第六節
火が安定してきたので、寝る場所を作り始める。
今日は掛けるものが無いので、枯葉の中に潜って寝るしかない。
しかし、そうそう寝ても居られないだろう。
夜は何が襲ってくるか判らないのだ。
この炎でだいぶ予防線は張れると思うが、安心は出来ない。
今夜は、寝ては起きての繰り返しになるだろう。
まぁ、こればかりは仕方が無い。
これから深夜にかけて温度は下がり続けるだろう。
もし、限界を超えた寒さの中で寝ていては危険だ。
人間は不思議な事に、限界以上の暑さの中では自然と目が覚める。
だが、極限の寒さの中では眠気の方が勝るのだ。
寝たまま凍死してしまうのは、この現象によるものである。
睡眠中に体温が下がりすぎて、死んでしまったら元も子もない。
そして夜行性の獣は、暗くなって速攻で動き出すわけではなかろう。
かえって深夜になる程に危険は増して行くはずだ。
ここは今のうちに寝ておくのが得策だろう。
この先が見えない状況で、体力温存は必須である。
できるだけ寝てしまおう……
何かの遠吠えで目が覚めた。
慌てて焚き火を確認すると、まだ順調に燃えているようだ。
火の付いた薪を一本取り出し、暗闇に掲げて慎重に周囲を探る。
獣の気配は無いようだ……
とりあえず一安心である。
体が勝手に身震いする。
かなり冷えてきているようだ……
焚き火に近づいて、急いで身体を暖めた。
こういう時は、家という物の偉大さをひしひしと感じる。
火の調節をしながら改めて森を見渡すと、恐ろしい程に何も見えない。
昼間の緑に覆われた優しい森の雰囲気が嘘のようだ。
灯りは目の前の炎だけ、これほど見事な闇は久しぶりの体験だ。
何気に空を見上げれば、そこには今まで見た事が無いような星空が展開していた。
これは、凄い……
星に手が届きそうだとは、この事を言うのだろう。
見つめていると、空との距離感がどんどん狂っていく。
あまりに星が多すぎて、何がどうなっているのか良く判らない。
この迫力の前では、百万ドルの夜景など子供騙しでしかないだろう。
これは、もはや何にも例えようが無い。
こんな光景は、都会では絶対にお目にかかれない。
その時、何故か星が滲む……
なんだ?
慌てて確認すると、自分の頬に涙が流れているのが判った。
私としては泣いているつもり全く無いし、
都会が恋しい訳でもない。
まして、今の状況に絶望している訳でもない。
だが、思い当たる事はある。
私は今、この目の前に広がる大自然に癒されている。
そして、宝石箱のような星空に癒されているのだ。
まるで、心が洗い流されていくような不思議な感覚。
不条理、わだかまり、屈辱、絶望。
憎悪に塗れた魂の叫びが浄化されていく……
今この瞬間、圧倒的な自然の美しさが
私の全てを包み込んでいた。
たった一人、深い闇の中で私の涙は止まる事がなかった。