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リンドベルの裏方たち【本編完結済】  作者: 染舞
農家ドルゴの小言
6/9

最終話「肉好き男と菜好き爺」

 青空を、分厚い雲が覆っていた。


「ふむ……もうすぐ雨が降りそうじゃな」

 ドルゴは髭を撫で、その微妙な湿気を感じ取った。

 最近は雨が少なくて土が乾いていたので、ドルゴは少しホッとしたようにテーブルにつき、彼自慢の野菜で作ったジュースと煮込み料理にパンを用意して豪華な昼食を楽しむ。

 野菜の美味しさに口元を緩めたドルゴ。しかし、視界の隅にフィン特性の薬瓶が入った瞬間顔をしかめ、そっと目を逸らした。


「むぅ。……いや、食後じゃ、食後。今は気にせんでええんじゃ」

 そして一旦薬のことは忘れることにし、食事を再開する。途端に再びほころぶ頬。

 食事に満足したドルゴは……最後に薬瓶を見て「ぬぅぉっ」と唸り、瓶を振ってみた。中身は――ある! まだ残っている。


「飲まんとダメかのぉ」

 つい声にも出してしまう。よほど嫌らしい。その薬を嫌がる顔が、人参を嫌がるフィンと瓜二つだということを、当人たちだけが知らない。

 はぁっとため息を付いたドルゴは薬瓶からスプーンで粉をすくい、しっかりと分量を計って飲んだ。


「うぐっ……フィンのやつめ。苦くないと言いおったのに、苦いではないか。次来た時はあやつにも人参食べさせてやるとしよう」

 ドルゴはそんな風に文句を言いつつ、食器を片付ける。その棚の一角に、空の瓶がたくさん詰まった箱があった。瓶に貼られたラベルはすべてフィンの手書きのものだった。ドルゴはその空き瓶たちを見ると目を嬉しそうに細めたが


「まったく、あやつと来たら薬ばかり贈ってきよって」

 と、口では逆のことを言うのだから、フィンが誰に似たのかはよく分かる。


 そんな時、トントンっ、と玄関のドアが叩かれた。それはとても控えめで、雨の音にかき消されそうなほどだったが、ドルゴは聞き逃さなかった。

 やれやれと彼は立ち上がり、ドアを開ける。

 風はそう強くないが、肌寒い空気を感じてドルゴのヒゲが震えた。しかし、そこを塞ぐ大男がいるからドアを閉められない。


「なんじゃ、ギル坊。わしは寒がりなんじゃぞ! 風邪引いたらどうしてくれるっ! レイヴン坊やに慰謝料請求してやるぞ!」

「! ……はは、そいつは止めてくれ。後で俺がレイヴン……や、フィンたちにどやされる」


 無言で突っ立っていた大男が外套のフードを外しながらニカッと笑い、ドルゴに言われるままに中に入った。



挿絵(By みてみん)



 大男――ギルド長のギルバートは慣れた様子で外套をかけ、まるで自分の家のように暖炉の前のソファに座った。


「うおっさむさむ……ふぅ、暖まるぜ」

「これギル坊! そこはわしの特等席じゃぞ!」

「いいじゃねえかよ、ちょっとくらい。俺は今まで外にいたんだぞ」


 良い年した大男と、ドワーフの老爺が年甲斐もなく争い、暖炉前の温かいポジションを取り合った。――ドルゴが勝った。

 ギルバートが恨めしそうにドルゴを見て、カッと笑う。


「ほんと、爺は変わらねぇなぁ」


 しみじみとしたようでいて、何かをこらえているような声に、ドルゴは気持ち悪そうな顔をした。

「なんじゃ、気持ち悪いのぉ」

 いや、顔だけじゃなくて声にも出した。

 ギルバートがそんなドルゴに苦笑する。天下のギルド長も、昔から面倒を見てもらっていた相手には頭が上がらない。


「……逃げろって言ったら、逃げるか?」


 だからギルバートは言葉を濁さずに言った。理由も言い訳も他には何も言わない。

 そうして欲しい、とも言わない。


「逃げん」


 ドルゴの返事は短い。ギルバートは驚かない。だよな、と笑う。生まれ育った大地を離れたがる者はそう多くない。

 しかし、ドルゴが逃げない理由はそうではない。


「お前さんがおるのに、逃げる必要などなかろうよ」


 何の問題もない、と言い切ったドルゴ。そんな彼の言葉にギルバートの右目が大きく見開き、細められ、最後は彼が俯いて見えなくなった。

 ただ……その巨躯がかすかに震え、膝に置かれた手がぎゅっと握られた。


 ドルゴは髭を撫で「ほっほっ」と笑うと立ち上がった。


「お前さんも寒がりなのは変わらぬのぉ。どれ、わし特製の野菜たっぷりスープを作ってやろう」


 厨房に向かうドルゴの背後から、「……肉も入れてくれ」というギルバートの声がした。ドルゴはベーコンに伸ばしていた手を止めてちらっとギルバートを見る。彼が俯いてこちらを見ていないことを確認すると、「仕方ないのぉ」とヒゲを撫でるのだった。







挿絵(By みてみん)

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