魔力瞑想
自分の中にある魔力に意識を巡らせる。
ゆっくり呼吸しながら、魔力の流れをひたすらに追いかけている。
これは一種の瞑想法だが、恐らく現代ではほぼ行われていないと思う。
実はこのやり方は、古代遺跡の壁文字を読んだ時に知ったものだった。
魔力の流れを上手く掴み、あらゆるやり方で外に放出する行為こそが、魔法というものの正体らしい。
つまり魔力の流れを普段からいかに感じ、いかに高めるかが重要だと、そういう前置きとともに瞑想法が書かれていたっけ。
このやり方を続けて五年以上経つ。最初は何も変化を感じなかった。
でも一年すると微かに魔力を感じるようになり、二年目で体の芯まで力が巡っていることが分かった。
三年目になると、魔力の流れがいかに複雑で、いかに放出するまでに沢山の過程を経ているのか理解できた。
四年目になると、血管よりも複雑な魔力の流れを、ある程度自由に動かせるようになる。
そして五年目になった頃、どういうわけか気づいた。魔力は内にあるものばかりではない。外の世界に絶えず漂っていると。
さらに、その魔力を少しずつ体に取り入れることができた。酸素を吸うように、自然に体の中に招き入れていく。
ここで不思議なのは、取り込んだ魔力は呼吸とは違い、吐き出す必要がないことだった。
一体このまま取り込み続けたらどうなるのだろう。好奇心が尽きない。
身体中が熱を帯びている。恐らく僕の周囲には、何かしらの光が見えているはずだ。
魔力瞑想を始めてから、すでに三十分は経過している。でもまだ終わるわけにはいかない。
むしろここからだとばかりに、僕は体を後方へと仰け反らせていく。
静かに緩やかに後ろに倒れながら、魔力の流れをより激しくする。
そして完全に寝そべる姿勢になった。側から見れば昼寝としか思えないが、これもまた鍛錬だ。
僕は見た目ほど呑気ではない。魔力を扱いながら、いつか戦うことになるかもしれない魔物や、時には人間との戦いを想像して魔力を巡らせていく。
無だった心にしばらく戦の火をつけた後、今度は空に海、山に森、谷に川といった自然を思い描てみる。
穏やかな気持ちに戻していく中で、魔力の流れもまた変化する。そうして自己と向き合いつつ、約一時間が過ぎた時、僕はようやく体を起こした。
心身ともに生まれ変わったような爽快な気持ちになる。これを毎日続けているだけで、魔力が高まるのだという。
確かにここ最近では、魔力切れと呼ばれるガス欠状態を起こさなくなっていた。
効果があることは自覚しているけれど、一体どこまで力がついているのかは分からない。
前世の経験上、自分が物凄く力をつけたと思った時、いざ試してみるとそうでもなかったということはよくある。例えば学校のテスト勉強とか。
だから過信しちゃいけない。立ち上がると、近くにいた町民達がこちらを見つめていることに気づいた。
「あ! キース様、お目覚めですか」
「なんとまあ、気持ちよく寝てらっしゃいましたね」
「お兄ちゃん、おはよー!」
僕は苦笑してみんなに挨拶を返した。まあ、確かに眠っているようにしか見えないんだよな。
最初はおじいちゃんとおばあちゃん、それから男の子だけだったが、しばらくして他のみんなもやってくる。
いつの間にか僕は囲まれていた。最近じゃよくあることだ。少し話をしたかったけれど、用事があるから抜けることにした。
まだやるべきことは残っている。できれば早めに済ませたい用事だ。
◇
ライラックの町を出て、飛行の魔法を操り北へと向かう。
山をいくつか超えた先、イグナシオ領なんてとっくに超えた場所に、ポツリと佇む家があった。
いかにもRPGにありそうな、曰くつきの家って感じだ。
とても強そうな魔物ばかりが出る土地に、たった一軒だけ家があって、そこにいかにも弱そうな老人だったり家族が住んでいたりする。
ゲームの世界にはそんな不思議な設定があるんだけど、フリーズ・ファンタジーと同じこの世界にも、やはり似たような場所があった。
草原の真ん中にある一軒家は、誰もいないような雰囲気を纏っている。でも、留守じゃないことはもう知っていた。僕は何度もここに足を運んでいる。
扉をノックすると、逞しい男が二人現れた。もう見知った顔で、彼らも僕と分かると警戒を緩める。
「君も物好きだね。あの子は奥にいるよ」
「具合は?」
「今日はちょっと良くねえな。咳が多いし、ほとんど食事もできてねえ」
二人の男は対照的だ。一人は紳士的で、もう一人は野蛮な空気があった。そしてどちらも手練れの匂いがする。
僕は招かれるまま部屋に入ると、陽光に照らされた家の奥にある、小さな個室へと向かった。
扉の前でノックすると、か細い声で「どうぞ」という返事が来た。中に入ってみると、その男の子はやつれた顔に笑顔を浮かべる。
「キース。来てくれたんだね」
「やあ、疲れてるのかい?」
その少年は、まだ七歳くらい。幼い顔は頬がこけていて、目の下にクマが浮かんでいる。名をヒルデという。
この子は不治の病に犯されていて、死が迫っている。そうこの世界の医者代わりである司祭に言われている。
返事をするより先に、ヒルデは何度も咳をした。吐きそうになるまで咳き込み、おさまると寒気と頭痛がくる。
僕は彼の背中をさすってやる。骨の感触がはっきりとあり、以前よりもさらに痩せたことが分かった。
「実はさ、とってもいいものを見つけてきたんだ」
「え、なあに?」
咳が一時的におさまった時、僕は懐から小さな人形を取り出した。
「うちの領地の湖にさ、遺跡があるんだよ。そこでこんな物を見つけた」
「わああ、かっこいい」
ヒルデはどこかの騎士のような人形を、キラキラした瞳で見つめる。
「ねえ、遺跡でどんなことがあったの」
「大変だったよ。何しろゾンビが出てきたんだ」
「ゾンビ?」
僕は時おり大袈裟な仕草をして、できる限り面白くなるように工夫して話をした。
いつになく興奮気味のヒルデだったが、病によって奪われている体力は深刻だった。
気がつけば息を喘がせ、寝たまま動けなくなっていた。
「まあ、そんなことでこの人形が手に入ったってわけだ。じゃあ僕はそろそろ帰るよ。これ、君にプレゼントだ」
「……え? 貰っていいの?」
「ああ。僕は剣士って柄じゃないからな。案外、君のほうが似合うよ。いつかこんな騎士になってるからもしれない」
「僕、大きくなれるかな」
「なれるさ、自分を信じるんだよ。それが何より大事なんだ」
「また……来てくれる?」
「もちろん。じゃ、おやすみ」
僕は名残惜しそうな少年に手を振って、重い空気が漂う部屋を出る。そのまま家を去る間際、口が悪いほうの男に小さな袋を渡した。
「なんだこりゃ?」
「それ、薬なんだ。今日からあの子に飲ませてやってくれ。一回の食事で一錠、必ず」
彼は訝しげに袋を眺めていた。湖の遺跡で見つけた薬は、彼の目には胡散臭く映ったかもしれない。
「薬ぃ? 効果なんてねえよ。大司祭ハバルでも治せなかったんだぜ」
「大丈夫。効果は保証する」
これは原作中にも登場した万能の秘薬だ。ただ、効果が出るまでに時間がかかる。
「分かりました。必ずそのとおりにしますよ。私達も、できる限りのことはしました。これで最後の悪あがきかもしれませんが、やるだけやってみます」
礼儀正しいほうの男が、苦笑いしつつ首肯した。
ヒルデは、原作の本筋には絡まない。でも、彼が幼くして亡くなってしまうというゲームの一場面を、僕は覚えていた。
だから救いたかった。世の中にはどうにもならないことがいっぱいだけど、せめて僕にできることはやっておきたい。
この程度の改変で、未来が暗くなることはない筈だ。
大きな理由があるわけではなく、僕はただあの子を助けたかった。