噂の堅物公爵、なぜか私にだけデレデレに甘い
私、空気が読めない。伯爵令嬢としては致命的よね。ポンコツ令嬢って呼ばれてる。
令嬢同士のお茶会で「あなた、太った?」って言っただけなのに出禁になったし、舞踏会のドレスコードも読めず、とんだ大恥をかいた。暗黙の了解って何、それっておいしいの?
「まずい」
目の前にいる公爵、お茶よりも苦い顔を見せていた。名前はクレイグ・オールブライト。堅物という噂。お酒もタバコもしない。仕事の鬼っていう話も聞いた。今は海外に工場も作り、儲かってもいるらしい。その上、女っけもないというから我が家に縁談が舞い込み、一緒にお茶をしているわけだが。
公爵、「まずい」以外言わない。ティールームのお茶も不満気だ。眉間にくっきり皺ができてる。刻まれてるって感じ。とても二十五歳の男に見えないし、その表情で固定されているんじゃない?
もちろん会話も弾まない。困った。この空気、どうしたらいいのよ。読めない、全く読めない。いつもみたいに「公爵さまって堅物って本当?」と無邪気に聞くべきか。それとも、奥の手を出すか。
ひらひらのレースたっぷりのドレスのポケットには魔女に作られた秘密道具があった。その名前も「空気翻訳機」。あんまりにも空気が読めなくて苦労している私に両親がくれたものでもあるが、ここは使うべきシーンかもしれない。
ポケットの中でこっそりと空気翻訳機を操作。そしてチラリと結果を見てみた。「マズイデス。公爵サマハコノ縁談ニ何ノ興味モアリマセン」と出た。まいったなぁ。これだったら縁談を持ってきてくれた叔母の顔に泥を塗る可能性が出てきた。冷や汗が流れる。これはよくない兆候……?
その瞬間だった。空気翻訳機がピーピー変な音をたてた。あぁ、これはもう!
覚悟を決めて目を瞑り、数秒。そして目を開ける。視野は急に下にり、身体はモゾモゾとして動きにくい。四本足の使い方がわからないし。あぁ、どうしよう。キャットニップが欲しくてたまらない。
そう、私、今猫になっていた。実はあの空気翻訳機、ポンコツ。こうして一回使うたびにバグが起きてしまい、使った人が猫になってしまうらしい。ちなみに両親が使っても同じ結果で、魔女も探したものだが、行方知らず。もっとも五分程度で元の姿に戻るけどね。にゃん!
といっても長年、空気が読めないことと猫化することを天秤にかけたら、猫化のがマシ。運が良ければ可愛がってもらえるしね。さて、堅物公爵の反応はどうだろう?
「は?」
最初は目が点になっていた。まあ、ありがちな反応だったが、数秒後、眉間の皺がゆるゆると溶けているのは何故だ。眉間だけでなく、目尻も下がり、頬も緩んでいる。目はらんらんと輝いているし、どういうこと?
「あぁ! 猫ちゃん! いや、猫さま! どうしてそんな可愛いんだ! その白いもふもふとした毛! ぴんと張った上品な耳! ぷにぷに肉球! 鈴のような鳴き声!!!」
聞き間違いかと思った。堅物公爵、猫化した私を見つめながら声が黄色くなっている。らんらんとした目もハート型になっているんですけど?
「あぁ、可愛い。猫さま、どうしてそんなに可愛いんですかぁ!」
公爵、さらに目尻に涙まで浮かべ、猫がどんなに素晴らしい生き物か訴えていた。今は仕事に追われ、決して猫さまを飼えないが、本当は寂しくて仕方ないとまで言っているんですけど?
これ、本当に公爵と同一人物?
にわかに信じられないが、誰だって裏の顔を持ってる。空気が読めないポンコツ令嬢の私は裏も表もないけれど。
「猫さま、もふもふの毛を撫でてもよろしいでしょうか?」
しかも猫相手に紳士的な態度。堅物公爵っていう噂はあながち間違いではないらしい。
「にゃん!」
まあ、悪くない。御自慢のもふもふな毛を差し出してもいいか。意外と公爵、手が大きいみたい。撫でるというよりは包むみたいに触ってる。何この感触。なんで私の方がドキドキしちゃってるの?
そして五分はあっという間にたち、猫化が終わった。元の姿に戻った私を見て公爵、耳まで顔が真っ赤だ。
「面目ない……。すまない……」
うつむいて謝っている公爵。変な空気が流れているが、空気翻訳機は使い物にならないし。
「公爵さま、猫が好きだったんですね! 良いと思います!」
「お、おぉ、君は空気が読めないな……?」
「そうなんです。だから魔女に空気翻訳機を作らせたらポンコツで、猫になっちゃうんですよ」
「あっけらかんととんでもない事を言うね……」
公爵、まだ顔が赤い。恥ずかしい姿を見られたから仕方ないが、眉間の皺、だいぶ薄くなっているじゃないの。今の公爵の表情、全然悪くない。
「なんならもう一回猫化しますー?」
「君は変わり者の令嬢だな……」
呆れていたが、もう私によそ行きの顔を見せるのも無駄ってわかったみたい。急速に打ち解けてしまう、とんとん拍子に結婚の話も進んでいる。
「ねぇ、公爵さま。もう一人で寂しくないです?」
「あぁ、そんな気がする」
今日は公園でデートだ。空気翻訳機も持ってきていないし、私も猫化していないのに、隣にいる公爵さまは笑っている。眉間の皺、もうかなり薄い。
「私にだけ甘えてもいいんですよ?」
そっと囁くと、公爵さまの顔は真っ赤。
「君は本当に空気が読めないな」
呆れているのに、楽しそうだった。




