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二人の出会い

 人は生きていくほど、時の流れを早く感じるようになる。


 前世の僕は歳のせいだと結論づけていたが、実際は違うかもしれない。


 十五歳の体であっても日々が過ぎるのはあっという間で、気がつけばお見合いの日になっていた。


 僕は特に事前準備をすることなく、朝は一人で着替えをして、他人事みたいに馬車に乗る。


 実際のところ、付き添う両親のほうがずっと緊張している。しかも馬車に乗っている間、延々と打ち合わせをやらされた。


「良いか、なぜ私を選んだのか? そう聞かれたらお前は——」

「あなたの慈愛に満ちた心に惹かれたのです……もう十分です。覚えました」

「ええい! お前はやる気があるのか!? これは一生に一度しかない好機であるぞ」

「そうですね」


 アンタにとっての好機だけど、と心の中で一言添える。というか、こんな質問をされるだろうか。質問も答えも何か微妙にズレているような気がした。


「とにかく! しくじるんじゃない。徹底的に好青年を演じ尽くせ! お前の本性なぞ、初対面の相手には分からんのだからな」

「僕が性悪とでも言いたいのですか。失礼ですね」

「黙れ! もし失態を演じるようなことをするなら、分かっているな。この家を追い出してやるぞ」


 これには怠そうに首を振り、返事をしなかった。内心、そっちのほうが美味しいかもしれないと思っている自分がいる。


 ただ、僕はもうすぐ学園に通う手筈になっている。約三ヶ月後だ。


 最低限、学園生活だけは送っておきたいと考えているから、勘当はもう少し先にしてほしい。


 そんなことを考えていると、王都グルガンの街並みが目に留まった。


 さすがは一流どころが集うと言われる都だ。花や木々に囲まれながらも、白い壁が輝く家が無数に立ち並んでいる。


 人の数も溢れんばかりで、前世の東京に近いくらい。


 でも、さらに奥へ奥へと進むにつれ、今度は人が減って宮殿のような建物ばかりになっていく。


 本当の富裕層が住む領域は、おいそれと一般の人々は入れない。所々に兵士達がいて、資格がない者は入れてもらえない。


 見上げんばかりの門に馬車が止まった時、顔や体に無数の傷痕を残す騎士達に囲まれた。


「ロドリゲス様ですね。話は伺っております。奥へどうぞ」


 ローゼシアの騎士は一言いうと、すぐに定位置まで戻って周囲を見張っている。


「ふん。いけすかん若造だが、流石は公爵家といったところか。警備はそれなりらしい」

「あなた、聞こえますよ」

「構うものか」


 父は門番の威圧感に誇りを傷つけられたらしい。ほんの微かなことを、いつだって根に持ってしまう男である。


(しかし、本当に大きな家だな)


 僕はローゼシアの庭から家までの道に感激していた。よく整備された芝生にある一本道。遠くに見える邸がなかなか大きくならない。


 十分以上進み続けて、ようやく赤い屋根の城を思わせる建物が変化を始めた。


 さらに進み続け、イグナシオ家とは比較にならないほど広大な屋敷に到着した時、父は感嘆のため息を漏らす。


 馬車から降りた僕たちを待っていたのは、執事と警備の騎士達、それからメイドが十人ほど。


「おや? フランソワ公爵はおられぬのかな」


 すました顔で父が問いかけると、執事は淡々と奥の庭で待っていることを告げてきた。


 プライドの高いロドリゲス伯爵からすれば、これは屈辱だったに違いない。こういった集いの場では、まず代表同士が挨拶を交わすのが礼儀である。


 そういった貴族間の常識を無視されたのは、父が相当下に見られているから。ちょっと可哀想な気もするけれど、実際両家はまったく対等じゃないことは明らかだった。


 母もまた気分を害したようだが、父ほど顔には出ていない。僕は想定していたことだから、特に気にはならない。


 執事に案内されて奥の庭へと進むと、白いパラソルとテーブルがいくつもある、花に囲まれた美しい場へと案内された。


 待っていたのは、白いライオンのような髪をした男と、赤いドレスを纏った美しい女と……僕がゲームでよく知る彼女だった。


「おお、ロドリゲス伯爵。よく来てくれたな」


 ライオンのような男が、威圧感が滲み出る笑みで近づいてくる。すると父の威勢があっという間に吹き飛んだ。


「こ、こちらこそでございます。この度お会いすることができて、息子に尋常ならざる機会を与えてくださったこと、感謝がつきませぬ」

「そう改まらんで良い。ふむ、お前がキースか」

「はい。キース・ツー・イグナシオです。十五歳という若輩ではありますが、何卒よろしくお願いいたします」

「うむ。さあアリスよ、挨拶をしなさい」

「はい」


 涼しい声色だった。長い銀髪を靡かせた少女が、静かにこちらに歩を進め、漆黒のドレスの裾を指で摘み上げる。


「アリス・フォン・ローゼシアです」


 この時、周囲がざわついた。見慣れているはずのメイドや騎士、また邸勤めの人々が惚れ惚れとしている。


 父や母も、氷の結晶を思わせる美貌に唖然としていた。


 僕もこの時ばかりは言葉を失った。あの絵画は出来過ぎじゃない。むしろ実物はもっと華で溢れている。


 ただ、同時に一つ気になったことがある。洗練された動きに見えるのだが、彼女のお辞儀と挨拶は何かズレがある気がした。


 この微かなズレから、彼女に奇妙な秘密を感じた。


 フリーズ・ファンタジーで暴虐の限りを尽くした、悪役令嬢へと変貌する一端かもしれない。


 いや、さすがに考えすぎか。


 とにかくこの時、未来の彼女を知らなかったなら、きっと僕も心を奪われていただろう。


 だが、とてもそんな気持ちにはなれないほど、原作での彼女は凄まじい。


 恐らく、アリス・フォン・ローゼシアはこれから覚醒する。


 どうしても僕は、彼女の側にだけはいたくないと思っていた。

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