第1話「ニンジン嫌いとくすり嫌い」
リンドベルの気候はとても穏やかで、周囲には広々とした平原が広がっている。
そんな街の外には、これまた広々とした農地もあった。
「よいせっと……ほっほっ、良い色のニンジンじゃな。美味そうじゃ」
畑の主だろうか。低い身長ながらどっしりとした体躯のドワーフの老爺が、畑から収穫したばかりのニンジンを見て満足げに笑う。
「……どこが美味そうなんだか」
そんな彼の背中から、なんとも嫌そうな声がした。
日を浴びていない白い肌に、やつれた顔と目の下にクマを刻んだ青年、フィンだ。
老爺は彼を見て白い髭を撫で、笑う。
「フィン坊か。なんじゃ、まだニンジン嫌いは治らんのか」
「別に治す必要もないよ。病気じゃないんだから」
フィンはふいっと灰銀の目をそらす。ニンジンのことを話題に出したくないらしい。
代わりにゴソゴソとカバンを探り、瓶を取り出す。今度顔をしかめたのは老爺の方だ。
「そんなことより、ドル爺。ほら。いつもの薬持ってきた」
「……むぅ。薬などいらんと言うておるのに」
「何言ってるんだ。最近咳が出るって言ってただろ。ほら」
ドル爺――ドルゴ=ファーマンは嫌そうにしつつも、フィンの瞳の奥にある心配そうな輝きに、渋々と薬を受け取る。
「前、苦いの嫌だって言ったから、苦くないようにした。今度はちゃんと飲んでよ」
フィンは気だるそうに言った。仕方なくそうした、というような口調だったが、そのためにはきっと労力を重ねたはずだ。しかし、そんなことは表にはまるで出さない。
(まったく。この偏屈なところは誰に似たんだか)
ドルゴは、素直ではないこの孫のような錬金術師に肩をすくめつつ、仕方ないからちゃんと薬を飲もうと決める――嫌だが。
「最近はどいつもこいつも、ワシを年寄り扱いしよって。ワシはまだまだ現役じゃ」
「……この前、腰痛めたって聞いたけど」
「腰を痛めるなんて若かろうとするじゃろが!」
「冬になると節々が痛むって」
「ドワーフは寒いのが苦手なんじゃ!」
ワシだけじゃないっと胸を張るドルゴに、フィンも最後は「……そう」と言葉を終わらせた。納得したわけではないのは、呆れた顔が語っている。
そしてやはり納得できずにフィンはぼやく。
「屁理屈ジジイ」
「なんじゃ、偏屈坊や。まったく年寄りを敬わんとは。育てた親の顔を見てみたいわ!」
「……爺ちゃんじゃん」
フィンのジト目を受けても、ドルゴは自信満々だ。
「ワシの教えだけを聞いておったらもっと素直になるはずじゃ。ギル坊たちの悪い教えのせいに違いないわい!」
「…………」
とうとう完全にフィンは黙った。代わりに彼はため息を付いた。それが昔からの二人の関係を物語る。
「もう分かったから。とにかく、その薬ちゃんと飲んで。食後に。分量は中に書いてあるからちゃんと守って。
……前みたいに『飲めば良いだろ』とか言ってがぶ飲みしないでよ」
まるで子供に言い聞かせるようなフィンに、ドルゴは「むう。飲めばいいだろうに」と文句を言いつつも、さらに強くなるフィンの目線にさすがに負けて「わかった、わかった」と頷く。
「ほれ、話は終わりじゃろ。せっかく来たんじゃ。作物収穫体験でもしていけ」
「それ……ただの手伝いじゃん」
「まったく! 家にこもりっきりでひょろひょろしてからに。働かんか」
「僕は爺ちゃんと違って頭脳労働してるんだよ」
「口を動かさんと、手を動かさんか! おー、腰が痛い。痛いのぉ。孫は手伝ってくれんし」
「年寄扱いするなって言うくせにこういう時だけ……もうっ分かったって。手伝うよ!
うへぇ、ニンジン……」
珍しくやや声を張って頷いたフィンに、ドルゴは「ほっほっほ」とヒゲを撫でるのだった。




