第十九節
あれから2週間が経って、粘土も良い感じに乾燥してきた。
そろそろかな?
今日は粘土を日干しにする。
そして森から、いつもより大量の薪を集めてくる。
労働的には通常よりもハードなのだが
さほど辛くは感じられない。
私は楽しみで仕方が無いのだ。
大きく息を吐いて、山になった薪を見つめる。
うん、これくらいで良いだろう……
まぁ全部一気に使うわけではない、在庫も合わせの薪の山だ。
これだけ集めたのは他でもない、今日は外で焚き火をする予定だ。
そして、それなりに火の規模を大きくするので場所の選択が問題だ。
もし山火事にでもなれば、この生活自体が崩壊してしまう。
極力、周囲に燃える物が無い事が理想だ。
そして万が一の時には、すぐに消火が出来る場所……
う~ん……川原しか思い付かない……
まぁ、間違ってはいないはずだ。
あそこなら、大きな問題は起きないだろう。
さて、種火用に炭を持って行きたい所だが、
あんな熱くて脆い物を持って移動するには川原は遠すぎる。
新しく火を起すしかないか……
薪を運び終わった頃に、黒猫が付いて来た。
「お? お前も手伝うか?」
黒猫は私に返事をするように鳴いた。
まぁ不可能だろうが、有難い事だ。
心意気だけは、受け取っておこう。
薪を大きく広く、放射状に積んでいく。
その中心には乾燥した枯葉を下に入れた。
種火から薪へと炎が連鎖して大きく燃え上がっていく。
火が広がり安定すると、粘土で成型した物を火炎の中に入れ始めた。
いわゆる、野焼きである。
棒で成型物を上手く回しながら均等に炙っていく。
長い棒を使っているが、それでも炎は当然のように熱い……
黒猫も近寄れないのだろう、少し遠くから見つめている。
火傷をしないように風上に移動しながら物を焼いて行く。
その作業を3時間ほど続けると、やがて火の勢いが徐々に落ちてきた。
さて、とりあえずこのまま放置だな……
時間が空いたので、私は川を覗き込んだ。
いるな……
竹槍が唸る度に、大きな魚を捕らえる。
今日は3匹だ。
二匹が私で、一匹が猫用である。
捕獲した魚を竹串に刺して、時間差で燃え盛る地面へと斜めに突き刺した。
魚を焼く時に限っては、野焼きは意外に便利である。
焼けるまで、少し時間がある。
大き目の葉を取ってきて、川で洗った。
焚き火の前に座り、焼きあがった魚を葉の上に置く。
魚を解して、適当に冷ました。
私の魚が焼き上がる頃に丁度良い按配だ。
時間差焼きのタイミングも、だいぶ解ってきた。
「ほら、出来たぞ」
今まで静かにしていた黒猫は、私の声で元気に飛んでくる。
私達は、一緒に魚を頬張った。
「なんか、キャンプみたいだな」
思わず声を掛けると、黒猫が返事をする。
まぁ、判っていないとは思うのだが……
私以外に、人間は居ないので仕方が無い。
相槌を打ってくれるだけでも、マシと言うものだ。
魚を食べ終わる頃には日も傾いてきた。
残った炭にまだ少し熱が残っているが、もう消えていると言って良いレベルだ。
しかし、ここで焦って手をつけてはいけない。
今日はこのまま、この場を放置する。
野焼きの周囲に大量の水を掛け、出来る限りの飛び火対策をする。
私達は火の最終確認をして、洞窟へと向かった。
あれから1日が経った。
野焼きはすっかり鎮火して、炭も冷たい。
普通に触れる状態だ。
おもむろに成型物を取り出して、植物の葉で、ひたすらにそれを磨く。
やがて炭のように真っ白だったそれは、茶色へと変わっていく。
なかなか、良い感じだ……
さらに、しっかりと磨き上げると私は頷いた。
うん……出来たぞ……
そこには粘土の塊……いや、土鍋が完成したのだ。
まぁ、焼き物の精度としては大した事は無いだろう。
簡単に言えば、縄文式土器だ。
本来、陶器のような焼き物は
通常の焚き火など、比較にならない高温で焼き上げられる。
その為に、焼き釜が存在する。
だが、大昔からそうだった訳では無い。
縄文時代に人々は、今回のような方法で陶器を作り上げた。
陶器の元は、このような野焼きが出発点なのだ。
まともな鍋が無い今、この粘土は貴重な発見であった。
さて、さっそく次の実験だ……
まずは土鍋を、しばらく水に浸しておく。
割れ防止の為なのだが、あまり長い時間だと鍋そのものが崩壊しかねないので
水が軽く染み込む程度で良いと思う。
その鍋を慎重に洞窟へと持ち帰ると、次は暖炉の改造だ。
石を上手く重ねて、暖炉の上にゴトクの代わりを組み上げる。
そこへ、静かに土鍋を乗せた。
冷えているうちに汲んできた水を流入れて、新たに薪を投入し暖炉の勢いを上げていく。
炎が安定したら、そのまま数分待つ。
やがて水は白い煙を出し始めて、沸騰が始まった。
土鍋は割れていない。
やった……成功だ……
鍋の中で湧いている水に、何か懐かしさを感じてしまう。
沸騰した水を竹コップで回収して、竹バケツに移して行く。
また水を投入して数分すれば、勢い良く湧いてくる。
「これで心置きなく水が飲めるぞ……」
その言葉に反応して黒猫が答える。
「そうか、お前も判るか!」
判るはずは無いのだが、その鳴き声が嬉しかった。
煮沸が済むと、植物の葉を重ねてミトン代わりにした物で
鍋を移動して他の鍋に置き換える。
完成した、幾つも鍋の耐久実験も行った。
とりあえず、どれも使えている。
耐久性は、まずまずである。
そして、これだけあれば万が一壊れても大丈夫だ。
これを応用すれば、かなり幅が広がる事は間違いない。
私は熱い飲み物を啜り、黒猫は水を舐めながら今日が暮れていった。