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第十二節

 私は、空を飛んで行く鳥を見つめて呟いた。

「あぁ……鳥肉が食べたい……」

以前は鳥を見ても食べたいとは思わなかったのだが、

簡単に物が買えない状態が長く続くと

生き物が美味そうに見えてくるのは不思議だ。

しかし飛んでいく姿を見ると、とても捕まえられる気がしない。

罠を作ると言っても、まだ大した道具も無ければ、誘う餌も無い。

う~ん……かなり無理がありそうだ……

では、こちらから仕掛けなければなるまい。

だが、石を投げても当たる気がしない。

ならば、アレはどうだ?


 私は、5㎝ほどの丸い石を2つ拾ってきた。

次に細い紐を1メートルほど3つ編みにしてみた。

作った紐の両側に石を外れないように慎重に結び付けていく。

しっかりと縛り付けたら完成だ。

これの通称はソマイ。

俗に言う、アメリカンクラッカーのような物だ。

紐の両先に石を縛り付けただけの簡単な物だが、間違いなく狩猟道具である。

さっそく実践へ向けて試してみよう。


 投げる度に、溜め息の深さが増してくる。

頭の上で振り回して、的に向かって投げる。

すると、ソマイは広がりながら飛んで行って標的に絡みつく。

理屈はそうだ、確かにそうだ。

それは、良く判っている。

しかし、なんだ? この難易度は……

狙った的に、全く向かってくれない道具を見つめて、また溜め息が出る。

難しいな……これ……

すでに30投ほどしているが、右へ左へと2メートル近く外れているのだ。

このままでは鳥を捕まえるなど夢のような話だ。

しかし鳥肉の為だ……ひたすら練習しかないか……

深い溜め息をつきながら投げ続けた。


 そろそろ150投目に突入しただろうか?

ソマイが狙った木に絡みついた。

おぉ……

すでに疲れ果てていて全くコメントは出ないが、少なからず感動はしている。

何とか力加減と、離すタイミングを掴んだようだ。

それからは大きく外す事は無く、順調に集弾率が上がっていった。

これなら使えるかもしれない……

かなり疲労に、思わず座り込んでしまう。

だが、まだ辞める訳にはいかない。

激しくハードではあるが、この感覚を忘れないうちに実践だ。



 狙いは小鳥の集団。

小物を狙う場合、一羽必中にこだわるよりも

集団に投げ込む方が効果的である。

とにかく当たりさえすれば何とかなるはずだ。


 大きな木に集まる大群を見つけた。

かなりの数だ。

さて……ここからが問題だ。

大きく深呼吸をして一連の行動をシュミレーションする。

しかし、考えてはいけない……

ひたすらに、己の感情を押し殺す。

私は、ロボットのように手順をこなすだけで良い。

そう、何も考えてはいけないのだ。

私は、その場で目を閉じた……

周りの音が、徐々に消えて行く……

やがて心のスイッチが切り替わる。

静かに見開いた眼が、冷やかにターゲットを見据えた。



 なるべく気配を消して、射程距離まで静かに近づいていく。

まぁ奴等は遠投武器への警戒心が無い故に、普通に近づいても逃げないのだが念の為だ。

万が一に、一羽が動くと一斉に飛び立ってしまう。

そして、唯一の狙いはその飛び立つ瞬間だ。


 頭の上でソマイを回し始める。

3回転の間に十分な加速を付けると風切音が聞こえてくる。

そして4回転目、集団に目掛けて発射した。


 小鳥は一斉に羽ばたいて飛び立つ。

私は急いで回収に向かった。

いた……

二羽の小鳥がソマイに巻き付いている。

素早くツールナイフを取り出して、渾身の力を込めて喉元を一気に切り裂く。

今は、何も考えてはいけない……

ここで躊躇しては、無駄な苦痛を与えてしまう。

今出来る事は、即死させることだけ……


 絶命を確認すると、ふと我に返った。

手が震えている……

しかし、まだ感傷に浸るのは早い。

ソマイを鳥の足に巻きつけて逆さにぶら下げながら川へと直行した。

道中、状態を見ていたが、さほど血は出ていないようだ。

まぁ、これほど小さい鳥ならば血抜きの必要も無いだろう。


 川に着くと、震えた手で二羽を並べて手を合わせる。

何の意味も無いかもしれないが、それをやらずには居られない。

黙祷を済ませると、おもむろに鳥の毛を毟り始めた。

まだ、暖かい……

恐ろしいほどの、罪悪感が私を襲う。

私は、思わず呟いた。

「久々だと、さすがにキツイな……」



 あのサバイバル時代……

空前の食糧難に陥った私は、鳩や雀を食べて生を繋いだ。

武器はスリングショット、弾は釣り用の重りを使った。

あの時の衝撃は、未だに忘れる事が出来ない。


 私は、基本的に動物が大好きだ。

ハムスターに始まり、鳥や犬に猫と色々飼った経験がある。

そしてペットが寿命を迎えれば、いつも底知れない悲しみに襲われた。

命は大事な物だ、それを奪う事など考えられない。

ずっと、そう思ってきた。

まぁ、比較的に普通の考えだと思う。

だが、その常識が一気にひっくり返ったのがあの時代だ。

まだ中学生だった私には、それは辛い作業だった。

生暖かい肌、溢れ出る内蔵。そして滴る血液。

体中が震え、涙と吐き気が交互に襲う。

そして焚き火で焼いている間も、食べている間も

溢れる涙は止まる事が無かった。

昔の人々は普通にやっていた事、しかし都会では異常事態だ。

それを素直に受け入れる器など持ち合わせていなかった。

今思えば私の心はあの時、完全に壊れてしまったのかもしれない。


 もう、二度とあんな事は無いだろうと思っていたが

まさか、また経験する羽目になるとは……




 鳥もさばき終わり、洞窟へと持ち帰り火で炙る。

まずは残りの毛を焼いてしまわなければいけない。

調理はその後だ。

毛がパチパチと音を立てて焼けていく。

それを汲んできた水で洗い流した。

これでようやく食べられる状態になる。

気が付けば辺りはすっかり夕暮れだ。

ずいぶんと時間をかけてしまった。


 肉を焼いているうちに、いつしか闇に包まれた。

今日は、この一食だけか……

まぁ、念願の鳥が食べられるのだ。これ以上を望むのは贅沢であろう。


 焼きあがった鳥を食べてみた。

うん、さすがに美味い……

ニワトリに比べれば若干のクセはあるが、問題にならないレベルだ。

塩が欲しい所だが、肉の味だけでも何とかなるものだ。

私は少ない食材を、しみじみと味わっていた。


 満天の星を見上げて、思いにふけりながら

また1つ、溜め息がこぼれる。

しかし、不思議なものだ……

私はこの状況になる直前まで、自ら命を断とうとしていた。

ほんの数日前まで居た便利な世界。

あらゆる物が溢れ、夜は闇が無く、人工物に囲まれた世界。

生きると言う一点だけに関してなら、何のリスクも無く存在していける世界。

そんな楽であるはずの環境で、生きる気力を失くしていた。

だが、今はどうだ?

この誰も居ない世界、そして危険極まりないであろう環境。

その中で、今この瞬間も生きて行こうとしている。

私は、なんと矛盾している生き物だろうか……

しかし、どういう訳だか今の方が生きている気がするのだ。

死の影が脳裏を過ぎる度に、確固たる実感が沸いてくるのだ。

要らないサバイバー根性に火が付いているのだろうか?


 真のサバイバーの代表格と言えば、遊牧民とネイティブアメリカンだろう。

他にも知られていない素晴らしい部族は無数に存在する。

彼等は凄い。いや、凄すぎる。

私など到底足元にも及ばない。

だが、どの部族にも共通して言える事は

自然と上手に共存している事だ。

彼等は、文明に頼ることは無い。

先祖代々、大切に語り継がれて来た技を駆使して

とても静かに、そしてしっかりと根付き生きている。

彼等は大自然を味方につけ、常に感謝の心を絶やさない。

己は小さい存在だとへりくだり、大地の神に祈る。

それが、真のサバイバーの姿だ。

私は、それが生きているという事だと心底思う。

都会に居る時には、麻痺してしまう感覚こそが

一番大事なことなのだ。

私が行っている事は、興味本位で調べた真似事に過ぎないが、

今この瞬間にも彼等の知識が役に立っている。

そして、それ等を知る事が無ければ今頃は只途方にくれていただろう。


 本来、彼等が自然に行っている事こそが

生きているという事だったはず。

いつしか文明が栄え、自然を破壊し

我等人間がこの世で一番の存在だと思い込み

大量破壊兵器を手に余るほどに生産し、同じ人間が住む敵国を威嚇する。


 街で暮らす市民は、便利すぎる日常で神経が麻痺し

いつしか大切な事が刷り変えられていく。

そして世界は、金が全ての世の中……


 何が大切かは、人それぞれだと言うが

本当にそうだろうか?

基本的な事は、実は一緒なのではなかろうか?

そんな疑問が私の中で育っていった……


 物がありふれた世界では、見つけられない大切な事。

私は、それを静かに噛み締めていた。













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