敬称でなんて呼んでやらない~とある近衛兵(端役)の妬みと寿ぎの時間
エミリオは拙作「そう、だから君を奪うことにした」に出てきた名もない端役近衛兵です
エミリオがアークジバン王国の国王セドリック・ジバンデルタに仕えるようになって、十数年。
なんだかいろいろなことがあったな……そう思いながら、首の凝りをほぐす。
首や肩が凝るのは、出世して慣れない書類仕事が増えてしまったためだ。
そして今は、すべてが落ち着くところに落ち着いたのだろうなと、思いながら、相変わらず豪華なアーク城の玄関広間に立っていた。暇を潰すようにして、ぐるりと首を回しながら、ここを伸ばせば気持ちいいだろうなという箇所を定め、深追いする。クキッと音が鳴った後は痛気持ちいい感覚が残るので、ここ数年にできた癖にもなっているのだ。
なんだろう、あぁ、解きほぐされた……と自己陶酔する感覚だ。
そして、ふたたび頭上を見上げる態勢になった。
しかし、ほんとうに相変わらず豪華なものだな……。
エミリオの頭上には、空と天使と、花が描かれた天井がある。聖書を意味する一場面だと言われているが、信心深くもないため「この場面か」と思うことなく、ただ描かれている物の名称を確認するだけなのだ。だが、大昔の有名な画家の一派が三十年かけて描いたと言われているものだということくらいは知っている。
――あいつなら、すぐに言い当てそうだな……。体力系はあまり得意じゃなかったみたいだけどな。
こういう知識は、やはり後輩のハウエルの方が良く知っている。そして、いの一番に彼の名が浮かんだ理由として、こうして凝りをほぐしながら待っている人物が、彼の御妻女だからだ。
ハウエル・バーデンダーク――成り上がり貴族と、他貴族から密やかに噂される彼の奥方の名前はロゼッタという。
そして、ハウエルが成り上がりといわれるひとつの理由にそのロゼッタがあった。
そのロゼッタ、セドリック非公認の、されど情報通でなくても知っているもはや公然の『姪』なのだ。
『娘』だったら面白かったのに……と妹が読んでいた娯楽本、タイトルは忘れたが「好きよ嫌よと言い続ける物語」に準えてみた。
潔癖の悪魔が浮気をして外に作った子。ポリアンヌ様に土下座して謝っている姿。
あ、でも年齢的に超若気の至りか……。
……ないな。
あの悪魔のニヤリと笑う顔が浮かんだ。
やはり、暇なのかもしれない。
そんな妄想の中、エミリオはあくびを噛み殺してしまった。さすがにあくびはまずい。
もちろん、仕事はきちんとしている。だが、……。
御夫人たちのおしゃべりはいつ終わるともしれず、送迎の警護だけを任されているエミリオにとってこの時間はある意味以上に修行の時間にもなっているという事実は、確かすぎた。
これだったら、鬼の訓練の方が何倍もマシである。
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ロゼッタは、王妃ポリアンヌがお気に入りのおしゃべり相手として重宝されているため、秘密を守ることにおいて信頼されているエミリオがその送迎の役目を賜ったのだ。
なにしろ、このロゼッタ、口は軽くないがおそらく機密などには疎いのだ。
それもエミリオが抜擢されたひとつの要因だった。
ロゼッタは、口車に乗せられて王妃が語った国王のプライベートをうっかり……というか、素直に返事をしてしまいそうな者である。“人が善い”と取るのか“頭が悪い”と取るのかは、それぞれあるだろうが、エミリオは、人が善い方を採用している。
そんな風に彼女を思うのは、彼女の生い立ちとその半生に多少同情していたところもあるからだ。別に感情に流されているわけではない、と頭を軽く振る。
王妃であるポリアンヌはロゼッタがどこの出であるかまでは知らず、『セドリン秘蔵っ子のハウエルのお嫁さん』『どこかで貴族との繋がりはあるようだが、平民として暮らしていた娘』としか思っていない。ただ、そんな夫の秘蔵っ子のお嫁さんとお喋りがしたいという、他愛のないわがままを通されたというだけの話だ。
しかも、セドリック陛下が猛反対した結果、秘密裏に……。ハウエルとの関係があるエミリオに頼んで。
申し訳ないが、そんな他愛のないことで首は飛ばされたくない。
実はこの最終決定にGOサインを出したのは、セドリン……ことセドリック陛下である。だから、ここにエミリオが堂々と立っているのだが……。そもそも、城内でのお茶会だ。セドリック陛下の知らぬことになるわけもなかろう。
下男や洗濯女あたりのつるむことが多い使用人の口は、ロゼッタとは別の意味合いで意外と軽いものだ。
要するに王命である。良かったのか悪かったのか、たかがお茶会の内容に違い、重大任務となってしまった。
そして城内警備の兵に連れられて歩くロゼッタに気づいたエミリオは「おかえりなさいませ、バーデンダーク夫人」と、静かに敬礼した。
町娘のような雰囲気でありながら、パステルカラーの花と小鳥がドレス全体に描かれた最先端の技術を纏うロゼッタがいた。仰々しく腰が張り出すタイプのドレスではなく、どちらかと言えば、やはり町娘が身につけるスカートを思い切り膨らませた雰囲気のドレス姿だ。
他の貴族夫人とは全く違う様相ではあるが、両人とも気にしていない様子だ。エミリオも特に気にしていない。両陛下とも、そんなロゼッタの服装に不快を示していないのだから。
ハウエルに至っては、貴婦人達が競い合っているあのドレスは、ロゼッタの背骨を折ってしまうものだから……と、ロゼッタをガラス細工か何かと勘違いしている気がしてならないが、……どう見ても、普通に人間だ。
セドリックが国土の視察の度に、ロゼッタは城に呼び出されているので、……おおよそ四十日に一度くらいのペースだろうか。その四分の一のペースでハウエルもセドリックに呼び出されてはいるが、この彼女の呼び出し、ロゼッタがポリアンヌ王妃のかなりのお気に入りであることを証明するものである。
確かに、小鳥のような純朴さは、かわいいもの好きのポリアンヌ様にとって、なによりも傍に置いておきたい存在なのだろう。
しかも、ロゼッタ自身、それを嫌がっていないのだ。
「エミリオ様、本日もありがとうございます」
そう言って、お辞儀をする姿は、気品を感じさせるのに、なぜか全体的に庶民にしか見えない。
――まぁ、こういうところがハウエルには良かったのかもしれないのだけれど……。
エミリオはハウエルの家族構成を思い出しながら、妙に納得してしまった。
ハウエルは六人兄弟の下から二番目。
爵位はないが、母方が親戚筋とうまく付き合っており、家持ちだったので、その父は入り婿だ。別にそんなに珍しい話ではない。なんなら、彼は運が良かった方だろう。だが、不運なことは、母方の姉妹たちが家に残っていたこと。
確か……ひとりはどこか商家へ嫁いだはずだが、未だに嫁いでいない妹が二人ほど残っていたはず……。
小姑ふたりと姑と、嫁に挟まれた父親は、さぞ肩身が狭いことだろう……が、男を六人も作ったのだから、そこはもうそれで良いのかもしれない。
だから、同情と尊敬しかない。
「いいえ、ロゼッタ様もお疲れになりましたでしょう?」
その言葉にきょとんとされるのもいつものことだ。
おそらく、彼女はあのポリアンヌの異次元を行くようなお喋りに疲れない能力を持っているのだろう。エミリオなら数分でギブアップする。
「楽しい時間でした。今日は愛称を賜りました。私のかわいい小鳥ちゃんという意味があるそうです」
「ほぅ……」
言葉はそれしか出なかった。
「ロッピちゃんと言うそうです。エミリオ様も良かったらそうお呼びくださいませ」
エミリオはロゼッタの嬉しそうな笑顔に合わせるようにして、ただ笑顔だけを見せて返事とした後、そのまま馬車に彼女を乗せた。
おそらくまたロゼッタは、ポリアンヌ式よく分からない知識を植え付けられただけだな……そう思ったのだ。
その“ロッピちゃん”に、かわいい小鳥という言葉の意味はまったくありませんよ。
セドリン然りのポリアンヌ様の感覚的にはおありなのでしょうけど……。
さらに、そんな愛称を私が呼んでいると知られたら、ハウエルに殺されかねません。
もちろん……腕力的な実力は勝っていると自負していますけどね。
なぜだか分かりませんが、敗北する自分しか思い浮かびません。
それにしても、こんな馬鹿話のためだけにこの御婦人は片道五時間ほどを馬車に揺られてお越しになるのだ。
いや、確かに珍しいお菓子や芳しいお茶などはあるのだろうけれど……それにしても五時間だ。
国防を任されている者ですら、これほどの距離の移動をするのは戦がある時くらいではなかろうか。
やっぱり同情と尊敬しかない……かもしれない。
そもそも、彼女たちのお喋りの中に“セドリック陛下”は出てきているのだろうか……甚だ疑問である。エミリオはこの場での自身の存在意義にも疑問を持ってしまう。
しかし、必ずや無事に旧ロドウェル邸――現在のバーデンダーク邸へお連れしますので。
そう心に決めて、進行方向に座る彼女の斜め前に腰を下ろし、御者に出発の合図をした。
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ロゼッタは、小さな子どものようにして、馬車の窓の外を眺めて嬉しそうにしている。そう、ワクワクという言葉がとても似合う。
そんなに楽しいのならこの呼び出しも別に負担ではないのだろう……。
その感覚が少し羨ましい。
しかし、このロゼッタの頻繁な呼び出しを考えてみれば、ポリアンヌ様もセドリック陛下に似ていらっしゃる。なんというか、悪魔的。彼らは自らの権威の強力さを知っていながら、なぜか普段はそれを意識せずに生きているのだ。
セドリック陛下がこの成功を治めた背景にはポリアンヌの父が関わっており、ポリアンヌもそれをそばで見ていた。ということは、ご自身の影響力もご存じのはずであって。
その義父――カメリア卿が、セドリック王子が陛下になるために誰よりも尽力されたわけなのだけれど……。
ただ、……。
エミリオは人の良さそうな、実際にも善良なカメリア伯爵の顔を思い浮かべた。
性格はポリアンヌと同じで、ポリアンヌがかわいいものを愛でることに情熱を掛けるように、伯爵の興味は才あるものを育てることに情熱を傾けるだけの『無欲な方』という……ある意味でとても優秀で残念な方でもあるのだ。
彼は、セドリックが国王に座した後、当たり前のように何も口を挟まなくなった。おそらく、成長しきった者には興味がないのだろう。
なんだろう……孫の成長を喜ぶ祖父的な眼差しだけを与え続けるような……。
しかし、だからか、セドリック陛下は彼を未来の子どもへの教育関連伯爵と位置付けた。
陛下からすれば、本当の恩人である義父が別の勢力につかないようにしただけなのだろうけれど、伯爵自身、とても満足されていて、手始めに末端貴族を講師とし、またその子どもらを対象とした小さな勉強小屋をたくさん作っているそうだ。
この事業、いずれは民にまでも広がる勢いがある。
窓の外を楽しそうに眺めるロゼッタから視線を外しながら、エミリオは、今度はセドリックにまつわる過去を振り返った。おそらく、いや、十中八九暇なのだ。アークジバンは、今かなり平和だから。普通なら王が代わった当座は混乱もあるのだろうが、民含め、セドリック陛下はいろいろな意味でかなり恐れられている。
実際、恐ろしい方でもある。
しかも、セドリックは彼女の不幸の元凶だ。
……百歩譲って、その兄が元凶とも言えるのだが、あの頃のセドリックからすれば、自身の手駒を増やすための資金の当てとして、ロドウェルは最強だったのだ。しかも、現在でさえまだ子どもにしか見えないロゼッタを、色狂いで有名だったロドウェルの後妻へと向かわせた結果、ロゼッタが、かなり精神を病んだということは、彼女のそばに仕えていなかったエミリオでも知っていた。
出入りした者が「幽霊のようだ」と口を揃えて言うのだから、今目の前にいるロゼッタを見れば、よほどだったのだろう。
ただ、セドリックは元凶のくせにおそらく自覚はない。
いや、ポリアンヌがロゼッタに会ってみたいと仰った時に反対されたということは、多少自覚はあるのだろうか。
……いや、ないな。
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彼女が連れてこられる以前から、エミリオはセドリックの下で働いていた。もちろん、その頃は単なる王子の盾になるくらいしかない十五歳の警護兵で、近衛兵とまではまったく言えない存在だったのだが、当時でも従士までしか位を上げなかったハウエルに比べれば、エミリオの方がセドリックのことを深く知っていた。
彼女がセドリックに拉致されてくる半年前ほどのことだ。
一応の計画の知らされていたエミリオは、その彼女を留め置くために石の塔の準備を仰せつかっていた。
軟禁するための部屋。
と、聞いていたし、その石の塔は、実際、王家の者のための牢とも言われるものでもあったのだ。
まぁ、セドリック陛下は、駆け落ちという形で姿をくらました兄であるドーミアン様をかなり憎んでいらしたのだから、その復讐の駒としてロゼッタを見ることは、彼の性格上当たり前だったのだろう。ただ、政略の駒として使えると思われ、命だけは大目に見たのだろうな……。
くらいで準備を始めたのだ。
簡易ベッドに文机。一応十二歳の女児だということだったので、その文机には鏡と櫛も入れておいたし、小さな衣装箪笥も準備させて、一つ下の妹のお古ではあったが、女児が好むだろう人形も一つおいて置いた。気休めにはなるだろうと思ってのことだ。
本来は、殺さない程度に生かす者。生活に必要な最低限が揃っていれば良いだろうと思っていたのだ。
だが、セドリック陛下がその部屋を視察しに来たのだ。
まさか囚人部屋を視察するとは思っておらず、エミリオにとって完全な不意打ちだった。
最初に肝を冷やした理由は、少し手心を加えすぎただろうか、だった。
いくら憎しみの相手の娘であろうと、その娘に罪はないのだから生活に苦しむようなことはないように……とエミリオが配慮して揃えていたからだ。
しかし、セドリック陛下の逆鱗は斜め上をいくものだった。
「貴様は王族の血をなんと心得ているのか」
その静かな怒りの言葉に息を呑んで死を覚悟していると、セドリック陛下の声が突き刺さるようにして落ちてきた。
「こんな場所が人の住む場所だと思っているのかっ。伯爵家でしかなかったポリアンヌですら、もっとましな部屋に住んでいたぞ。ここは、家畜小屋か!?」
と。
その言葉の意味に納得できたのは、ひたすらにひれ伏し謝って、再度の機会を賜った後、数日経った頃のことだった。
あぁ、そうか。
セドリック陛下は、王太子の代替えとして育てられてはきていたけれど、世界がまだ小さくいらっしゃるのだろうな……だった。
言っておきますが、伯爵位。貴族の中ではとてつもなく偉いんですよ。
そもそも子爵の末端に席がある私の家では、おそらく一生手が届かないくらいの地位です。よほど眉目秀麗であれば、あるかもしれませんが、おそらく婿入りの話も出ませんでしょうし、その子爵位ですら、親戚で取り合っています。
家を継いでいない親戚内だと、王子様の護衛の私が一番、地位があるのですから。
おそらくですが、そのあたりもお分かりになっていませんよね。
それに、あれを家畜小屋というのなら、貧しい民の住む小屋など厠でしょう……。
もちろん、心の声に留めておいた。
まぁ、ロゼッタがあの違和感しかない石の部屋にいた五年間。その五年の間には、ずいぶんと世界をお広げになったことは確かなのだけれど、少なくとも、あの軟禁部屋があんなにも豪華になってしまった理由のひとつだった。
さらにその後、調理人と話す機会があり、余計にその“セドリックの非常識”の理解を深めてしまった。
「陛下が、あの娘を太らせろと?」
「へぇ……なんと言いますか、まぁ、政略結婚あたりに使うのならば、骨ばった女は確かに……なんですがぁね」
あれはなんだ?
少しは人間らしい太さにさせろ。
骨の化け物を見ているようで、薄気味悪い。
が、最大の理由だったそうだ。
とりあえず、セドリック陛下は、ロゼッタを人間として扱ってはいたのだろう。
いや、彼が見て認められる『人間』にしたかったのだろうか。
そこは、今も不明だ。
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馬車から見える景色がぽつぽつと立つ木で成り立つようになる頃、ロゼッタはいつもハンカチを開く。エミリオはこのロゼッタの作業を天秤タイムと呼んでいる。
ここより少し行った先は峠の道になり、揺れが激しくなる。
だから、道が悪くなるまでの今、彼女はいつもここでハンカチを開く。
そこには、ポリアンヌの目を盗んでこっそり忍ばせたお茶会のお菓子が包まれているのだ。
もちろん、目端もお利きになるポリアンヌ様がご承知のことだから、勝手に王家のものを持ち出したとは、告げ口もしないのだけど。
『エミリオ。私が包んだものではない包みをロゼッタが広げても目を瞑るのですよ。あれはきっと、ハウエルへのお土産のお茶菓子なのです。言えばもっとたくさん差し上げるというのに。ほんとにロゼッタは欲のないかわいい娘ですこと』
そう念も押されている。
「エミリオ様、お菓子を召し上がりませんか。今日もとても珍しいお菓子でした。いつもお付き合いくださっているので……」
“ロッピちゃん”に喜んでいた声よりもずっと切ない声色が耳に届く。そんなお菓子をもらえるわけがない。
「ありがとうございます。だけど、それは奥さまがお持ちください。ハウエルのために包んだものなのでしょう?」
そう言うと、少し戸惑いながらはにかみ、頬を赤らめる。
じっと黙ってハンカチのお菓子を眺める。
きっと、喜んでいるハウエルをその目蓋に浮かべているのだろうな……が想像に容易い。
少し羨ましい。
が、そのままだと峠の揺れでそのお菓子が振り落とされる危険があるので、もう一度声をかける。
「ですので、しっかりお包みになってお持ちください」
「はい……喜んでくださると良いのですけど」
やっぱりもじもじしながら返事をする。
魔女とは言わないが、ハウエルが放っておけなくなった理由も分かる気がしてくる。
「きっと、喜びますよ」
たとえ峠の揺れでボロボロに崩れてしまったとしても。
こちらも想像に容易い。
ただ、この持ち出し……。他国がどうなのかは知らないが、アークジバンでは、実は重罪だったりする。
きっと、“ロッピちゃん”であるから、許されているのだろう。
そう思えば、やっぱり魔女なのだろうか。
とりあえず、にやけるようになってきたハウエルにはそのあたりの事情を伝えてあるのだが、こちらは、釈然としない。
にやけるな、この野郎。
そしてこのにやける現象。こちらは、魔女の魔術に掛かっているものだと思える。
一生掛かっておけばいい。
その間に近衛隊長くらいになってやるんだから。
ざまぁみろだ。
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ハウエルとエミリオは年齢で言えば八つほど違う。
ハウエルがセドリックの小姓として働き出したのが、七つの頃だったのだが、まったくかわいくない子どもだったのだ。
子どもなのだから少しは笑えばいいものの、冗談を言っても揶揄われても、能面のように黙って仕事をしているだけの、まったくつまらない子どもだった。
それは、彼が十五になった頃にも変わらず、ただ職務をこなすだけの忠実な従士だった。
そんな従士だったからこそ、ロゼッタの監視に付けられたのだろうけれど、これはセドリック陛下の完全な読み違いだったと、エミリオは思っていた。
だが、あのロドウェル断罪劇が繰り広げられた舞踏会で彼女のエスコートを賜った時に、あの感情を動かさない子どもだったハウエルの恋を陛下は面白がっていたのかもしれない、そんな風に思えるようになったのだ。
あの仏頂面がコロコロと分かりやすく表情を変える。もしかしたら、それが面白かったのかもしれない。
ふと、失笑してしまった。そして、そのエミリオを不思議そうに眺めているロゼッタに気がついた。
「あ、どうぞお気になさらず……その、……」
誤魔化そうと思って家族のネタをと思い、思い留まった。すでに両親を失っているロゼッタに家族の話は……暗くなるし、唯一の肉親があの悪魔だ。
「ハウエルを思い出したもので」
「ハウエル様ですか?」
「えぇ、彼の方が早くに屋敷に戻っていれば、きっと貴女様がいないと大騒ぎしているのだろうと」
この公の秘密の密会事情も知っているハウエルは、実際大騒ぎにはなっていないだろうが、かなり心配しているだろうとは思える。
なんと言っても、彼にとってセドリックの住むこの王城は、ロゼッタを奪われるかもしれない場所でもあるのだ。
「早く戻れるように、御者に申し付けておきましょう」
そんな風に演じてごまかした。
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無事に峠を乗り越える。
しばらくはなだらかな道である。
その頃には、子どものように寝息を立てるのもいつものこと。きっと、王妃とのお喋りの緊張が、あのめちゃくちゃな峠の振動で解されてしまうのだろう。だから、エミリオはこの時間をすやすやタイムと名付けていた。
この時間、心身ともに疲れ果てた彼女は、それこそ幼子のように安心して眠ってしまう。
こちとら、あのセドリックがいる王家の犬でもあるというのにだ。
そんな無防備極まりないロゼッタは、眠ってしまっていても大切にハンカチの包みを手の中に包み込んでいる。
――ハウエルも同じように土産を持って帰っているのだろうな……。
セドリック陛下が、不服そうにエミリオに愚痴をこぼしたことがあるのだ。
とても珍しいことだった。
「ハウエルは息をするようにして、奥方の土産を選ぶのだ。だから、ポリアンヌのものも一緒に選ぶように指示したのだが、選ばなかった。あいつはどうしてロゼッタが関わると、私に反抗するのだ? ロゼッタの土産を簡単に選べるのだから、こちらの土産も簡単に選べるだろうに」
セドリックお気に入りのハウエルは、あの悪魔な陛下に嫉妬させるという御業を持っているようだ。あの悪魔がわずかながらも翻弄されている。それが少し小気味よく思える。
だから、エミリオは慎重に陛下に伝えた。
「陛下、失礼ながら申し上げます。奥方様のお土産は、他人に選ばせるようなものではありません。ご自身で悩まれ選ばれるからこそ、喜ばれるのではないかと」
陛下がまじまじとエミリオを眺めていた。
「おなじことを、ハウエルも言っていた。丁重に断った後にな、言い訳がましく」
その陛下の表情は柔らかかった。
ハウエルがにやけるようになってから、この陛下の表情も柔らかいことが増えてきている。もちろん偶然が重なっただけとも言えるかもしれない。
セドリック陛下の足元が固まり、その王権が揺るがないものとなった。
利権と派閥に擦り寄るだけの貴族たちが、セドリックの振る舞いから大人しくなった。
そして、その背後にはハウエルが暗躍していた。
ハウエルが集めた貴族たちの詳らかな素行資料、あれがセドリック最大の武器になっているのだ。
だから、ハウエルに与えられた褒賞は、特別でもなく、羨ましくもなく、そのハウエルの励みに値する評価だとは思っている。
空いたロドウェル卿の爵位を戴き、伯爵に登ったことも。
陛下の姪であるロゼッタが奥方であることも。
手続き自体は、全てを没収されたロドウェルからその妻ロゼッタへ伯爵位が移り、その夫になったハウエルに移ったという無理のない状態で進められている。だから、他貴族からの大きな反論もなかった。善良な貴族からは、ハウエルに同情の声すらでてきたくらいなのだ。
ただ、……。
「奥さま、到着しましたよ」
エミリオの声に目を覚ましたロゼッタが、慌てて身を起こし、思わずという風体で御者が開いた扉の先へと飛び出す。
「ハウエル様っ」
淑女にあるまじき行為。
誰の手も借りずに馬車から降りて、その想い人に受け止められる。
そんな姿を毎回見せられていると、素直にハウエルの出世など祝えなくなるのだ。
そう、あのハンカチの中にある焼き菓子がボロボロに崩れていることを、願うくらいには。
いつからそこにいるんだよ?という言葉を思わず発したくなるくらいには。
「エミリオ近衛中尉、ロゼッタを無事に戻していただき、いつも感謝しています」
ハウエルがロゼッタに抱きつかれたまま、にこやかに礼を言う。
「いえ、仕事ですから」
そして、絶対にお前のことは『卿』とは呼んでやらない。
そう、決めている。
現在の年齢的に
ロゼッタ→17(もうすぐ18)
ハウエル→20(約半年後21)
セドリック→32
ポリアンヌ→35(一度ドーミアンの婚約者候補にはなっているかも……候補止まりはお察しの通り)
エミリオ→28
本編終了後数カ月という感じ。
ドーミアン→享年30(これは5年前の年齢)です




