第1話「岩肌は硬い刃を防ぎ、小言は通す」
リンドベルは様々な国に囲まれている。
北は山脈だが、それを越えた北西には機械国家メカノスとその玄関口である鉱業都市ラガルト。
西には海のように広い湖と、帝国領の港湾都市ゼペー。
南には共和国アシュバールの商業都市サウスボ。
東は戦士の国ライガイア。
それぞれの国には主とする種族が存在し、その間のリンドベルはそこから人々が流れ込むため、異種族が入り乱れ、文化も混じり合い、独自のものに進化している。
そのため、リンドベルでは種族差別が比較的少ないと言われている。
岩人である女性、ロッカ=コウクは、そんなリンドベルの雰囲気に惹かれ、この街を終の棲家にすると決めた元冒険者だ。
「ったああぁぁぁ!」
大きな声が響く。
冒険者ギルドの訓練場。石畳でしっかりと補強された床を蹴って、ロッカに向かってくるエルフの少女。
おそらく、本人としては気合の声だろうが、ロッカからすると『うむ。元気でよろしい』という微笑ましさを覚えさせるものだった。
そんな彼女の短剣を、ロッカは硬化させた腕で受け止める。
ガキンッ。
短剣の刃は彼女の硬い岩肌を傷つけることができず、ただ弾かれる。
しかしロッカは内心感心していた。
(ふむ。さすがエルフの狩人。目は良いな)
攻撃の狙い所は悪くない。しかしあまり短剣や、そもそも接近戦に慣れてない。普段は弓を使うのだからおかしなことではないが、かと言ってまったく近接が出来ないのは危険だ。
ロッカがこうして冒険者ギルドで講師を務めるようになってから、後々その大事さに気づいて慌てて近接の基礎講習を受けに来る者は多い。しかし今目の前の少女は先日冒険者になったばかりだという。
(……やはり、レイヴンの提唱した初心者講習の成果か)
ロッカが冒険者になった頃にはなかった初心者講習。最初はどんなものかと彼女も疑っていたが、こうして無茶をする前に慎重に動くようになる者が増えたように思う。
年下ながら、真に街のことを思うレイヴンの慧眼にロッカはまた感心した。自身にはそういう視点はなく、だからこそギルバートもレイヴンを副官にしたのだろう。
「ありがとうございました!」
そうして今日もまた、ロッカは後輩たちを鍛え上げ、去っていく彼らの背中を見送る。
「懐かしい、と思うのはやはり年を取ったからか」
「そう言いつつ、まだまだ現役だろうが、お前はよ」
声にロッカが振り返ると、左目に黒い眼帯をつけたいかつい男がにかっと笑っていた。
焦げ茶の髪を後ろに流したその男もまた、彼女と同じく冒険者を引退した身。しかしその鍛えられた体つきを見ればまだまだ現役で戦えそうに見える。
ロッカは「ふん」と鼻で笑う。
「それはそう言う貴様もだろう」
「がははっ! どうだろうな?」
大きな声で笑った男――ギルバート=レイグ。
今や冒険者ギルドのギルド長にまでなった男は、『やるか?』と青い目を鋭くさせ、鍛錬場の端に置かれたロッカの得物であるナックルクローを見た。
ロッカがにやりと笑う。――視界の隅で、ナックルクローの黒い刃が光を反射した。
「いいだろう。貴様も『指導』してやる」
「ははははは! お手柔らかに頼むぜ」
そうして鍛錬場には激しい音が日が暮れるまで続き、ぼろぼろになった二人が
「お前らな。いい年して何やってんだ」
と、ある料理人に怒られるのは、もう少し先の話。




