明日の私へ。毎晩記憶を消しに来る婚約者を信じてはいけません
朝起きると、机の引き出しに手紙が入っていた。
『明日の私へ。
ルシアン殿下を信じてはいけない。
彼は毎晩、私の記憶を消している』
公爵令嬢エレノアは、その三行を二度読み、侍女のマリーを呼んだ。
「私、寝ぼけて手紙を書く癖があったかしら」
「少なくとも、わたくしは存じません」
「では、誰かが私の筆跡を真似た可能性は?」
「句読点の位置までお嬢様そのものです」
マリーの返答は容赦がない。
便箋を光に透かし、匂いを嗅ぎ、端を指でなぞる。紙はエレノアが日記に使っているものだった。インクも机の上にある青。封蝋はなく、折り方にも見覚えがある。
「つまり、私が書いたのね」
「そのようです」
「でも、書いた記憶がない」
「手紙の内容が正しいなら、消されたのでは?」
物騒なことを平然と言って、マリーは窓を開けた。
春の風がカーテンを揺らす。
窓辺には白い花が一輪置かれていた。
「またこれ?」
「今朝も王太子殿下から届きました」
「手紙は?」
「いつもどおり、花だけです」
白い花の名は月鈴花。夜に開き、朝には香りを失う、どこにでもある花だ。
婚約者のルシアンは、ここ一月、毎朝欠かさずそれを一輪だけ届けていた。
心のこもった贈り物と言えなくもない。しかし、毎朝同じ花を一本、説明もなく送り続ける男性は、愛情深いというより少し怖い。
さらに昨夜、エレノアは妙な夢を見ていた。
寝台のそばにルシアンが立ち、彼女の額に手を触れている夢だ。
夢の中の彼は、今にも泣きそうな顔をしていた。
「マリー。今日の予定を変更します」
「午前は王妃様とのお茶会、午後は婚約式の衣装合わせですが」
「午前中に殿下へ婚約破棄を申し入れ、午後の衣装合わせを不要にします」
「合理的ですね」
マリーは止めなかった。
「驚かないの?」
「最近のお嬢様は、殿下とお会いした翌朝になると、必ず少しだけ不機嫌ですので」
「そうなの?」
「はい。そして昼には殿下を擁護し、夕方には楽しそうにお手紙を書き、翌朝にはまた不機嫌になります」
まるで一日で同じ恋愛を繰り返している。
「それを早く言ってちょうだい」
「お嬢様に尋ねると、毎回『気のせいよ』とお答えになります」
「今日の私は気のせいにしません」
エレノアは白い花と不穏な手紙を持ち、王宮へ向かった。
◇
王太子ルシアンは、婚約者から突然呼び出されても、書類仕事の手を止めなかった。
金色の髪。青い瞳。整いすぎて近寄りにくい顔。王国一の美貌と評判だが、エレノアにしてみれば、表情が乏しくて何を考えているのか分からない男性である。
「お話があります」
「聞いている」
「こちらを見ていただけます?」
「見たら、話しにくくなるかもしれない」
「私ではなく、殿下が?」
「私が」
妙に素直だった。
エレノアは出鼻をくじかれたが、手紙を机へ置いた。
「ルシアン殿下。私との婚約を解消してください」
ペン先が止まった。
ルシアンは手紙を見た。驚きはしなかった。
「見つけたのか」
「否定なさらないのですね」
「君の筆跡だからな」
「毎晩、私の部屋へ入っていることも?」
「否定しない」
「私の記憶を消していることも?」
「それも否定しない」
あまりにあっさり認めるので、エレノアは用意していた追及の言葉を忘れた。
「何かおっしゃることは?」
「すまない」
「ほかには?」
「今夜までは、私を君の婚約者でいさせてほしい」
エレノアは椅子から立ち上がった。
「今夜もう一度、私の記憶を消すおつもりですね」
「そうだ」
「正直に言えば許されると思っていらっしゃるの?」
「許されるとは思っていない。ただ、必要なんだ」
「理由をお話しください」
「話せば、君は忘れることを拒む」
「すでに拒んでいます」
「それでもだ」
ルシアンはようやく顔を上げた。
青い瞳の下に、うっすら隈がある。
「婚約破棄は受け入れる。ただ、明日の朝までは待ってほしい」
「お断りします」
「では、日没まで」
「なぜ値切るのです?」
「少しでも長く婚約者でいたい」
そんな台詞を無表情で言われても困る。
エレノアは頬が熱くなるのを感じ、腹立たしさを補充するために手紙をつかんだ。
「日没までに理由を突き止めます。私が納得できなければ、その場で婚約を解消します」
「分かった」
「私の調査を妨害しないでください」
「努力する」
「妨害しない、とお約束ください」
「君が危険なことをしない限りは」
どうやら妨害する気である。
エレノアは執務室を出た。
扉が閉じる直前、ルシアンが白い花を手に取るのが見えた。
◇
調査は自室から始めた。
「犯人が殿下であることは確定していますよね」
マリーが言った。
「目的を調べるのです」
「お嬢様への執着では?」
「それなら、記憶を消す必要はないでしょう」
「ご自分に都合の悪いことを言ったから、とか」
「毎晩?」
「殿下は意外と失言が多いのかもしれません」
あり得なくはない。
エレノアは日記を開いた。
直近一月分のページが、ところどころ破り取られている。乱暴に引き裂いたのではなく、糸から丁寧に外されていた。
残った記述も奇妙だった。
『今日は殿下と庭園を歩いた。月鈴花がきれいだった』
次の日。
『殿下から白い花が届いた。理由は分からない』
その次の日。
『今日は殿下と庭園を歩いた。月鈴花がきれいだった』
まったく同じ文章が、三日おきに現れる。
「私、文章の引き出しが少なすぎない?」
「同じ出来事を初めてだと思って書いたのでは?」
引き出しの奥を外すと、二通目の手紙が落ちてきた。
『明日の私へ。
彼は私が眠ったあと、必ず部屋に入ってくる。
ただし、今のところ乱暴なことはされていない。
寝顔を見られるのは大変恥ずかしい』
「緊張感が足りないわ、昨日の私」
「お嬢様らしくて安心いたしました」
さらに本棚の恋愛小説、第七巻と第八巻の間から三通目が見つかった。
『明日の私へ。
私の記憶が消えるたび、彼は悲しそうな顔をする。
騙されてはいけない。あれも演技かもしれない。
ただし、殿下は演技が非常に下手なので、本当に悲しい可能性もある』
エレノアは額を押さえた。
「昨日の私は、殿下を疑いたいのか庇いたいのか、どちらなの?」
「恋をしている方は、たいてい両方です」
マリーは恋愛経験がないはずなのに、妙に達観している。
「ほかに隠しそうな場所は?」
「お嬢様なら、絶対に人に見られたくない場所でしょうか」
二人は同時に衣装棚を見た。
最上段、子供のころに着ていた舞踏会用ドレスの袖から、四通目が見つかった。
『首飾りを外してはいけない』
それだけだった。
エレノアは胸元に触れた。
銀色の細い鎖に、透明な石が一つ。婚約が決まった日にルシアンから贈られたものだ。
毎晩記憶を消す男が贈った首飾り。
どう考えても怪しい。
「外してみましょう」
「手紙は外すなと」
「殿下を信じるなと書いた私が、殿下の贈り物だけ守れと言っている。矛盾の理由を確かめます」
留め具へ指をかけた瞬間、扉が勢いよく開いた。
「外すな!」
ルシアンだった。
息を切らし、いつもの無表情を完全に失っている。
「女性の部屋へ許可なく入らないでください」
「すまない。だが、それは外すな」
「理由を言わない方の命令は聞きません」
「君の記憶を守っている」
「記憶を消している方がおっしゃると、説得力がありません」
ルシアンが一歩近づく。
エレノアは一歩下がった。
彼は傷ついた顔をしたが、止まった。
「その石には、君が失った感情が保存されている」
「感情?」
「記憶を消す魔法は、出来事だけをきれいに切り取れない。喜びも悲しみも、一緒に薄れていく。首飾りはそれを留めるためのものだ」
「では、外したら?」
「この一月、君が感じたものが散る」
エレノアは指を離した。
「最初から、そう説明すればよかったでしょう」
「説明した」
「いつ?」
「昨日も。一昨日も。その前も」
彼の声には、わずかな疲れがあった。
「君は毎回納得して、毎回自分で忘れることを選んだ」
「それなら、なぜ私はあなたを信じるなと手紙を書いたの?」
「それは私にも分からない」
ルシアンが手紙をのぞき込む。
「ただ、この追伸には見覚えがない」
「追伸?」
便箋の裏に、ごく薄い文字があった。
『追伸。本人がここまで読んでいるなら、本棚の最上段を調べること。踏み台はマリーに押さえてもらうこと。以前一人で登って落ちた』
「誰が落ちたのです?」とマリー。
「私でしょうね」
「記録しておきます」
ルシアンは自然に本棚へ手を伸ばした。
「お待ちください。これは私への指示です」
「君では届かない」
「踏み台を使います」
「また落ちる」
「殿下は私の過去の失敗を知りすぎです」
「毎回、同じことをするからだ」
結局、ルシアンが最上段から小箱を下ろした。
箱には、エレノア自身の魔力で封印が施されていた。
触れると、封印がほどける。
中には破り取られた日記のページと、一冊の薄い研究記録が入っていた。
表紙には、エレノアの筆跡で題名が書かれている。
『生命連結術式に関する、非常に反省すべき研究』
「身に覚えは?」
ルシアンが尋ねた。
「題名の付け方には覚えがあります」
◇
記録によれば、三年前、ルシアンは国境で魔獣討伐の指揮を執り、胸に致命傷を負った。
治癒魔法では間に合わない。
当時十七歳だったエレノアは、王宮図書館で見つけた古代術式を使った。
術式の目的は、二人の生命を結び、片方の生命力をもう片方へ送ること。
研究記録の余白には、当時の彼女の書き込みが残っていた。
『殿下は絶対に反対するので、眠っている間に実行する』
『起きたら怒られると思う。生きて怒られるなら問題ない』
『配分は私九、殿下一。これなら私は数日寝込む程度で済むはず』
そこまでは勇ましかった。
次のページから、文字が乱れている。
『術式が止まらない』
『殿下を思うたび、生命力が流れている』
『恋愛感情を発動条件として誤認した可能性』
『そんな条件を書いた覚えはない。古代語の「大切にする」と「生命を維持する」が同じ綴りなのが悪い』
エレノアは本を閉じた。
「昔の私、ずいぶん大きな翻訳間違いをしたのね」
「私がどれだけ叱ったと思う」
「覚えていません」
「三日間叱った」
「長いです」
「君は二日目に寝た」
重い事実のはずなのに、ルシアンの話し方のせいで、エレノアは少し笑ってしまった。
「つまり、私があなたを愛するほど、私の生命力があなたへ流れる?」
「正確には、君が私との記憶を意識するたびに流れる」
「それで、記憶を消したのですね」
「ああ。術式を解除しようとすると、君が勝手に別の方法を試すから」
「勝手に?」
「一度目は術式を逆流させた。二度目は私の記憶を消そうとした。三度目は『いっそ殿下を嫌いになれば解決』と言って、私の欠点を百個書き出した」
「百個もありました?」
「八個で止まった」
「意外と少ない」
「最後の二つは『顔が良すぎて腹が立つ』『私を大切にしすぎる』だった」
それは欠点ではない気がする。
マリーが研究記録をめくった。
「こちらに、記憶を消すことを選んだ理由がございます」
そこには、さらに新しい筆跡があった。
『術式を解くまで、ルシアンに関する直近一日分の記憶だけを毎晩封印する』
『完全に忘れると不自然なので、婚約者だという知識は残す』
『感情は首飾りへ保存する』
『朝には月鈴花を一輪置き、封印が正常に動作したか確認する』
「花にはどんな意味が?」
エレノアが尋ねる。
「君が朝、花を見てどう感じるか確かめていた」
「どう感じれば正常なのです?」
「少しうれしくて、少し腹が立つ」
「毎朝そのとおりでした」
マリーが即答した。
「では、殿下は悪くないのですね」
「毎晩女性の寝室へ忍び込み、本人の記憶を消していた点は、十分問題かと」
マリーは公平だった。
「私が同意していたそうよ」
「今日のお嬢様は同意しておりません」
その一言で、部屋が静かになった。
ルシアンが目を伏せる。
「だから、今夜まで待ってほしかった。今日の君が拒むなら、もう記憶は消さない」
「そうしたら、私は?」
「術式が動き続ける。すぐに倒れるわけではないが、一月も持たない」
「殿下は?」
「必要以上に元気になる」
「腹立たしいですね」
「ああ。私もそう思う」
エレノアは研究記録を最初から読み直した。
記憶を消せば、彼女は生き延びる。
ただし、毎日ルシアンを知り直し、毎晩その一日を失う。
婚約を破棄して遠ざかれば、術式は弱まるかもしれない。
それが一番安全で、簡単な方法だ。
「婚約解消を受け入れたのは、私を遠ざけるためですか」
「それが君を守るなら」
「少しでも長く婚約者でいたいと言ったのは?」
「それは私の希望だ」
ルシアンは本当に、こういうところだけ正直だった。
エレノアは首飾りの石を握った。
胸の奥に、説明できない温かさがある。
思い出せない日々の感情が、そこに残っている。
彼を疑った朝も、彼と笑った午後も、自分で忘れることを選んだ夜も。
「日没まで、まだ時間があります」
「何をする気だ」
「術式を解きます」
「却下する」
「これは私が作った術式です」
「だから不安なんだ」
「今回は古代語辞典を三冊使います」
「前回も二冊使った」
「一冊増えています」
「安心材料にならない」
マリーが静かに手を挙げた。
「王宮魔術院の先生方をお呼びしてはいかがでしょう」
二人は顔を見合わせた。
「なぜ今まで思いつかなかったの?」
「君が誰にも知られたくないと言ったからだ」
「私が?」
「翻訳間違いが恥ずかしいと」
エレノアは机へ突っ伏した。
「命より見栄を優先していたのね、過去の私」
「十七歳だったからな」
「殿下も従わないでください」
「泣いて頼まれた」
「それでもです」
「分かった。次からは断る」
「次があっては困ります」
◇
王宮魔術院の院長は、研究記録を一時間読み、最初にこう言った。
「若さとは恐ろしいですな」
副院長は術式を確認し、次にこう言った。
「殿下も殿下です。三年も二人だけで抱え込むとは」
助手たちは首飾りを調べ、最後にこう言った。
「これ、解除できますよ」
エレノアとルシアンは同時に立ち上がった。
「できるのですか?」
「はい。ただ、正面から解除すると令嬢の生命力が一気に流れます。恋愛感情を発動条件から外し、別の供給源へ接続すればよいでしょう」
「別の供給源?」
「月鈴花です」
助手が、朝届いた白い花を掲げた。
「この花は夜に魔力を蓄え、朝に放出します。首飾りへ一月分の花の魔力が残っています。十分な量です」
エレノアはルシアンを見た。
「毎朝の花に、そんな役割が?」
「知らなかった。封印の確認に使っていただけだ」
「偶然ですか」
「どうやら」
院長が豪快に笑った。
「お二人は、互いを守ろうとして難しく考えすぎたのです。結果として、毎朝贈った花が解決策になった。なかなか洒落た話ではありませんか」
解除作業は日没前に始まった。
床へ大きな術式を描き、中央に首飾りを置く。エレノアとルシアンは向かい合って座った。
「痛みはありますか」
「少し熱い程度です」と助手。
「失敗した場合は?」
「殿下が一週間ほど眠れなくなるくらいです」
「私ではなく?」
「余分な生命力を受け取っているのは殿下ですから」
エレノアは少し安心した。
「なぜ笑う」
「殿下だけが困る可能性もあるのだと思いまして」
「君は今日だけで性格が悪くなっていないか」
「昨日までの私も同じだったと思います」
術式が淡い光を放った。
首飾りの石から、白い光があふれる。
失った記憶が戻るのかと思った。
しかし見えたのは、はっきりした場面ではなかった。
ルシアンを見て安心した気持ち。
庭園を歩いたときの楽しさ。
彼が無表情のまま冗談を言い、笑っていいのか迷った困惑。
記憶ではなく、感情だけが胸へ戻ってくる。
エレノアは泣きそうになり、慌てて瞬きをした。
「どうした」
「殿下が、思ったより好かれていたようです」
「誰に?」
「昨日までの私に」
「今日の君には?」
こんなときまで確認するとは思わなかった。
「術式が終わってから考えます」
「そうか」
ルシアンは残念そうに目を伏せた。
その顔を見た瞬間、エレノアは胸の内側が温かくなるのを感じた。
術式のせいではない。
今、この瞬間に生まれた感情だった。
床の光が一本ずつ消えていく。
最後に首飾りの石が澄んだ音を立てた。
「完了です」
助手の声と同時に、ルシアンが椅子から立ち上がった。
「体調は?」
「問題ありません」
「めまいは」
「ありません」
「胸の痛みは」
「殿下が近すぎて、少し」
ルシアンが素早く一歩下がった。
「それはすまない」
「冗談です」
彼は珍しく、しばらく言葉を失った。
院長たちが気を利かせたのか、笑いをこらえながら部屋を出ていく。
二人きりになると、ルシアンは姿勢を正した。
「婚約解消の件だが」
「はい」
「君の意思を尊重する」
エレノアは少し考えた。
「では一度、解消しましょう」
ルシアンの顔から表情が消えた。
いつもの無表情とは違う。本当に何もなくなった顔だった。
「分かった」
「そのうえで、もう一度申し込んでください」
「何を?」
「婚約を」
青い瞳が、ゆっくり見開かれる。
「私は、あなたと過ごした一月を覚えていません。三年前のことも、あなたが毎晩どんな説明をしてくれたのかも。ですから、知らないまま元に戻るのは嫌です」
「ああ」
「改めて知りたいのです。あなたが何を好きで、何が苦手で、なぜこんなに説明が足りないのか」
「最後のものは、私にも分からない」
「一緒に調べましょう」
ルシアンは、ようやく笑った。
派手ではない、小さな笑みだった。
「エレノア・グレイス公爵令嬢」
「はい」
「私と、もう一度婚約してくれないだろうか」
「条件があります」
「毎晩、記憶を消さない」
「当然です」
「問題を二人だけで抱え込まない」
「ああ」
「古代魔法を使う前に、専門家へ相談する」
「それは君の条件では?」
「二人の条件です」
ルシアンはうなずいた。
「すべて守る」
「では、お受けします」
◇
一月後、二度目の婚約式が行われた。
最初の婚約式をエレノアは覚えていたが、その後の三年間にはところどころ穴がある。
失った記憶は戻らなかった。
けれど、不思議と寂しくはなかった。
記憶がなくても、そこで感じたものは首飾りを通じて残っている。
そして今は、毎日新しい思い出が増えていく。
式の朝、ルシアンは白い月鈴花を一輪持ってきた。
「またこの花ですか」
「嫌いだったか?」
「いいえ。少しうれしくて、少し腹が立ちます」
「封印は正常だな」
「もう確認する必要はありません」
エレノアは花を受け取った。
「この花、好きかもしれません」
「知っている」
「また、私の知らない私の話ですか?」
ルシアンは少し考え、首を横に振った。
「いや。今日から知っていく君の話だ」
エレノアは笑った。
彼を愛した記憶のすべては戻らなかった。
けれど彼をもう一度愛する未来は、まだ何一つ失われていなかった。
長編も投稿しています。
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