アリス視点:お見合いの後で
私、アリス・フォン・ローゼシアは今日、ある方とお見合いをさせていただきました。
その方についてですが、イグナシオ伯爵家の五男ということ以外は何も知りませんでした。
お父様からは、「今日のお見合いは適当にやれば良い」という返答をいただくのみで、どうして良いかも分かりません。
実のことをお話ししますが、私はイグナシオ伯爵家の方とお見合いをした後、他の方ともお会いしなくてはいけないのです。
複数の方とお見合いをするなんて、と私は心の中では反対したい気持ちでいっぱいでしたが、お父様に口答えなんてできませんでした。
だからあの日、私は朝から憂鬱で、できる限り感情が表に出ないよう、イグナシオ家に失礼がないようにしよう、と必死になっていました。
でも、今となっては失敗ばかりが思い出されます。私は物心ついた時から、どうしても人と接するのが苦手なのです。
いつも新しい年が始まる時は、こっそり心の中で「もっと人と話せるようになりたい。社交的になりたい」ということを目標にしていました。
でも、今のところ達成したことはありません。いざ人前に出ると上手くいかないのです。
例えば挨拶をすることも、私にとっては難しいことでした。声をかけるのが怖くて、挨拶できたと思っても小さすぎて相手に伝わらなかったりします。
または反対に相手から声をかけられても、ちゃんと返せていたか、不快な返しになっていなかったか、そういうことが気になってしまいます。
もっと難しいのは会話です。私はなかなか、相手の方と目を合わせて話すのが苦手で、つい逸らしてしまう癖があります。
会話がどうしても続かなくなったりして、何がいけなかったのかを考えてみるのですが、結局答えが出ません。
両親や兄、姉からはそのことでよく注意されていました。もっと頑張れ、オドオドしてないでもっと堂々としろ、もっと取り繕えるようにならないとダメだ、と厳しく叱られます。
怒られる度、私は前に出ることが怖くなっていきました。相手が年上の方、目上の方でなくても緊張します。
花や作物のお手入れをしている時、読書をしている時のような落ち着きを、誰を前にしてもできたらいいのにと思います。今のところ私がしっかり話せるのは、弟だけなのです。
そんな私なので、お見合いをするというのはとても緊張しました。お話ししても失望される未来が頭に浮かんで、前日はなかなか寝付くことができなかったのです。
一番気になっていたのが、キースがとても怖い人だったらどうしよう、という不安でした。
でもそれは、彼と会ってお話しするうちに、雪解けのように消え去りました。
あの人は私が上手く話せなくても、何も気にする素振りがありませんでした。なんとなくのんびりしているというか、細かいことを気にしていない空気が、緊張だらけだった私を許してくれていました。
それでも庭園の案内をするときは、固くなってしまい……正直にいうと途中でどんなお話をしていたか、ちゃんと思い出せないところがあります。
でも、私は意外なあの人の趣味を知って、強い興味を覚えました。
皆様と一緒にいた時、キースは公のために用意した趣味を話していることがすぐに分かりました。
それは私もそう。貴族の社交の場においては、何より万人に受け入れられる自分を演じなくてはいけません。
ですから、そのこと自体は気にしていなかったのですけれど、心のうちに何か……不思議と気になるものがありました。
あの人に趣味について質問した時、私は心臓がドキドキして、どこかに隠れたい気持ちでした。
もしかしたら、恐れている心が伝わっているかもしれない、そう思うと逃げ出したい気持ちになります。
でも、その後に語ってくれたお話に、私は恐怖や緊張を忘れて感動しました。
遺跡と魔法のお話になると、目を輝かせて大昔の素敵な逸話を教えてくれます。それは知らない世界の話ばかりでした。
あまりに長く感じられていた時間が、どんどん早く進んでいきます。このお話をずっと聞いていたい、そう思えるほどに楽しい時間でした。
最後に、彼がこう質問してきたことを覚えています。
「アリス様は、夢はありますか」
「……夢……ですか。いえ、ありません。キース様……あ、キースはあるのですか」
私のことも、アリスって呼んでいただいて結構です、と思ったのですが口に出せませんでした。
彼はまるで涼やかな風のように、淡々とこうお返事をしてくれました。
「あります。探検家です」
「探検家?」
「はい。世界中の遺跡を巡るんです。それが僕の夢です。まあ、貴族にはできないでしょうけどね」
彼は世界中を巡り、多くの遺跡をこの目で見たいと仰っていました。そして売れなくてもいいから、本を書きたいそうです。
私は彼が夢の暮らしを手に入れている姿を想像して、なんだか楽しい気持ちになりました。
「いつか、できると良いですね。夢があるって、羨ましいです」
「アリス様にも、きっとできますよ」
その時くれた彼の笑顔は、こちらまで幸せにしてくれました。
別れ際のことです。もっとお話ししたいという気持ちが、心の中に膨らんでいることに気づき、なんだかとても驚きました。
部屋に戻ってからもずっと、キースのことが頭の中にありました。
もう一度会いたい、という気持ちを押し留めることができず、今は彼への手紙を書いているところです。
お父様とお母様からは、もうあの人と会うことはないと言われたけれど。このまま終わりにはしたくありません。
これは初めての、両親への反抗なのかもしれません。でも、きっと分かってくれると思うのです。
それよりも一番の心配は、彼が本当はもう会いたくないと感じているのではないか、ということでした。思い返すたび、失言があったような気がしてなりません。
実は嫌われていたらどうしよう。そう思うと怖いけれど、それでも勇気を振り絞って、もう一度お会いする機会をいただくつもりです。
どうしても手紙が上手く書けなくて、書き直しを続けています。今書いている手紙は四通目になります。
やっぱり今日の私は、ちょっと変かもしれません。




