第十八節
ともあれ、私も動かなければいけない。
肝心な、食料の調達がまだだ。
まぁ、この時間からなら魚が無難だろう。
川原で魚を2匹確保し、洞窟で焼いていると鳴き声が聞こえた。
ん? まさか……
横目に見ると、そこにあの黒猫がいる……
うわ~……マジかよ……
さては魚の臭いに釣られて来たか……
頭に手を当てて半ば諦め気味に視線を向けると、猫の足元に何かが落ちている。
ん? なんだ?
黒猫は、改めてそれを咥えて私の所まで来た。
私は、それを見て驚いた。
「おい……それって……鳩じゃないか……」
まだ取立てなのだろう、手にしてみると暖かい。
「まさか、自分で取ってきたのか?」
それに黒猫は、返事をするように答える。
なんだよ……私より、エキスパートじゃないか……
これまで野鳩は何度か目撃したが、他の鳥に比べて何故か警戒心が高かった。
常に木の枝に隠れるように止まっているので、ソマイではとても捕まえられる気がしない。
他に対鳥用の道具も無く狩る自信が無かったので、あえて避けていた対象だ。
それを、アッサリと狩って来るとは……
これは、見事にやられた。
私の完敗である。
「それじゃ、一緒に食べるか……」
黒猫の頭を撫でると、気合を入れて立ち上がった。
急いで川原に鳥をさばきに行って、洞窟へ戻ると魚一匹と鳥肉の半分を焼き始めた。
「待ってろよ、美味いの作るからな」
私の横で、黒猫はそれに答えた。
焼き上がった食材を葉の上に取り、次の魚と鳥肉を火に掛けた。
さて、葉に乗せた方を箸で適当に解し始めた。
ある程度中身を開くと、そのまま放置する。
私は焼きたてのが有難いが、熱い食べ物を猫の舌で食べるのは辛いはずだ。
私の分が焼ける頃には、すっかり冷めているだろう。
そして私の分が焼けて来たので、猫用の肉に手を当ててみると人肌程度に冷めている。
うん、これなら食べられるだろう。
「出来たぞ、ほら」
葉の上に乗った魚と肉を目の前に置くと、黒猫は行儀良く食べ始めた。
「それじゃ、私も頂こうかな」
私達はお互いの獲物を、半分づつ分け合って食べた。
食べ終わって一息つくと、すでに黒猫が眠そうである。
かく言う私も、かなり眠かったりする。
さて、寝るか……
おもむろに枯葉に潜り込むと、後から黒猫も付いて来た。
「ん? お前も来るか?」
それに答えながら、枯葉の中に潜り込んで来た。
おぉ、猫あったけ~……
これは、湯たんぽレベルだ。
猫は、なんと素晴らしい……
丸まって眠り始める黒猫を見ると、自然と癒される。
ある意味、これで良かったのかもしれないと密かに思い始めていた。
夜中に起きて火の調整をしながら水を飲んでいると、
その竹コップに小さな手を伸ばしてくる。
どうやら、黒猫も水が欲しいらしい。
もう1つのコップで水を入れてあげてみたが、
竹コップは背がありすぎて、どうも上手く飲めないようだ。
「そうか、飲み難いか……ちょっと待ってろな……」
余っている太い竹を持ち出してきて、
節の部分を浅く切断して猫用の皿を作った。
それに水を入れてみると、黒猫は勢い良く飲み始めた。
そんなに、喉が渇いていたのか……
常に手洗い用として綺麗な予備水を竹バケツに置いてあるので、
その気になれば水などいくらでも飲めたはずなのだが……
本当に、山猫なのか? コイツ……
黒猫の行動に、かなり疑問と違和感があった。
その猫らしからぬ行儀の良さは、飼い猫でも滅多にお目にかかれないだろう。
だが、飼い猫だったとしてどうする?
飼い主を探すと言っても、まだ生きている人間に出会っていないのだ。
見つかる可能性は、限りなく低い。
まず、無理だろう……
と言うか、そもそも良く考えれば私自身が迷い人ではないか?
迷い人が迷い猫の飼い主を探すとは、本末転倒もいい所だ。
しかし、言及しておいてアレだが……
なんだ? この異様な虚しさは……
まぁ、今は気にしても仕方が無いか……
ひとまず、水飲み皿を気に入ってくれたようだから良しとするか。
それからも、黒猫は自分の分とばかりに餌をちゃんと取ってくる。
時には魚だったり鳥だったりと対象はまちまちだが、
少なくとも変な獲物は持って来ていない。
私から見ても、十分に食べられる獲物……
いや、ご馳走レベルの獲物ばかりだ。
一度、自分の3倍はあろうかと言う大きな鳥を引っ張ってきた時はさすがに驚いた。
「どうやれば、これを狩れるんだよ……」と思わず笑ってしまった。
しかし不思議な事に、しっかり致命傷は与えているものの、獲物を食い荒らす事は無い。
いつも綺麗なまま、私の前に持ってくる。
まるで調理しろと言わんばかりに……
まったく、摩訶不思議な猫である。
しかし、そのお陰で私は下手な獲物が持って帰れなくなった時があった。
最初は、激しくプレッシャーだった事は間違いない。
だが、これは私も日々精進しなければいけないと言う事。
自然の中で生きるならば、この程度で動じてはいけない。
狩りは常に一期一会、安定した捕獲量など夢の話だ。
もし私が運良く大物を捕らえて来たなら、黒猫も喜んで食べてくれる。
それが嬉しい。
たった、それだけの事。だが、それで良いのだ。
ちっぽけな意地のために、無理やりに殺生を繰り返す必要など何処にも無いのだ。
そんな考えでは、大自然は獲物など与えてはくれない。
そう考えを切り替えてからは、これも日々の楽しみへと変化しつつある。
まぁ、そんな感じで我々の不思議な共同生活は意外に上手く続いている。