異世界転生物オタクの私。せっかく、異世界転生物の世界に転生したのに、モブの先輩冒険者がことごとくフラグをつぶしていってすごく困ります。
私の名前はリディア。
王都冒険者ギルド本部で受付嬢をしている。
そして、誰にも言っていない秘密が二つある。
一つ目。私は前世の記憶を持つ転生者だ。
二つ目。最近、ちょっと気になる男がいる。
「リディアさん。昨日頼んだ報告書、確認してもらえるかな」
「はい。こちらですね」
声をかけてきたのは、A級冒険者のアルベルト・レインハルト。
王国でも指折りの名門貴族、レインハルト侯爵家の三男坊。背が高く、金髪碧眼で、顔立ちは端正。剣の腕は一流で、魔法も使え、人当たりもよく、低級冒険者にも親切。
当然、女性人気はすさまじい。
今日もアルベルトがカウンターに近づいてきただけで、後ろに並んでいた女性冒険者たちが一斉に髪を整え始めた。
けっ。
顔のいい男は、呼吸しているだけで周囲から好感度を獲得する。
もっとも、私もその顔が好きなのだが。
「討伐した魔物の数と素材の内訳が一致しませんね」
「あ、本当だ。ごめん。たぶん僕の数え間違いだ」
「A級冒険者が討伐数を間違えないでください」
「次から気をつけるよ」
素直に謝るな。
もう少し偉そうにしてくれ。
そうすれば私も、「名門貴族だからって調子に乗りやがって」と安心して嫌いになれるのに。
そんなふうに、アルベルトに対して今日もやきもきしていた、そのときだった。
「ちょっと! 受付、空いてる!?」
ギルドの扉が勢いよく開いた。
飛び込んできたのは、C級冒険者の美少女剣士、エリナである。
燃えるような赤い髪に、勝ち気な緑の瞳。小柄だが剣の腕は確かで、口を開けば「べ、別にあんたのためじゃないんだからね!」と言いそうな見事な容姿をしている。
というか、実際に言う。
「エリナさん、どうしました?」
「べ、別に大したことじゃないけど! この子を冒険者登録させてあげて!」
出た。
様式美。
エリナの後ろには、簡素な麻の服を着た少年が立っていた。
年齢は十五歳くらい。黒髪黒目。華奢で、どこかぼんやりした顔つき。腰には剣すら差していない。
「こちらの方は?」
「森で不自然に強いオーガに襲われたのよ。私の剣も魔法も通じなかったのに、この子が一撃で倒したの」
「一撃で?」
「た、たまたま助けてもらっただけよ! 別に感謝なんかしてないんだから!」
絶対に感謝している。
私は少年を見た。
黒髪黒目。朴訥な態度。不自然なほどの強さ。武器なし。身元不明。
来た。
これは来た。
「お名前は?」
「ユウトです」
ユウト。
来たあああああ!
転生者来たあああああ!
内心で両拳を突き上げる。
同郷人だ。たぶん日本人だ。ほぼ間違いない。
しかも、いきなり美少女冒険者を救助してギルド登録。これは王道中の王道である。
眠っていたオタク心が、火山のように噴火していた。
「では、登録前に適性検査を行います。こちらの水晶に手を置いてください」
「はい」
ユウトが水晶に触れる。
次の瞬間、水晶がまばゆい光を放った。
測定器の針が限界値まで跳ね上がり、そのまま小刻みに震える。
魔力測定担当の職員が眼鏡を外し、眼鏡を拭き、もう一度かけ直した。
「そ、測定不能です……」
はい、測定不能!
ありがとうございます!
「やっぱりすごいじゃない!」
エリナが自分のことのように胸を張った。
「この実力なら、いきなりS級でもいいんじゃない?」
「S級……」
ユウトもまんざらではなさそうだ。
いいぞ。
そのまま調子に乗れ。
そこへ傲慢な先輩冒険者が現れ、「新人のくせに生意気だ」と絡むまでが一連の流れである。
「それは、少し気に入らないな」
背後から声がした。
私は振り返る。
そこに立っていたのは、アルベルトだった。
来たあああああ!
咬ませ犬来たあああああ!
まさか、気になっていた男がここで散るとは。
残念ではある。だが物語の発展のためには仕方がない。
美形のA級冒険者が、規格外新人に嫉妬して勝負を挑み、完膚なきまでに敗北する。そこから己の未熟さを悟って仲間になるか、逆恨みして悪役に転落するか。
どちらに転んでもおいしい。
さらばアルベルト。
私はあなたの顔を忘れない。
「冒険者のランクは、単純な戦闘力だけで決まるものじゃない」
アルベルトは穏やかに言った。
「依頼を最後まで遂行できるか。仲間を守れるか。依頼人との約束を守るか。得た情報を正確に報告できるか。そういう信頼も必要になる」
「でも、この子は私を助けたのよ!」
「うん。勇気も実力もあるんだと思う。センスもありそうだ。三年ほどきちんと経験を積めば、相当な冒険者になるんじゃないかな」
三年。
長い。
最近の物語なら三話でS級になっている。
なんなら一話の半分で国王から勲章をもらっている。
「俺は、すぐにS級になれると思います」
ユウトが静かに言った。
いいぞ、反発しろ。
「そうか。不服なら、少し戦ってみるかい?」
アルベルトが微笑んだ。
「はい」
ユウトがうなずく。
来ました!
公開決闘イベントです!
◇
ギルド裏の訓練場には、あっという間に人だかりができた。
ユウトは素手。
アルベルトは訓練用の木剣を手にしている。
「本当に武器はいらないのかい?」
「はい。たぶん大丈夫です」
その台詞、強者しか言わないやつ!
私は最前列で固唾をのんだ。
「では、始め!」
審判の合図と同時に、ユウトが右手を突き出した。
「炎獄滅殺砲!」
技名まで叫んだ。
間違いない。転生者だ。
巨大な魔法陣が展開し、灼熱の炎がアルベルトへ襲いかかる。
観客から悲鳴が上がった。
勝った。
アルベルトは死なないまでも、全身を焦がされて壁に叩きつけられる。
そう思った。
しかし、炎はアルベルトの直前で、ろうそくの火のように小さくなった。
「え?」
ユウトが目を見開く。
「ごめん」
アルベルトはすでにユウトの背後にいた。
木剣が少年の首筋に軽く触れる。
「ここまでだね」
訓練場が静まり返った。
私も口を開けたまま固まっていた。
えー。
何それ。
話が違う。
「どうして……」
「君、転生者だろう?」
アルベルトがあっさりと言った。
「なっ……!」
ユウトが息をのむ。
私も息をのんだ。
「昔から、ときどきいるんだ。異世界の知識を持ち、常識外れの力を与えられて、この世界に現れる人が」
ときどきいるの?
転生者って、そんな季節限定商品みたいな扱いなの?
「強力な魔法を無詠唱で使う。見慣れない技名を叫ぶ。魔力を一気に放出する。だから、高位冒険者は対策を教わっている」
アルベルトは木剣を下ろした。
「今使ったのは、魔力の流れを乱す技だ。君は力が大きいぶん、制御を崩されると立て直せない」
「俺の力は、通用しないんですか」
「普通の相手には通用するよ。ただ、僕のように対策をしている相手もいる。もっと強い人だって大勢いる」
アルベルトはユウトに手を差し出した。
「だから、努力とステップはきちんと踏んだほうがいい。君には才能がある。焦って近道をしなくても、すぐ強くなれる」
「……はい」
ユウトは素直にその手を取った。
エリナも、「まあ、私が鍛えてあげてもいいけど」と顔を赤くしている。
いい話になっている。
違う。
そんな話、面白くないだろー!
売れないわー!
最強能力で無双しろよ!
努力と信頼と段階的成長なんて、そんな堅実な進路指導を誰が求めているんだ!
「それより、エリナ」
アルベルトが表情を引き締めた。
「不自然に強い魔物が出たと言っていたね。詳しい場所と状況を教えてもらえるかな」
私はぴくりと眉を動かした。
なるほど。
ここからか。
アルベルトが怪事件を調べに行く。だが敵の罠にはまり、絶体絶命に陥る。
そこへユウトが駆けつける。
『アルベルトさん、今度は俺が助けます!』
そういう展開だ。
私は張り切って地図を広げた。
「目撃地点は王都北西の森です。通常、この地域に生息するオーガの危険度はC級相当ですが、今回の個体はB級以上と推測されています。また、近隣では魔物の失踪も報告されており、人為的な強化実験の可能性も――」
説明しながら、私は確信していた。
これは大事件になる。
アルベルトが危険に遭い、ユウトが真の力に覚醒する。
エリナとの恋愛も進展する。
場合によっては、私も巻き込まれる。
異世界ファンタジー、ようやく開幕である。
◇
翌朝。
「北西の森の件、解決したそうですよ」
出勤直後、同僚の受付嬢に言われた。
「え?」
「アルベルトさんが昨夜のうちに王国軍へ連絡して、夜明け前に討伐隊が現場を包囲したんですって。強化された魔物は全部鎮圧されたそうです」
「首謀者は?」
「魔物の違法実験をしていた商会長でした。アルベルトさんが証拠を警察に渡して、今朝、捜査官が逮捕したそうですよ」
軍。
警察。
組織的解決。
「アルベルトさんは?」
「後方で情報整理をしていたので無傷です」
危険にすら遭っていない。
つまらない。
私は肩を落として受付に入った。
すると、朝からギルドの一角が騒がしい。
「もうお前とはやっていけない!」
「そうですか。私の支援など、最初から必要なかったのでしょう」
四人組の冒険者パーティーが言い争っていた。
剣士の男が、長いあいだ同行していたらしい支援魔法使いの青年に、脱退を言い渡している。
私は一瞬で元気になった。
追放キター!
ついに追放ものが始まった!
あの支援魔法使い、絶対強いやつじゃん!
本人も気づいていない超強力な補助効果で、実はパーティーの戦力を十倍にしていたやつだ。
追放した側は没落!
追放された側は新しい仲間と大活躍!
後日、元パーティーが泣きながら戻ってくれと懇願!
しかしもう遅い!
「少し待ってくれないか」
アルベルトが割って入った。
またお前か。
「何があったのか、順番に聞かせてほしい」
「こいつが何を考えてるか分からないんです! 相談もしないで勝手に動くし、注意するとすぐ黙り込む!」
「私は皆さんの足手まといですから。いないほうがよいのでしょう」
「そういうところだよ!」
二人は再び言い争いを始めた。
アルベルトは双方を別々に座らせ、時間をかけて話を聞いた。
「長年一緒にいると、いろいろな感情が起きるよな」
まず剣士に向き直る。
「ただ、腹が立つたびに関係を切っていたら、同じことを繰り返す。君は少し、人間関係をリセットすることで問題を解決しようとする癖があるみたいだ」
「……はい」
次に支援魔法使いを見る。
「君も、自分の不幸に少し酔っているところがある」
「私が……?」
「自分がいなくなって、皆が失敗すれば、自分の実力が証明される。心のどこかで、そう考えていなかったかい?」
支援魔法使いは黙った。
「自分の力を分かってほしいなら、黙って去るんじゃなくて、きちんとアピールしないといけない。何をしているか、何ができるか、どう扱ってほしいかを言葉にするんだ」
「……はい」
「今の状態で無理に同じパーティーを続けても、また衝突するだろう。一度、パーティーは解散したほうがいい。ただし、絶交する必要はない。別々に経験を積んで、落ち着いたら酒でも飲めばいい」
二人はしばらく黙っていたが、最後には頭を下げ合った。
「今までありがとう」
「こちらこそ……言わなくて、すみませんでした」
円満解散。
復讐なし。
没落なし。
もう遅いなし。
「面白くなーい……」
私はカウンターに突っ伏した。
「何が面白くないんだい?」
「うわっ」
顔を上げると、アルベルトが目の前に立っていた。
「いえ、何でもありません」
「今日は仕事、何時に終わる?」
「夕方ですが」
「よかったら、食事でもどうかな」
突然の誘いだった。
私は瞬きをした。
周囲の女性冒険者たちが一斉にこちらを見た。
圧がすごい。
「二人で、ですか?」
「うん。君とゆっくり話してみたくて」
顔も性格もタイプなんだよなー。
物語としてはつまらない男だが、現実に付き合うなら、こういう男がいちばんいい。
「では、ご一緒します」
◇
その夜。
私たちはギルド近くの静かなレストランに入った。
アルベルトは食事中も穏やかで、店員にも礼儀正しく、私の話もよく聞いた。
顔がいい。
声もいい。
会話もまとも。
これはちょっと、本格的に好きになってしまうかもしれない。
食後、アルベルトは紅茶のカップを置いた。
「リディア」
「はい」
「君、経歴が嘘だよね」
私は笑顔のまま固まった。
「何のことでしょう?」
「辺境の農村出身と登録されているけど、その村には君の出生記録がない。文字や計算にも詳しすぎる。それに、軍事や法律、魔法理論についても、受付嬢の教育で身につく範囲を超えている」
「た、たまたま勉強が好きだっただけです」
「責めたいわけじゃない」
アルベルトは優しく言った。
「何か事情があるなら、相談に乗りたい。僕は、君がいつも頑張っていることを知っているから」
「いいえいいえ。本当に、何もありませんよ」
私は必死に笑顔を保った。
やばい。
非常にやばい。
私は隣国を追放されて復讐を誓った聖女なのに。
このままだと、なんか、つまらなく解決される。
長編連載をしていますのでそちらもよろしくお願いします。




