追放された新人剣士ですが、元仲間の逮捕を命じられました。
「エリス。お前をこのパーティーから追放する」
冒険者レオンハルトは、宿屋の食堂でそう宣言した。
「理由を聞いてもいいですか?」
「実力不足だ。三週間も面倒を見てやったが、まるで成長しない。これ以上、お前の世話をする義理はない」
魔法使いのマリーナが、呆れたように肩をすくめた。
「新人育成の依頼だから我慢していたけれど、限界よ。戦闘中も後ろでうろうろしているだけだもの」
斥候のガルドも笑った。
「お前、魔物を一匹でも倒したか?」
「いいえ」
「だろ? もう少し才能がある奴を寄越してもらわないとな」
私は三人の顔を見た。
レオンハルトは腕を組み、マリーナは退屈そうに爪を眺め、ガルドは酒を飲んでいる。三人とも、私を完全に足手まといだと思っているらしい。
「わかりました。ギルドには、育成依頼の途中終了として報告します」
「ああ。俺たちの評価が下がるようなことは書くなよ」
「事実だけ報告します」
荷物をまとめて席を立つと、レオンハルトが鼻で笑った。
「次のパーティーでは、もう少し役に立つようになれよ」
「ご指導、ありがとうございました」
私は頭を下げ、宿屋を出た。
扉が閉まったところで、ようやく息を吐く。
「……三週間か。もう少し調べたかったんだけど」
私は冒険者ギルドへ向かった。
正面玄関を通り過ぎ、建物の裏手へ回る。職員専用の通用口を開けると、受付の青年が立ち上がった。
「お帰りなさい、エリス捜査官」
「ただいま。潜入捜査は終了よ」
「何かあったんですか?」
「追放されたの」
「……はい?」
「実力不足ですって」
青年は口を開けたまま固まった。
無理もない。
私は冒険者ギルド監察局所属の一等捜査官。冒険者による犯罪を捜査し、必要なら武力で逮捕するのが仕事だ。
三週間前、私は新人剣士としてレオンハルトたちのパーティーに配属された。
表向きは、ギルドが上級冒険者に割り当てる新人育成依頼。実際には、監察局が仕組んだ潜入捜査だった。
◇
「それで、何かわかったか?」
監察局長グレゴールは、私の報告を聞きながら書類をめくった。
「決定的な証拠はありません。ただ、気になることが」
「言ってみろ」
「三人は、この三週間、依頼掲示板を頻繁に確認していました」
「冒険者なら当然だろう」
「ええ。でも、見ていたのは商隊の護衛募集ばかりです」
私は手帳を開いた。
「北街道を通る毛皮商。西の山道を使う薬品商。王都へ向かう宝石商。出発日と経路を何度も確認していました」
「護衛を引き受けたのか?」
「いいえ。一件も」
局長の手が止まった。
「……なるほど」
レオンハルトたちには、以前から疑惑があった。
この半年間で、三度。街道で盗賊に襲われた商隊を、偶然通りかかった彼らが救出していた。
いずれも商人たちは無事。ただし、積荷の一部は盗賊に奪われていた。
商人たちは命の恩人であるレオンハルトたちに感謝し、謝礼を支払った。彼らの評判も上がった。
ところが、三度とも同じパーティーが偶然居合わせたとなれば、話は別だ。
監察局は盗賊団との共謀を疑っていた。だが、証拠がない。商人たちは全員、彼らを英雄だと証言している。
「護衛募集を見て、襲撃する商隊を選んでいた可能性があります」
「あり得るな。しかし、それだけでは動けん」
「承知しています」
「ほかには?」
「ガルドが二度、夜中に宿を抜け出しています。尾行しようとしましたが、警戒が強く、途中で断念しました」
「接触相手は不明か」
「はい」
局長は椅子にもたれた。
「それで、追放の理由は?」
「実力不足です」
「……お前が?」
「潜入中ですから」
局長は額を押さえた。
「腕前を隠しすぎたんじゃないか?」
「否定できません」
私は苦笑した。
戦闘中は極力目立たず、魔物にとどめを刺す役目も譲っていた。おかげで三人は、私を完全に足手まといだと思っている。
「ただ、追放の時期が気になります」
「なぜだ?」
「昨日、レオンハルトが宝石商の護衛募集を長い時間眺めていました。そして今朝、突然追放を言い渡されたんです」
「次の仕事に連れていきたくなかった、ということか」
「可能性はあります」
局長は立ち上がった。
「よし。三つの商隊、すべてに監視をつけよう」
「私も参加します」
「どこへ行く?」
「宝石商です。三つの中では、最も積荷が高価ですから」
「わかった。ただし、商隊の安全が最優先だ。証拠をつかむために被害を出すな」
「了解しました」
◇
翌朝。
宝石商オルセンの商隊が、王都へ向けて出発した。
馬車は二台。護衛の冒険者は四人。
私は監察局の隊員二人とともに、街道から離れた林の中を進んでいた。
商隊には監察局から事前に警告を出してある。護衛にも事情を説明し、襲撃があれば積荷より人命を優先するよう指示していた。
「エリス捜査官。本当に襲撃されるのでしょうか?」
若い隊員が尋ねた。
「わからないわ。ただ、レオンハルトたちが狙っているなら、この先が怪しい」
「なぜです?」
「街道が谷を通るでしょう。あそこは馬車が逃げにくい。しかも両側が林だから、盗賊が隠れる場所も多い」
私は地図を指さした。
「ガルドは以前、あの谷を『待ち伏せには最高だ』と言っていたの」
隊員が顔をしかめる。
「物騒なことを言う冒険者ですね」
「斥候としては正しい見方よ」
私たちは谷を見下ろす斜面へ回り、木々の間に身を潜めた。
しばらくして、商隊が谷へ入ってくる。
そのときだった。
「……来た」
林から、覆面をした男たちが飛び出した。
十人ほど。剣と弓を構え、馬車を取り囲む。
「盗賊だ!」
護衛の一人が叫んだ。
私は隊員たちに合図した。
「弓兵を監視して。商人に矢を向けさせないで」
「了解!」
護衛たちは馬車の前に立ち、商人を守った。
盗賊の一人が怒鳴る。
「命が惜しけりゃ荷物を置いていけ!」
護衛の隊長が剣を構えた。
「商人には手を出すな! 荷物なら渡す!」
盗賊たちは宝石の入った箱を二つ奪い取った。
その直後。
「そこまでだ、盗賊ども!」
谷の反対側から、聞き覚えのある声が響いた。
レオンハルトだった。マリーナとガルドもいる。
三人は堂々と姿を現し、盗賊たちに向かって武器を構えた。
「商人たちに手を出すな! 俺たちが相手だ!」
盗賊の一人が叫んだ。
「ちっ、冒険者か! 引き上げるぞ!」
盗賊たちは奪った箱を抱えて林へ逃げ込んでいく。
レオンハルトは追わなかった。代わりに、馬車へ駆け寄る。
「大丈夫か! 怪我人はいないか!」
商人たちが歓声を上げた。
「ありがとうございます! 助かりました!」
「なんとお礼を申し上げれば……!」
私は斜面の途中で立ち止まった。
間違いない。これが、彼らの手口だ。
盗賊に積荷の一部を奪わせ、絶妙なタイミングで救出に現れる。盗賊は逃げ、商人は助かる。誰も彼らを疑わない。
だが、今回は違う。
「商隊の安全を確認して。私は盗賊を追う」
「レオンハルトたちは?」
「今は泳がせる。盗賊とのつながりを押さえるわ」
私は林へ駆け込んだ。
◇
盗賊たちは、街道から離れた廃屋に集まっていた。
木の上から様子を窺うと、男たちは覆面を外し、奪った宝石を確認している。
「今回も楽な仕事だったな」
「あの冒険者ども、演技だけは上手いぜ」
共謀は間違いない。だが、盗賊の会話だけでは三人を逮捕する証拠として弱い。
私は木を降り、待機していた監察局の隊員たちと合流した。
「盗賊は十人。レオンハルトたちはまだ来ていません」
「応援の八人も到着しています」
「よし。廃屋を包囲して。合図があるまで動かないで」
隊員たちが散開する。私は裏手の窓から中を覗いた。
やがて、レオンハルトたちが現れた。
「待たせたな」
盗賊の頭目が宝石の入った袋を差し出す。
「今回の取り分だ。約束どおり、半分な」
「おう。なかなかの稼ぎだ」
レオンハルトが笑った。
「宝石商を選んで正解だったな」
「護衛募集を見つけたときは、当たりだと思ったぜ」
ガルドも満足そうだ。
「商人たちも感謝していたわ。謝礼もたっぷりもらえそうね」
マリーナの言葉に、盗賊たちが笑った。
十分だ。盗品の分配と、襲撃計画への関与を確認できた。別の窓から監視していた隊員たちも証人になる。
私は合図を送った。
弓兵とマリーナを最初に制圧し、出入口を封鎖する。奇襲の手順はすでに決めてある。
「……開始」
◇
廃屋の窓が一斉に砕けた。
「なっ!?」
盗賊たちが振り向くと同時に、監察局の隊員たちが突入する。弓兵は武器を構える間もなく取り押さえられた。
マリーナが杖を振り上げる。
私は背後から踏み込み、その手首を打った。
「きゃあっ!」
杖が落ちる。腕をねじり上げ、床に押さえつけた。
「エリス!? 何でここに……!」
「冒険者ギルド監察局です。武装強盗と共謀の容疑で逮捕します」
「……は?」
マリーナが呆然としている間にも、隊員たちは盗賊を次々に制圧していた。
出入口は封鎖され、弓兵も魔法使いも無力化されている。頭目が剣を抜いて突進してきたが、一撃を受け流して足を払うと、あっさり武器を捨てた。
「エリス!」
レオンハルトが怒鳴りながら斬りかかってきた。
「お前、何をしている!」
「逮捕よ」
「ふざけるな!」
上段から振り下ろされる剣を半歩横へ動いてかわし、すれ違いざまに手首を打つ。
「ぐあっ!」
剣が落ちた。
「右肩が上がったら、必ず上段から斬り込むでしょう? 三週間、見ていたもの」
「ガルド!」
背後から足音が近づく。
私は振り向かずに身を沈めた。短剣が頭上を通過する。
「何っ!?」
ガルドの足を払い、転倒したところを押さえつけた。
「奇襲するときは、必ず相手の左後ろに回る。それも三週間で覚えたわ」
「な、なんで……!」
手錠をかけると、ガルドがレオンハルトへ叫んだ。
「助けてくれ!」
だが、レオンハルトは落とした剣も拾わず、裏口へ走っていた。
「知るか! 俺は逃げる!」
扉を蹴破って飛び出す。
「動くな!」
外には監察局の隊員たちが待ち構えていた。槍の穂先が一斉に向けられる。
「……なっ!?」
前方には武装した隊員たち。背後には私。逃げ道はない。
「終わりよ、レオンハルト。投降して」
「ふざけるな……!」
彼は腰の短剣を抜いた。
「俺は上級冒険者だぞ! お前みたいな新人に負けるわけがない!」
「私は新人じゃないわ」
「黙れ!」
レオンハルトが突進してきた。
今度は上段から斬り込まない。横薙ぎから突き、さらに足元を狙う低い斬撃。私は一歩下がって受け流した。
「どうだ! さっきのは俺の癖を知っていただけだろう!」
確かに、先ほどより厄介だ。
私は剣を構え直した。
「……あなた、強いのね」
「今さら気づいたか!」
「ええ。だからこそ、もったいないと思う」
「何がだ!」
「その腕があれば、真面目に冒険者を続けるだけで十分に稼げたでしょうに」
「説教するな!」
レオンハルトが踏み込む。
私は正面から迎え撃った。剣と短剣がぶつかる。一度、二度、三度。
四度目の打ち合いで、私は彼の短剣を外側へ押し流した。体勢が崩れたところへ踏み込み、剣の柄を胸に叩き込む。
「ぐっ……!」
レオンハルトが膝をついた。手首を打つと、短剣が地面に落ちる。
私はその首元に刃を向けた。
「終わりよ」
レオンハルトは荒い息を繰り返しながら、私を睨んだ。
「……何でだ。何で、お前みたいな奴に……」
「潜入中は実力を隠していたからよ」
「……最初から、俺たちを騙していたのか」
「ええ。あなたたちの犯罪を調べるために」
私は彼の両手に手錠をかけた。
「冒険者レオンハルト。武装強盗、盗賊団との共謀、公務執行妨害の容疑で逮捕します」
◇
翌日、監察局の執務室で報告書を提出した。
「よくやった。盗賊団と冒険者パーティー、全員を逮捕。奪われた宝石も回収できた」
局長は満足そうに頷いた。
「盗賊の一人が取引の記録を持っていました。過去三件の事件も立証できそうです」
「十分だな。それにしても、お前を追放したのは、犯行の邪魔になると思ったからか」
「おそらく。私を連れていけば、救出劇の裏側を見られる危険がありますから」
「だが、追放したせいで自由に動けるようになったわけだ」
「そうですね」
局長は苦笑した。
「もし追放されなかったら、どうするつもりだった?」
「もちろん、犯行を確認した時点で逮捕しました」
「結局、どちらにせよ捕まっていたのか」
「はい。ただ、三週間の潜入は無駄ではありませんでした。三人の戦い方も、性格も、よくわかっていましたから」
局長は報告書を閉じた。
「任務完了だ。しばらく休暇を取れ」
「ありがとうございます」
私は敬礼し、執務室を出た。
廊下では、受付の青年が待っていた。
「エリスさん、お疲れさまでした! それにしても、そんなに強いのに、どうして追放されたんですか?」
私は少し考え、答えた。
「……演技が上手すぎたのかしら」
青年が笑った。私も笑った。
こうして、三週間にわたる潜入捜査は幕を閉じた。
追放された私が次に受けた依頼は、元仲間の討伐。
ずいぶん皮肉な仕事だったけれど、無事に終わって何よりだ。




