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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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第九十九話「雪の兵站」

信忠は廊下を歩きながら、ふと足を止めた。

北の報せが増えている。

越後の龍が動いたというだけで、空気が変わる。

信忠は低く呟いた。

「……謙信は、どこまで来るだろうな」

その言葉は独り言だった。


だが隣を歩いていた玉は、静かに答えた。

「多分ですが……加賀辺りまでかと」

信忠が振り向く。

「加賀……?」

「なぜそう思う」

玉は一拍置いて言った。

「補給が難しいのではないでしょうか」


信忠の眉が動く。

「補給……荷駄か」

玉は頷いた。

「はい。

兵は動かせても、米や矢、火薬が運べなければ戦は続きません」

信忠は腕を組み、しばらく考えた。

「織田は兵糧と道を整える。

……だが上杉は」


玉は慎重に言葉を選ぶ。

「上杉が兵站を軽んじているという意味ではありません。

ただ、越後は雪国です。

雪が深くなれば、どれほど整えていても荷駄は途絶えます」

信忠は小さく息を吐いた。

「……確かに」

玉は続けた。

「そのため、謙信が出てくるとしても、

越後から離れすぎるのは危険かと」

「加賀あたりまでなら、押さえて居座ることもできます。

それ以上は、補給線が長くなりすぎます」


信忠は納得したように頷いた。

「なるほど……戦をせずとも、そこに居るだけで圧になる」

玉は小さく頷いた。

「はい。決戦をせずとも、信長様は北へ兵を割かねばなりません」

信忠はしばらく黙った。

そして、玉を見て言う。

「……よく見ているな」

玉は俯き気味に答えた。

「父を守りたいだけです」


玉はそこで、ふと思い出したように顔を上げた。

「一つ、工夫があります」

信忠が眉を上げる。

「工夫?」

玉は懐から紙を取り出し、机の上に広げた。

筆を取る。

迷いなく線を引いていく。

描かれたのは、大八車だった。

そして車輪の周りに、板が取り付けられる図。

信忠は首を傾げる。

「……何だこれは」

玉は筆を止めずに答えた。

「車輪の下に板を付けます」

「その板を前後の車輪をつなぐ大きさで

車輪に固定する」

信忠は覗き込み、さらに眉を寄せる。

「板を付けて……どうする」


玉は余白に線を引いた。

雪を表す線。

「雪に沈むのを防ぎます」

信忠は怪訝な顔をする。

「沈むのを防ぐ……?」

玉は説明する。

「車輪のままですと、雪が深いほど食われます。

ですが板を付ければ、接地面が増えます」

「沈みにくくなり、馬が進める雪の深さまでなら荷駄は運べます」


信忠は図案を見つめた。

「……車輪を広げるようなものか」

玉は頷いた。

「はい。

工兵部隊が道を均し、さらにこれを使えば、

兵站は途切れにくくなるかと」

信忠は紙を手に取った。

しばらく無言で眺める。

そして静かに息を吐いた。

「……なるほど」

玉は言った。

「どれほど効果があるかは分かりません。

ですが、試す価値はあるかと」

信忠は玉を見た。

「この案、もらう」

玉は深く頭を下げた。

「はい」


信忠は紙を懐へ入れ、歩き出した。

「殿に見せる」

玉はその背を見送りながら、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。

信忠は、ちゃんと聞いてくれる。

疑わずに、試そうとしてくれる。

それが玉には救いだった。


信忠はその足で信長のもとへ向かった。

信長は地図を広げ、すでに北陸のことを考えていた。

柴田勝家への指示書が机に置かれている。

信忠は懐から紙を出し、差し出した。

「父上。玉が描いた図案にございます」

信長は受け取り、目を細めた。

「……何だ」

信忠が言う。

「大八車の車輪に板を付けます。

雪に沈みにくくし、荷駄を通しやすくする案です」


信長は紙をじっと見た。

馬鹿げているとは言わない。

信長の目は、最初から“使えるか”を見ている。

信長は短く言った。

「……悪くない」

信忠は続けた。

「玉の読みでは、謙信は加賀あたりまで出る可能性が高いと。

補給線が伸びすぎれば、雪で軍が止まると申しておりました」

信長の口元が僅かに動く。

「ほう」


信長は紙を机に置き、すぐ命じた。

「工兵を呼べ。大工も呼べ。

試作を急げ」

家臣が走り去る。

信長は信忠を見た。

「玉が言ったか」

信忠は頷いた。

「はい」

信長は短く笑った。

「面白い姫だ」

信忠は黙った。

その言葉が、褒め言葉なのか、道具を見る目なのか。

信忠には分からない。


だが信忠は、玉を道具にしたくなかった。

信忠は廊下へ出ると、冷たい風に頬を打たれた。

空はまだ晴れている。

だが晴れは、嵐の前ほど不気味だ。

信忠は歩きながら、心の中で呟く。

(玉は、奥にいるのに戦を読んでいる)

(いや……戦を読まねば、生きられないのだ)

信忠は拳を握った。

北陸は荒れる。

だが荒れる前に、備えねばならない。

一枚の紙が、

雪を越える道になるかもしれない。

そしてその紙を書いたのは――

玉だった。

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