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勝山春記  作者: 李孟鑑
6/9

(五)

 柵にもたれて話し込まれている御屋形様に気づいたわたくしは、涼むのをやめそのまま戻ることに致しました。無礼講の宴の席とは申せ、汗まみれのむさ苦しいなりを現すのは如何にもぶしつけと思ったのでございます。そっとくびすを返し来た道を引き返そうとした時、


「隆世、勝山の城はいつ落ちる」


 御屋形様の声が聞こえ、わたくしは思わず足を止めました。


「さていつになりましょうか」


 隆世様が答えました。(ひょう)げてでもいるような呑気な口振りでございました。その呑気な声音のまま、隆世様は言葉を継ぎました。


「御屋形様もご存知の如く、この城は四方を険しき山に守られた天然の要害にございます。矢弾、玉薬、兵糧も充分にございます。それゆえあとは兵の士気しだいということになりましょう。士気さえ高ければ一年でも持ちこたえられまする。なれど士気が折れてしまえば、明日にでも陥落かと」


 隆世様の申される通りでございました。実のところ、山口を捨てることが決まった辺りから、我々には負け戦が日に日に色濃く見え始めておりました。安芸と石見と、二方から囲む毛利に抗し得るだけの兵力は、既に大内にはございませんでした。そして豊後大友家よりの援軍も望むべくもございませんでした。幾たびにも渡る御屋形様の要請にも拘らず、ここに至っても令兄の義鎮(よししげ)様は兵を動かす気配すらなく、裏で毛利と結んだものと見て誤りはなさそうでございました。もはやこの頃には勝ち負けではなく、城が落ちるのはいつかというところまで来ていたのでございます。


「ははは、明日か」


 と御屋形様は、しかし声をたてて笑われました。隆世様の言葉を心底愉快がっておいでのような、軽やかに弾んだ笑声でございました。葉叢(はむら)の陰からそっと窺うと、御屋形様は、横木に手を掛けられ身を乗り出すようにして、空を見上げておいででした。その横顔が、こちらから見えておりました。そうして宙高くを見上げた目に、さっと光のみなぎったと思うと、


「いつ落ちようが、わたしは構わぬ」


 一言、力強くそう申されました。


「わたしの命が明日尽きるさだめであるならば、それもよい。また一年ののちであるならば、待つ愉しみが出来るというものだ」


「命など惜しみますまい。この世の森羅万象(ことごと)くは所詮(しょせん)夢にござりまする。全ては夢の中から参って我々の前に束の間、かりそめのうつつとなり、しかし過ぎ去ったのちは再び夢に戻るのでございます。このいくさも夢、毛利も、周防も夢、何を惜しむことがございましょう」


「我が大内家もまた、泡沫(ほうまつ)の夢であるな」


 そう申されて再び、御屋形様は愉しげに笑われました。隆世様はそんな御屋形様を優しげな笑みを浮かべて見つめておられました。けだるい陽光の中に、笑んだ唇が紅の花となって浮かんでおりました。彼方には周防灘の海原が、波頭(なみがしら)をまばゆく騒がせておりました。


 わたくしは皆々の声を背後に小さく聞きながら、踏みしだいた草の香の中に立ち尽くしておりました。自らのお命をすっかり見切ってしまわれた御屋形様の言葉に、身がすくんでしまったせいもございます。がしかしそれ以上に、わたくしは、おふたりの間に流れていた、語る言葉とは裏腹の明るさをたたえた静穏に、心打たれていたのでございました。


 全てが過ぎた今、分かることがございます。御屋形様と隆世様の間にはあの時既に、勝山落城の日には手に手を取って共に死に(おもむ)こうという誓いがかわされていたのではございますまいか。申しましたように、城は遅かれ早かれ陥落が見えておりました。隆世様と共に戦い、生きることよりも、共に死ぬことこそがもはや御屋形様の唯一の願いであり、むしろその日を憧れをもって待ちわびるような、そのようなお心になっておられたのでございましょう。その願いは、それきり叶うことなく(むな)しくなったのでございましたが――。

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