第1話「美人から褒められた!」
雲をも貫く巨大な樹――結界樹。
その『結界樹の加護』で、ダンジョンから魔物が溢れてくるモンスターウェーブが、過去600年一度も起きていない奇跡の街、自由都市国家リンドベル。
有名なものはいくつかあるが、その一つが冒険者ギルドの発祥の地であり、本部があるということ。
ギルド職員であるというだけでも周囲から羨望の目で見られる。さらに本部所属となると鼻高々。
そんなギルド本部を、制服を身に着けて歩く青年――キルガ=メンラースの家族も、話を聞いた時は誇らしそうにしたものだ。
(くそくらえだっ!)
が、そんな親戚の誇りを背負って入職してはや数年。すっかり彼はやさぐれていた。
足早に書類を抱えて歩く彼の足音は重い。
「だから登録情報をそっちが間違えてたから、すぐに拠点変更出来ないって言ってるだろうが! 話を聞けよなっ、くそ」
ブツブツという呟きには恨みがこもっているようで、書類がクシャリと音を立てた。
相当面倒な相手に引っかかったらしい。彼の呟きはもはや呟きではないくらいに大きかったが、よくあることなのか。すれ違う職員たちは気にしない。
というよりも、彼ら自身も忙しそうで気にしてられないというのが実情だろう。
「ああ、キルガさん。お疲れ様でした」
そんな彼に声をかけた女性がいた。キルガがソチラを見ると、銀髪ショートヘアの眼鏡美女――総合受付のレイリア=クローズが微笑んでいた。
「確か今日の初心者講習ってキルガさんでしたよね? レイヴン様が代わりにされたみたいてすが、何かあったのですか?」
レイリアの純粋な疑問に、キルガはカッと目を見開いた。
「そうなんですよ!
今日、受付で問題があって……いつものあれです。拠点変更手続きの」
「ああ、あの……それで今日、新規登録出来なくて困っていた新人さんがいましたよ」
「いやまったく、新規登録とは本当に分けるべきですよね」
二人は少しため息を付く。受付を分けてほしいが、人員と場所の問題もある。そして拠点変更手続きはそう数が多いわけではない。
ただ……ややこしくて問題が起きやすい。
「今日の冒険者も頭にきやすいタイプだったみたいで、いつ手を出すか分からない状態だったんですよ。だから、偶然近くにいた俺が待機しないといけなくて。
仕方なく、講習を代わってもらえるように他のやつに報告頼んだんですが」
まさか、それで副ギルド長のレイヴンが代わりになるとはキルガも思わなかった。しかし、あの上司が人手の足りないところをこうして裏から支えてくれるのは、珍しいことでもない。
(あの人厳しいから新米冒険者たちには悪いが……でも、あの人教えるの上手いし、ためにはなるから許してくれ)
キルガは顔も知らない新米たちに心の中で少し謝った。
レイリアは「なるほど。そうでしたか」とキルガを同情する目で見て、それからお礼を言う。
「いつもありがとうございます。キルガさんたちのような方がいてくださるから、私たち受付は安心して対応できます」
そんな率直で、お世辞抜きのお礼にキルガは「あ、いや……仕事ですから」とつまりながら答える。
彼はギルド職員の中でも戦闘技能を有した戦闘員だ。ダンジョンの監視や魔物の巣の討伐、さらには今回のように、問題のある冒険者からギルド職員や周囲を守る役目も負っていた。
仕事の一環。当たり前のこと……だが、こうして改めて礼を言われると少々照れくさい。それもレイリアのような美人からならなおさらだ。
「ふふ……あ、そうです。ならお食事もまだでしょう? これ、良かったらどうぞ」
レイリアが上品に笑いながら何かを差し出す。紙の包みからは少し甘い香りがした。
「チョコレート、ですか?」
「はい。友人からもらったんです。コーヒーに良く合うそうですよ」
と、そこでレイリアはちらとキルガの手元の書類を見た。まだ本格的な食事はできないだろうから足しに、とその目が語っていた。
彼女の意図を理解したキルガは、遠慮なく受け取った。
「それは……ありがとうございます。まじで腹減ってたので」
片手で軽く腹を擦ってから、キルガはようやく笑みを浮かべた。手の中の包みのように、彼の足音も軽くなったようだ。
「ちょうどレイヴン様のところに報告に行くところだったので、コーヒーもらいながら食べることにします」
昔は怖くて仕方なかったあの銀髪の上司と、最近は仕事の合間にコーヒータイム出来るようになった。
そして手のなかにあるチョコの包みの量は、二人でつまむのにちょうど良さそうだった。
レイリアがにこりと微笑む。
「はい、ぜひそうしてください」
重たく感じていた書類が、軽くなるようだった。
※前シリーズは↓コチラ↓からどうぞ。もうちょっと軽めの話です
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