最終話「岩肌は若者たちを導き、未来へ通す」
空気が震えていた。
いつだって穏やかな空気が漂っていたリンドベルの街が、緊迫した空気に包まれ、あちこちで論争が起きていた。
それは警備隊と冒険者の間柄でよく起きる誤解や摩擦ではなく、もっとこの街の根幹に纏わる話であり、答えが出ないものだった。
ロッカもまだ、迷っている。しかし、ギルバートの立場についた。どうせ迷うなら、この男について行こうとそう思ったのだ。
久しぶりに向かう冒険への想いを寄せつつ、彼女はヴァレリオ、レイヴン、フィンを振り返る。
「しかし、ヴァレリオとレイヴンはともかく……フィン、お前まで連れて行くことになろうとはな」
そう。今回の冒険には非戦闘員であるフィンもついて来る。むしろ彼がメインであり、ロッカたちは彼を無事に送り届けるのが目的だ。
フィンは「ふん」と鼻で笑った。いつものように。なんてことないように。――かすかに指先を震わせながら、彼は笑ってみせた。
「僕が行かなきゃ、誰が行くって言うんだ」
「それは……そうなんだが、危険だぞ?」
ヴァレリオは心配そうにフィンを見た。レイヴンも無言ながら、その明るい水色の瞳に心配の色を浮かべている。
「まぁまぁ、我等が守ればいいだけだ」
「ロッカ様……ですが、情報が少なすぎます。やはり私たちだけでっ」
「レイヴン、その話は十分に話し合っただろうっ? 僕は行くからな」
話し合った。そう。ロッカたちは話し合った。だがそれが十分であったかは、ロッカには分からなかった。
足りない気がした。
しかし、時間も足りなかった。それに何より、話し合いを続けたところで、全員が納得する答えなど見つけられなかっただろう。
(きっとこの答えに正解など無いのだろう)
ロッカは思いながら、結界樹を見上げた。600年、この街を見守り続けた樹は、青々とした葉をたくさん茂らせていたが、その一部が枯れ始めていた。
その結界樹の姿に、この街出身ではないロッカですら、心が痛む。この街で生まれ育ったフィンはなおのことだろう。
結界樹は、リンドベルに住む者たちの魂だ。
そんな結界樹にロッカたちは、近づいていく。――覚悟を決めろ。
「さぁ、行こう」
ロッカは仲間たちを振り返り告げる。その目にもう迷いはない。たとえその先に必ず喪失があるとしても、彼女はそれを受け入れると決めた。
ただ前へ進む。
時折魔物と戦いながら、常に気を張りつつ、未知の場所をどの方角が正解かもわからぬままに進んでいくのは、ストレスだ。
「ぐるぎゃあああああっ」
どこからともなく襲いかかる魔物は、見知ったものもあればまったく見知らぬ姿のものもあった。知らないと言うだけで、なんと恐ろしいことか。
焦りそうになる心をロッカは抑え、仲間を振り返る。彼らの顔に隠しきれない疲れと焦りを見て、ギルバートが彼女をこのパーティに加えた意味を痛感する。
タイムリミットが迫る中で、ゴールのわからない迷路を進むのは、冷静さを奪う。ロッカですらそうなのだ。まだ経験の浅い彼らはなおのこと。
(落ち着け。我まで焦るわけには行かぬ)
喉が……渇く。ロッカは水筒から水を一口飲んだ。そして彼女は笑って見せる。フィンが恐怖を見せぬように笑ったように、力強く笑う。
「なあに、安心しろ。もし我等が失敗しても、外にはギルがおる。やつがいれば街は大丈夫だ」
ロッカがそう言うと、明らかに三人は少し肩の力を抜いた。
「そうですね。ギルバート様がいれば」
「はい……」
「……別に、あいつのことなんてどうでもいい」
三者三様。しかし、空気は良い感じに緩んだ。
「そうだ。我等は生きて帰ることだけ考えれば良い。帰って、やつらにこの経験を語ってやろうじゃないか。
きっとあやつは悔しがるぞ」
さらにロッカが言い募れば、クソっと悔しそうにするギルバートの姿が思い浮かんだ三人はくすりと笑った。
(そうだ。ギルバートが我に言ったのは『三人を頼む』だ……『街を頼む』ではなかったな)
ロッカはただ、この三人の若者の『未来』を守れば良いのだ。
そう思うと彼女は気が軽くなり、今度は心から笑った。三人が心から笑える未来は、きっともう少し先の話。




