第十一話 誤解
「杖よし、学生証よし、教科書よし……うむ、完璧じゃ」
紺色のジャージに身を包んだゼノンは、満足げに頷いた。
彼が空間の虚空へと右手をさっと差し伸べると、そこが波紋のように歪む。伝説の収納魔法『無限の貯蔵庫』。かつては聖剣や山のような金貨を出し入れしたその至高の空間へと、ゼノンは手際よく教科書とスクールバッグを放り込んだ。
「フフン、現代の若造どもは重い鞄を背負って歩くらしいが、余ほどの男になれば手ぶらで登校など朝飯前よ」
懐に「白檀の杖」を忍ばせ、足元で「ピポ……ピポ……」と駆動音を抑えて隠れるノンちゃんに手を振り、大賢者ゼノンは国立ビクトリア魔法学園へと意気揚々と出陣した。
***
春の柔らかな日差しが降り注ぐ並木道を、ゼノンは堂々たる足取りで歩いていた。
しかし、校門をくぐり、敷地内を見渡した瞬間にゼノンは眉をひそめた。
行き交う生徒たちは、十五、六歳といったところだろうか。二百年という歳月を生き、酸いも甘いも噛み分けたゼノンから見れば、彼らは「若造」を通り越して、もはや「ひよこ」か「生まれたての小動物」にしか見えなかった。
(どいつもこいつも子供ばかりではないか。よもや、大魔法使いともあろうこの余が、このような小童どもと机を並べることになるとは……。まあよい、圧倒的な格の違いを見せつけて、初日にして学園の頂点に君臨してくれよう)
ジャージのポケットに手を突っ込み、偉そうに胸を張って中央広場を歩くゼノン。
すると、向こうから歩いてきた数人の新入生らしき少年少女たちが、ゼノンの姿を見るなり、ハッと表情を引き締めた。彼らは立ち止まり、非常に礼儀正しく、ハキハキとした声で頭を下げた。
「おはようございます!」
「おはようございます、本日よりよろしくお願いいたします!」
すれ違いざまの、実に見事な挨拶であった。
ゼノンはふっと口元を緩め、満足げに深く頷いた。
「うむ、おはよう。よろしい、実に礼儀正しい若者たちじゃ。二百年経っても、目上の者への敬意という基本の理は滅びておらんかったようだな。ちゃんと弁えておるではないか、感心、感心」
やはり、大魔法使いとしての威厳や覇気というものは、どれだけジャージ姿になろうとも隠しきれないものらしい。初日にしてすでに、生徒たちから一目置かれている。そう確信したゼノンは、さらに気分を良くして歩みを進めた。
すると、今度は一人の少女が、小走りでゼノンのもとへと駆け寄ってきた。
彼女は手元に大きな資料を抱えており、ゼノンの顔を見ると、申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。
「あの、先生! すみません、お忙しいところ!」
「……ぬ? せんせ……?」
ゼノンが目を丸くする。少女はゼノンの紺色ジャージと、その白髪混じりの佇まいを交互に見ながら、親切そうに校舎の右側を指差した。
「新任の特別講師の先生ですよね? 始業式前の職員会議、もうすぐ始まっちゃいますよ! 職員室ならあっちの第一校舎の一階ですので、急いだ方がいいです!」
「…………え?」
「では、失礼します! 授業、楽しみにしてますね!」
少女は爽やかな笑顔を残し、タタタッと軽快な足取りで去っていった。
あとに残されたのは、春のそよ風に吹かれながら、完全にフリーズしたジャージ姿の老人一人。
「……先生? 余が、講師……?」
ゼノンはゆっくりと周囲を見回した。先ほど自分に明るく挨拶をしてくれた生徒たちが、遠くで「あの先生、ジャージ姿だけど実戦派の凄い人なのかな」「ちょっと怖そうだけど渋いよね」などと噂しているのが聞こえてくる。
「……敬意を払われておったのではない……。単に、学校の『職員』と勘違いされていただけだったのか……?」
ガガーン、と頭の中に不名誉な効果音が響き渡る。
大賢者としてのプライドは粉々に砕け散り、ゼノンは乗っかっていた肩をがっくりと落とした。
登校初日、校舎に入る前から、ゼノンの精神は早くも手痛い先制パンチを食らうのだった。




