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朝と昼と夜の約束

作者: 杵川希


 東の空から光の目覚まし時計が差し込んだ。

 白い肌をした手足の長い人間がむくりと起き上がり、肩をぐるぐると回したり首をぱきぱき鳴らしたりしながら寝室から居間へ出た。

 「グンモーニン!」

 誰もいない部屋にそう叫び、コーヒーも飲まずに外へ出た。

 「今日もよい天気だ。がんばるぞ」

 白い人間は家のアプローチをゆっくりと歩き、自分の家と良く似た隣の家の玄関を目指す。

 「おはよう!」

 勝手知ったるお隣さん家。玄関ドアを開けて大きな声で挨拶をするのはいつものことだ。

 「おー、おはよう!今日もやりますか!」

 同じように白い肌で手足の長い人間がリュックを持ちながら居間から玄関へと出て来た。

 「やりますか!時は金なり、ですもんね」

 「うんうん、光の時計が頭の上に来るまで、がんばろう!」

 白い人間たちはニコニコしながら家を出る。

 「今日はどうする?」

 一方が聞いた。

 「そうだね、西の山でつくしを狩ろうと思うんだけど?」

 「いいね、行こう」

 2人はリュックと竹籠を持ってアプローチを歩いていく。

 顔を出した太陽が、さんさんと照りつける春の一日。

 早起きな2人は意気揚々と出かけていった。


 西の山の上に太陽がやってきた。

 山の斜面はとりどりの色を乗せ、物干竿にかかった衣服が清潔感を纏って風に揺れる。

 「グディーヴニン!」

 赤い肌をした小柄な人間が誰もいない部屋に叫ぶ。

 「今日もお昼がやって来た!さぁ、やるぞ!」

 脇を締めて両手のげんこつを上下に振り振り、気合いを入れる。そしてそのままコーヒーも飲まずに、玄関のドアを開けて外へ飛び出した。

 「こんにちは!今日も良い天気ですね!」

 庭で花いじりをしている赤い肌の人間に声をかける。

 「ああこんにちは。一日で一番元気なお日様のおかげで、お庭もこんなに…」

 2人は口元を緩めながら庭を見渡す。赤、白、黄色、紫、オレンジ、緑、とりどりの花や草木が昼の賛美歌を歌っているようだ。

 「おや、あれは?」

 一方が庭の向こうのけもの道を見て言った。短い赤い手が林の中を動く白い人間を指差した。

 「あー、グンモー人だね。そろそろ仕事終わりじゃないか?」

 「太陽の位置からして、そんな感じだね」

 赤い人間は山を下りていく白い人間の姿を見送る。

 「彼らのおかげで、我らグディーヴ人も心地よくお昼を過ごせるんだね」

 「そうだね、あまり接点はないけれど、同じ一日を生きている友だね」

 2人は目を細めて、林に消えていく白い姿を目で追い続ける。 

 「うんうん、しかしいつ見ても色白だよね」

 「ははは、そうだね。でも、彼らから見れば我らはじつに日焼けで赤々しいと思うだろうね」

 白と赤がそれぞれの一日を回す。

 白い人間は朝から昼まで、赤い人間は昼から夜まで、それぞれの生きる時間を目一杯生きる。

 「さ、我らも昼の仕事をしようか。昼を回す役目を全うしなくては」

 「そうだね」

 

 生まれたときから朝の人間と昼の人間が一日を回している。

 お日様がどこにあるかで一日がどういう風に進んでいくかを学んで来た。

 グンモー人は一日の始まりの準備と合図をし、グディーヴ人は一日を進めるための行動をする。

 同じ世界に住むあまり接点の無い二つの人種。だが互いに尊敬し合い、感謝し合い、来る日も来る日も明るく元気に一日を築き上げる。

 お日様が傾き始めると、グンモー人は眠りにつき、グディーヴ人は家へ戻る。夜はひっそりと物音しない世界を覆い、今日一日の終わりと明日の始まりの準備をする。


 その日は朝から雨が降っていた。

 グンモー人はまだ眠りの中で、グディーヴ人はそろそろ眠りにつこうかと言う所だった。

 お日様が出てこない。

 恐ろしい夢に目を覚ましてしまったグンモー人は寝床から飛び起き、玄関ドアを開けた。

 「あれ? 今日は一日がお休みなのかな?」

 見上げた空は真っ暗で、西も東もわからない。

 「おかしいな、雨は降っているけど一日がはじまらないはずがない」

 不思議に思ったグンモー人は、いつものように隣の家の玄関ドアを開ける。

 「おはよう!」

 死んだように静かな家の中に挨拶がこだまする。やがて階上からバタバタと音がして、白い人間が駆け下りて来た。

 「おはよう!ごめん!寝坊だ!」

 そう謝りながらすかさずリュックに物を詰め込み仕事の準備をする。

 「いや、それがさ、お日様が出てこなくて真っ暗なんだ」

 「え、なんだって?」

 寝坊したグンモー人はけっこう洒落た人間であることを一方は知っている。彼は寝室にカーテンを引いているのだ。だからお日様の状況がすぐにはわからない。

 「カーテンの外を見たかい? まだ夜みたいに真っ暗だよ」

 「え、じゃあまだ夜なんじゃないのかい?」

 物を詰める手を止め、顔を見合わせる。

 「いや、そんなことは無いと思うんだ。だって体内時計はとっくに朝だよ。だから僕は目が覚めたんだから」

 2人は玄関ドアから外を覗く。真っ暗な夜がずっとそこにいて、まるで朝の上に黒い大きな鞄でも置いてしまったかのようだ。

 空を見上げて2人は途方に暮れる。今日をはじめられない。


 いつになっても空が真っ暗なことに気がついたグディーヴ人は、グンモー人が黒いカーテンを外へ置きっぱなしにしたのだと勘違いした。

 「グンモー人が仕事間違えるなんて、こんなことはじめてだ。いったいどうしてしまったんだ?」

 グディーヴ人は朝のグンモー人の息吹を感じることができない現状に焦りを募らせている。

 「外は真っ暗だけど、少し様子を見てこよう」

 2人のグディーヴ人はそろそろと玄関ドアを開けて外へ出た。

 「ほんとに真っ暗だ。これはただ事じゃない。グンモー人にも何かあったのかもしれない」

 いつもなら、目をつぶっていても歩けるくらい歩き慣れたけもの道を、ゆっくりゆっくり進んでいく。グンモー人の里までいくらもないが、とても長い距離に思えた。


 「こんにちは!グンモー人、いるのかい?」

 グディーヴ人はグンモー人の家のまえで叫んだ。家はひっそりと静まり返っている。

 「ここにはいないようだね。隣へ行ってみよう」

 同じように並んだ、今は真っ暗で薄気味悪い家を見上げて言う。しかし隣の家も同じように真っ暗だ。

 「こんにちは!グンモー人、いますか!?」

 居てくれという悲痛さを込めて呼んでみる。すると家の中でかすかな物音が聞こえたかと思うと、ゆうっくりとドアが開いた。

 「おお、グンモー人!一体この暗さはどういうことなんだい!?」

 いつもは白く見えるグンモー人の顔が、このときばかりは青く見えた。

 「おはよう!グディーヴ人。それが僕らにもさっぱりわからないんだ…」

 いくつかの安否を気遣う言葉を掛け合い、4人は空を見上げて途方に暮れた。


 「これじゃ仕事ができないじゃないか」

 グディーヴ人がグンモー人に言う。

 「僕たちだって同じだよ。朝だと体内時計が教えてくれてから、僕も目を覚ますことができたんだ。だけど外はこんなに真っ暗さ。何が起きたのかさっぱりわからないよ」

 グンモー人は、普段なら仕事終わりの時間帯なのだろう、いつになく元気が無い。

 「もしかすると、太陽になにかあったのかもしれない…。そうなったら大変だ」

 グディーヴ人は腕組みをしながらも、そわそわとグンモー人の家の中を歩き回る。

 「みんな、もう一度外へ出てみよう。なにか原因を探すんだ」

 歩き回っていたグディーヴ人が言う。

 「真っ暗だよ、怖いよ」

 グンモー人が縮こまる。

 「仕方が無いじゃないか。君たちはいつもの仕事終わりの時間だから体が重いのはわかるけど、少し頑張ってくれ」

 「うん、わかった。外へ行ってみよう」

 しかし二つの人種は困ったことに気がついた。どちらの人種の生活も、懐中電灯のような人工的な灯りを作れる物を持ち合わせていない。

 「はぁ、僕たちが普段、いかに太陽に頼っているかがわかるね…」

 「でも他にどうしようもないから、真っ暗な中原因を探しにいかないといけない」

 青くなった4人は、再びドアを開けて外へ出た。

 「どうする?どこを探してみようか」

 グディーヴ人がグンモー人に聞く。

 「お日様に近い山の上はどうかな?」

 グンモー人が言う。西の山なら暗くてもいくらか道がわかりそうだ。

 「よし、じゃあ西の山に行ってみよう」

 4人は体を寄せ合いながら、暗いけもの道をゆっくり登っていった。

 

 寝そべったまま動かない真っ暗な空は、生命力を感じさせない乾燥した感じがした。だが4人にはその向こう側に得体の知れない恐ろしい物が潜んでいるような、不気味な息づかいを感じ始めていた。

 「なんだか、この暗さは体にまとわりつく感じがするね」

 グンモー人がつぶやいた。今が昼なのか夜なのかもわからない。たびたびあくびが出てしまう。

 「いつもの夜とは違った感じだね」

 グディーヴ人が答えた。彼らもまた、仕事終わりの時間が近づいているようだ。すこし足取りが重い。

 「もうすこしだ、たしかこの岩をぐるりと回り込めば山頂にでるはず。みんながんばろう」

 グンモー人が励ます。4人はくたくたになって岩に沿って続く道を登る。


 「うわっっ!!」

 山頂に出た4人は悲鳴に近い声を上げた。

 空には黄色く不気味な月が出ていた。

 「これがお日様の親戚…?」

 グンモー人が恐怖に震えながら言った。

 「これが夜のお日様か…?」

 グディーヴ人が唖然とつぶやく。

 冷酷な光を放ち、それでいて妙に生命力のある月が真っ暗な空の支配者とばかりに浮かんでいる。周囲には雲ひとつない空が広がっているが、じっと眺めているとかすかに呼吸をしているように動いているのがわかる。

 「月がお日様を隠してしまったんだ…。どうやってお日様を助ければいいんだろう」

 朝のはずなのに暗い空。昼のはずなのに元気が無い空。今4人の上に広がっている空は、一体一日のうちのどれくらいを占めていたはずの空なんだろうか。

 「夜って、こんなに不気味な物だったんだ」

 グンモー人が言う。しかしグディーヴ人はなにやら思案中なのか、それには答えない。

 「この月も、生き物なんだろうか?」

 グディーヴ人が口を開いた。冷たい光もやはり光。お日様の光と同じ光。だけどこの冷たくて暗い気持ちになるのはなぜだろう。逃げ出したくなるような怖さは何だろう。時々、4人の心の中に出てくる「怠け病」と良く似ている気がした。

 「僕、時々こういう気持ちになるときがあるんだ」

 グンモー人が誰ともなしにつぶやいた。

 「僕も時々…」

 「毎日毎日同じ仕事を同じ時間だけしておやすみ、退屈で体が怠けてしまって、怠けたくなる気持ちに良く似てる」

 4人は静かに頷いた。

 「そう思うと、お日様は朝と昼を教えてくれるだけじゃなかったんだなって。体の電池が切れかかった時、いつも僕たちはお日様に充電してもらってたんだな…」

 その充電時間が夜で、今日は朝も昼も無かったようなものだ。気持ちが沈んでしまうのは仕方が無いのかもしれない。だけど…

 「なおさら、お日様を探さなくっちゃ。みんな、なにか良い方法はないかな?」

 グンモー人が気を取り直して言う。すると、思案中だった一人のグディーヴ人が口を開いた。

 「俺たちの家に物干竿があったな。あれを使えないだろうか?」

 もう一人のグディーヴ人に聞く。

 「そうか、あれを棒代わりにして月を突いてみれば何か変わるかもしれないね」

 2人のグディーヴ人が頷き合う。

 「じゃあ僕たちは家にある梯子を持ってこよう。それに登って物干竿で突けば、月が動いてくれるかもしれない」

 グンモー人も意見に賛同した。

 「じゃあすぐに取りに戻ろう。お互い、またこの山頂で落ち合うことにしよう」

 4人は二組に分かれてそれぞれの家へ戻っていった。


 グンモー人が持って来た長い梯子を空に立てかけて、グディーヴ人が持ってきた物干竿を抱えて4人はそれぞれ月に向かって梯子を登る。

 「いいかい、下を見ちゃダメだ、月を見て、月を突くんだ」

 グディーヴ人が皆に伝える。

 「わかった!おはよう!こんにちは!みんな、がんばろう!」

 音頭をとるようにグンモー人が笑いながら言う。皆がそれに続く。

 「よし、一気に突くぞ!せーの!」

 4つの物干竿が真っ暗な空にのびた。その先っぽが月をかすめる。

 その時、月がびくりとまばたきをした。

 「うわ!やっぱり月は生き物だったんだ!」

 梯子の上で少しバランスを崩したグンモー人が叫ぶ。

 「気をつけろ!襲ってくるかもしれないぞ!」

 グディーヴ人が叫ぶ。

 瞬きをした月は、しばらくその場で震えている。

 「みんな、もう一回突くんだ!せーの!」

 二度目のかけ声で再び4つの物干し竿が月へ伸びる。

 一回目と同じように月が震えた。そして、

 「うぉぉぉぉん」

 地鳴りのような大きく低い声が山までをも震わせた。

 「うわっ!月が怒った!」

 4人はその声で梯子から落ちてしまった。恐怖に震える体が四つ。山頂に打ち付けられた。

 「う、いたたたた。みんな、大丈夫か!?」

 グディーヴ人が打ち付けたお尻をさすりながら立ち上がった。

 「大丈夫…、いたたたた」

 4人とも山の上に立ち上がり、月を見上げた。恐ろしい声をあげた月は、しばたたかせるようにチカチカと明滅している。

 「な、なんだこれは…。ほんとにこれは月なのか?」

 お日様はどんなときでもでんと構えているのに、その親戚と言われる月は、ここまで生々しく瞬きをするものだろうか。

 「おい!お前はだれだ!」

 たまらなくなってグディーヴ人が月に叫んだ。すると、しばたたいていた黄色い月が急に赤い月に変わって、地鳴りのような声を上げた。

 「なにをする!せっかく寝ていたのに!」

 ドスの利いた声が4人に向けられた。ぎろりと赤い月が4人を見下ろす。

 「お、お前は何ものだ!」

 恐怖に震える足を必死で押さえ、グディーヴ人が月に叫んだ。

 「お前こそ誰だ? 俺様は夜の怪獣グンナイだ。せっかくの眠りをよくも妨げてくれたな」

 赤くなった月はグンナイの目だったようだ。怒りに満ちた大きな目が威圧する。

 「今日がやってこないと思ったら、お前がこんな所で寝ているからだ!いますぐそこをどけ!」

 勇敢なグディーヴ人の声に、残りの3人がそうだそうだと援護する。

 「なんだと?俺様はいつも夜に仕事をしているんだぞ。今日は昼と夜の時間が半分の春分の日だろう。お前たちと同じだけ仕事をしなくちゃならんのだ。張り切っているんだぞ」

 どけと言われてカッとしたグンナイは、真っ黒な体を揺すりながら起き上がった。空が暗かったのは、グンナイが寝そべっていたからだった。

 「おいグンナイ!春分の日は昨日で終わったはずだ!もう今日は春分の日じゃないぞ!」

 グンモー人が言い返す。昼と夜の時間と言われて、朝のプライドが勇気を見せた。

 「なんだと? からかうのも程々にしてくれ」

 グンナイはグンモー人に赤い目を向けて言った。

 「本当さ!昨日が春分の日だったじゃないか!お前はしっかり夜を動かしていたんじゃないのか?」

 黒い体がすこしねじれたように動いた。その隙間からほんの一瞬明るいお日様の光が見えた。

 「な、何を言う。俺様は仕事をしていたぞ」

 「おいグンナイ!もしかして春分の日が終わって、いつもより仕事が長くなったから疲れて寝てしまったんじゃないのか!?」

 グディーヴ人の言葉は、グンナイを悶絶させる刃に等しかったようだ。ねじれた黒い体がさらにねじれ、いよいよ向こう側のお日様が見えだした。

 「後ろにお日様がもう来てるじゃないか!お前は仕事中に寝てしまったんだ!きっとそうだ!」

 グンモー人がとどめを刺した。

 「うぉーーー!俺様がそんなドジを踏むはずが無い!はずがない!」

 「グンナイ!後ろに居るお日様はいつのお日様かわかっているのか!?」

 グンナイの赤い目が湿度でうるうるしている。その目を背後に向けて言った。

 「お、お日様…。まぶしい!怖い!」

 グンナイが頭を抱えた。うるうるした目から大粒の涙がこぼれ落ち、山の上の4人をびしょぬれにした。

 「おいグンナイ!雨を降らすんじゃない。今日はもう春分の日じゃないよ!今日は春分の日から数えて2日後の朝なんだ!」

 グンモー人がお日様を指差して叫んだ。グンナイは声を上げて泣き出してしまった。

 「悪い、申し訳ない、俺様が疲れて寝てしまったせいで…」

 赤い目は、泣き腫れた目に変わってしまった。すこしかわいそうな気持ちが4人の中に生まれた。

 「だ、大丈夫だよグンナイ!僕たちも荒っぽいことをしてしまったんだ、ごめんよ」

 グディーヴ人が謝る。他の3人も謝る。

 「朝よ、昼よ、申し訳ない。そんなに謝らないでくれ。沈んだ気持ちじゃお日様に迷惑だ。俺様はすぐにお日様の反対側へ行くから、もう寝坊しないから…」

 思いっきり沈み込んでしまったグンナイが、ずるずると這いずるように西の山の陰に隠れようと動き出した。

 すると、そのあまりにもかわいそうな姿を見ていたお日様が喋りだした。

 「グンナイよ、そんなにしょげるでない。誰しもにある過ちではないか。グンモーもグディーヴもこうして許してくれているであろう。3つの生き物が理解し合って生きるのは良いことだ。一日を築き上げる仲間ではないか。姿形が違っても、我々の世界を回している大切な仲間に違いは無い。今回のことを教訓に、グンナイはグンナイの仕事をこれからより一生懸命頑張れば良い。そうすることでお前はもう隠れなくてもよくなるだろう。そして、より朝と昼と夜の関係が良くなるであろう」

 お日様は目も口も無いのに喋った。皆の心の中にだけ響く声だったのかもしれない。眩しいくらいに声が心に響いた。

 「グンナイ、僕たちは毎日君の仕事を引き継いで仕事をして来たんだ。だから一日がはっきり動いて痛んだよ」

 グンモー人が言う。

 「そうだよグンナイ。僕たちもグンモー人の仕事を引き継いで、グンナイへ一日を繋げていたんだぜ。君がそんなに落ち込んでしまったら、夜も安心して眠れないじゃないか」

 グディーヴ人も言う。

 「おぉ、みんな…。こんなに大きくて邪魔な俺様を受け入れてくれるなんて…。ありがとう。今日の夜から頑張るよ」

 グンナイが目頭を押さえて嗚咽まじりに答える。

 そのやりとりを見ていたお日様が、再び声を響かせた。

 「そこで相談なのだが皆の者。このグンナイは見ての通り体が大きい。毎日毎日朝と昼の間に山の向こうに移動して眠り、昼が過ぎる少し前に山の向こうから移動してこなくてはならん。これは非常に不便で辛い毎日だと思わんか? だからこれからはこの世界のどこにでもグンナイが居てもいいようにしてあげたいのだがどう思う?」

 グンモー人とグディーヴ人が顔を見合わせる。

 「お日様、それはどういうことでしょうか?」

 「一日中夜というわけではないぞ。それこそわしも困る。だからグンナイを透明するのはどうかと考えるのじゃ」

 お日様は自分の眩しさを超越するような突拍子のないことを言い出した。

 「透明、ですか?」

 「左様。グンナイの体は非常に薄くて柔らかいのじゃ。しかも体に何かをされても、グンナイ自身に痛みを感じる感覚がないのだそうだ。なあグンナイ?」

 お日様が山の向こうから目だけを出しているグンナイに聞いた。

 「は、はい。そうでございます。痛みを感じるのは目だけでございます」

 一体なにをされるのだろう、と不安で仕方が無いといった風のグンナイが答える。

 「だそうだ。だから今からお前たち2つの種族が、その物干竿でグンナイの体を突いて、穴をあければ良い。そうすればグンナイがどこにいても、私は登ることができる。そしてその光を皆のもとヘ届けることもできる。よい案だと思うのじゃが?」

 穏やかそうなお日様がものすごいことを言った。4人はあんぐり口を開けるしか無い。

 「グ、グンナイの体に穴をあける…ですか」

 グンモー人が躊躇いを口にする。

 「ふぉっふぉっふぉ。安心せぇ、もし穴をあければ、夜もさらに美しくなるんじゃぞ」

 「俺が、美しくなる?どういうことでしょうか?」

 グンナイが少しだけ山の向こうから身を乗り出して聞いた。

 「グンナイよ、お前さんどうする? 体に穴をあければこれからの夜がどうなるか。見てみる気はないかね?」

 まさか拒否できまい。一瞬地上の4人は、目の前のお日様が本当にいつものお日様なのか疑った。

 「グンナイ、どうする?」

 グディーヴ人が気を遣って聞く。

 「う、うん…。気もするし、怖い気もする…」

 しばらくグンナイは黙って考えた。そして悩みに悩んだ結果、一言お日様に向けて言った。

 「やってみます。どうせなら美しくもありたいと思うので…」

 「決まりじゃ。グンモーとグディーヴよ、今ここで朝と昼と夜の共同作業を見せておくれ」

 お日様は万物の母、いや父? ちょっと強引だなと思う気持ちもまたお見通しなんだろうか。

 グンモー人とグディーヴ人は、ちょっとおどおどしながらも転がっていた物干し竿を手にした。

 「よ、よし。やってみるか」

 グディーヴ人がグンモー人に話しかける。お互い小さく頷いた後で、体を山の向こうから出して来た頭上のグンナイを見上げた。

 「グンナイ、痛かったらごめんね」

 グンモー人が言った。

 「大丈夫だよ」

 グンナイが月をウインクさせた。

 ぷすり

 一つ目の穴がいとも簡単に空いた。すると向こう側が見えて、お日様の光がぼんやりと覗いた。

 「うわ!グンナイ!夜がここだけなくなったよ!」

 グンモー人が月を見上げて言った。

 「痛くないよ。どんどん空けても大丈夫だよ」

 月の目尻が下がる。

 ぷすり、ぷすり…

 4つの物干竿が夜に穴をあけていく。その度に小さな光が向こう側から差し込んでくる。そうしているうちにすこしずつグンナイの体の色が薄くなって来た。

 「グンナイ、このままじゃ消えちゃうよ?」

 グンモー人がお日様へ尋ねた。

 「大丈夫じゃ。グンナイは光を浴びると少しずつ透明になる。そして今空けた数々の穴は、夜になれば奇麗な星になるんじゃ。朝が来ても大丈夫。透明になったグンナイを通して、わしの光は皆のもとヘ届く。なにも問題は無い」

 夜になって、星が出て、朝がくると夜空を通して日が昇る。グンナイはずっとここに居て、グンモー人とグディーヴ人の朝と昼の仕事を見下ろして、出番になったら目を開ける。

 「狭い世界じゃ。こういう形で朝と昼と夜が一緒に住むのもおかしなことではないじゃろう。いつも同居していれば、より一日を豊かにすることもできるじゃろう。さっき空けた穴は、わしも責任を持って輝かせようではないか。そして時々、小さくなった穴を突いて大きくすれば良い。グンナイが寝返りを打てば季節の星も場所を変えるじゃろう。なにより、一緒にいるという安心感こそ、一日一日のけじめを生み出してくれるのではなかろうか? 朝の仕事は朝のうちに。昼の仕事は昼のうちに、夜の仕事は夜のうちに。そうして新たな気持ちを日々生み出せばよかろう。怠けたいと思う気持ちも、リセットすればなにも問題は無いはずじゃ」

 最後の一言。やっぱり先ほどの話を聞かれていたのか、そんな恥ずかしい気持ちもあったが、グンモー人とグディーヴ人はにこりと笑った。グンナイも透明になった体を揺すった、ように見えた。

 「ありがとうお日様」

 グンモー人とグディーヴ人とグンナイは頭を下げた。お日様はさっそく仕事とばかりに光を増した。

 「さあ、春分の日から2日目の朝から、はじめようか。今この瞬間が、2日目の朝ということにしよう」

 お日様が言った。

 「じゃあ、僕たちはここでつくし狩りをして帰ろう」

 グンモー人は言った。

 「では僕たちは帰って、つくしを茹でるお湯を沸かしておこう」

 グディーヴ人が言った。

 「俺は、眠たくないから、このまま朝と昼の仕事っぷりを見ていよう」

 グンナイも言った。

 みんなが笑った。

 山頂には、たくさんの春の芽が顔を出し始めていた。


人ではない物の無限の命を、これからもずっと愛し続けていきたいと思います。

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