。なかなか外の国で見ることは無い。
女性は、ハイと小さく頷く。
「……瑠璃、と申します。東国から訳あってこちらの国に……。今はお城でメイドとして仕事をさせて頂いております。食料の買い物途中にこの方々に……その、からまれて……」
女性ーー瑠璃は深々とお辞儀をする。レッドはやれやれとため息をついた。
「ウラシマもそうだが、黒髪てのは目立つからな。せーぜー気をつけて帰るんだな」
「レッド。お前、ルリさんを一人で帰す気か」
ウラシマはキリッと表情を引き締め、姿勢を正した。
「は?」
レッドはすっとんきょうな声を出した。ルリは驚いたように伏し目がちな瞳を僅かに見開く。
「またこんな野郎どもにからまれたら危ないだろ?城まで送って差し上げようじゃないか!!」
ウラシマはすすす、とルリの手をとる。ルリはまた戸惑った表情を浮かべているが、ウラシマは構わない。
レッドの心のなかから、ブチッという音がした。
「ふざけんなこの色狂いーーーー!!!人に助けさせといて城まで送るだぁぁ!?!?送りたきゃてめぇが一人で送って来いっ!!」
「良いじゃんか、もしかしたら城に行けばお礼くれるかもよ?……ほら、あのーー王子様もいるだろうし……」
ウラシマはレッドの耳元で囁く。レッドはまだ怒りの熱が冷めないのか眉間にシワが寄っている。
「……………………仕方ねぇな」
「さすがレッド!!……さぁルリさん参りましょうか!」
ウラシマは嬉々としてレッドの肩を叩く。ルリはしばらく二人を見比べるようにして様子を伺っていたが、こくりと頷いた。
「よし、決まりだな!!オレはウラシマ!!こっちは賞金稼ぎのレッド!!よろしくねルリさん末永く!!」
レッドはため息をついて、ウラシマを軽く蹴飛ばした。ルリはその様子に、くす、と小さく笑った。
「……はい。よろしくお願いします。……ウラシマさん……レッドさん」
青い壁の向こうでの出会い。ウラシマはルリの荷物を率先して運び出し、ルリは静かにその後ろを歩き始めた。
「……面倒なことにならなきゃいーけど」
レッドは生暖かい潮風に乱された絹糸の金髪を抑え、城への道を歩き出した。