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第二節

 すでに何度、死のうと思ったことか数え切れない。


 これまでの間、何も楽しい事が無かった訳ではない。

だが、辛い事があまりにあまりに多すぎた。

どこが始まりなのか……もはや曖昧だが、

すでに小学生の時には何もかもが歪み始めていたように思える。

私の家族は父と母、祖父母。私を合わせて5人だ。

まぁ、どこにでも居そうな普通の家庭だった。

小学3年の大晦日に

父親の居眠り運転が原因で3人の歩行者を死亡させてしまった。

そして現場から逃走。

父は山中で首吊り自殺を図った。

被疑者死亡……

たぶん、ここが始まりだろう。

ここから私の転落人生がスタートを切った。


 それは見事な急降下だった。

祖母が子宮ガンになり、近くの医者の誤診により発見が大幅に遅れ

大きい病院で発見した時はすでに他の内臓に転移。

その闘病中に祖父が心筋梗塞で入院。

何もかもに手が回らない時に、母が腹膜炎を起こして緊急入院した。

何とか母が退院した頃には、自営で営んでいた個人会社は火の車。

自転車操業でなんとか粘るも、祖母の病状が悪化し鬼のような治療費が降りかかる。

私達の家は第三抵当にまでなり、借金の嵐。


 中学の頃、

長い闘病生活の末に

祖父母が逝くのを見届けると、母が一時行方不明になった。

私は借金取りしか来ない家でサバイバル生活を続けていると

数ヵ月後に警察が尋ねてきた。

しかし所轄が違う警察官だ。

どうやら私の事では無いらしい……

さては、母が何かやらかしたか?


 神妙に話しだす警察官の話を聞いてみると、

母が結核で入院していて、それを伝えに来たのだと言う。

だが、金の無い私は何処にも行く事が出来ないので

どうにも出来なかった。

警察官も困り果てて財布から金を出そうとするが

私はそれを静止した。

敵に塩を送られたくは無い……


 私は母が居なくなった後に

本当に困り果てて警察と区役所に相談に行った事がある。

そして警察には事件ではないからと門前払いされ、

区役所からは保護できるシステムが存在しないからと追い返されていた。

警察官は、今は状況が違うから何か方法があるはずだと言うが、

私にとって警察と言う組織は、もはや恨みの対象でしかなかった。

そして世間の不条理によってサバイバル生活に追いやられて

玄関で怒鳴り続ける借金取りのヤクザ達と一悶着を起こし、

一匹狼で危ない橋も渡ってきた私は、以前の素直な心など持ち合わせてはいない。

もはや、くだらない大人共の話など聞く耳を持っていないのだ。

下手に説教などしてきたら、その愚か者に殴りかかる事間違いなし。

傷害事件など起こすくらいなら、端から関わらない方がマシだ。

その事情を話し丁重に断ると、

申し訳ないと謝られてしまった。

所轄が違う警察官個人に責任が無いだけに、

私としては非常に微妙であるのだが……

とりあえず、母には無事に生きている事を伝えてくれるそうなので

一応礼は言っておいた。



 そして一年後に母が帰って来た。

中学2年も終わりに近づいていた頃である。

まぁ、とうの昔に学校なんぞ行っていなかったのだが……

私は何も聞かなかったが、母がポツリポツリと話し始める。

それによると、あの日、金策の為にどこかへ向かっていたらしい。

だが、電車の中で意識を失ってしまったそうだ。

そして気が付いたのが結核病棟。

何か心当たりは無いかとを聞かれたらしいが、つい先日に近くの病院で

風邪だと診断されて帰って来たばかりだった。

ここでも誤診が発覚するが、当時は医療裁判など素人が勝てる物ではない。

泣き寝入りが基本だったのは事実である。


 ある程度進んでしまった結核の場合、外出が禁じられていて面会謝絶。

完全に隔離されて、帰る事など到底出来ない。

家の電話は止まっていて、連絡は出来ない。

協力してくれそうな親戚も、皆無であった。

手紙は出したそうだが、私の元には届いてはいない。

その後に母が入院する病院に借金取りが押し寄せ大変な騒ぎになったそうだ。

悪質な借金取りが母の行き先を探す為に郵便を盗んでいたのだろう。

病院側が警察を呼んで解決したそうだ。

そんな事情で連絡を諦めかけていたそうだが、

例の騒ぎの時に母の事情を聞いた警察官が心配して

わざわざ私の安否確認に来てくれたそうだ。

ありがたい話ではあるが、私としては微妙な心境である……



 そして、もうこの家はダメだそうだ。

すでに競売にかけられているそうで、金を返す当ても無い。

近いうちに強制退去させられるだろう。

次から次へと現れる喧しい借金取りにもいささか嫌気が差していたので

そのまま、私達は夜逃げを決行した。


 生活保護でひっそりと生活していた私達親子だったが、

まだ母が若かったのが問題だった。

母目当てに出入りする男共は、それはロクな者では無い。

あそこまで男運が悪いと、もはや見事としか言いようがない。

私達の心は、さらに荒んで行った。



 やがて酒浸りになってしまった母が亡くなったのが一ヶ月前の事だ。

浴びるように酒を飲む母に何度も注意を促してきたが

一切聞く耳を持ってはくれなかった。

「もう、何時死んでも構わないんだよ」と笑顔で答える母は、

もはやこの世に未練は無いようだった。

あの何かを悟ったような笑顔に、私は何を言えるのだろうか?


 死因は脳溢血だった。あまりに突然の死だったが、

せめて苦しまずに逝けたのが何よりだ。

私は、死の寸前まで苦しんだ祖母の姿を見ている。

それが無かっただけマシだ。

これまで地獄のような人生を味わい

あそこまで苦しんで来たのだ、もういいだろう。

現状でさえ、十分に残酷物語なのだ……

全く、神も仏もあったものではない。


 そして、遂に私は天涯孤独だ。

私達家族が生きた、あの生き地獄。

絶望しか見当たらない、この世界。

何からも救われなかった、残酷な人生。

もはや私は、生きると言う行為に疲れ果てていた。

私は静かに呟いた。

それは母への問いだったのか、己への問いだったのか判らない。

「私も、もういいよね?」



 落下を覚悟した私は一歩踏みしめる。

その瞬間、急激な重力加速度が襲い掛かる……

はずだった……


 光が、また語りかける

「さぁ、私の元へ来なさい」

生きているのか死んでいるのか、もはや良く判らない。

だが、私に選択肢は無いようだ。

その言葉に従った。



 光の中へ入ると、そこに別世界が広がった。

大自然と言うべきだろうか?

そんな世界だった。











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