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姉とメイド

 僕は正しい道を探すことに夢中だった。


 携帯していた袋から手帳を取り出して、簡単な地図を作って進み続ける。


 多分一時間ほど経過した頃だろうか。苦労した末、ついに正しい進み方を見つけた。


 それにしても入り組んでいるというか、数えきれないほどループしていたっけ。


 でも、この地図は後でしっかり書き写して、大事な資料にしようと思う。


 僕はこの世界ではモブだ。だから好きに生きていくことができる。それが今は堪らない。


 大きな使命もなく、貧しい状況に苦しむわけでもなく、やりたいことが明確にある。


 前世では大きな使命などというものはなかったけれど、代わりに生活苦に参っていたものだった。


 気がつけばあんな終わり方をしてしまったし。


 死が迫った頃のことは、思い出すだけで憂鬱になりそうなので、遺跡の先に進んで忘れることにした。


 好奇心のままにただ歩き続け、ようやく地下へと続く階段を見つける。


 降りていった先には白い橋と床があり、周囲は水に囲まれていた。橋の向こうには小さな祭壇がある。


 橋を渡りきってみると、祭壇の奥に宝箱があることに気づいた。


 それは青地に金色をした宝箱で、何か特別な空気が滲み出ているようだ。


 箱の前にある床には、古代文字が刻まれていた。


「ここに辿り着いた者へ。幾多の迷路を乗り越えたそなたには資格がある。世界に災いをもたらさんとする悪辣な者でなければ、この魔導書は好きに持ってゆくが良い」


 大昔に魔導書を所持していた存在は、意外にも宝を持ち出すことについて寛容らしい。これは他の魔導書の持ち主も同じだった。


 これまでの道のりを超えたことで、資格を得ているということか。でも古代文字には続きがある。


「もし、其方が世に害をもたらす存在であるならば、いつしか魔導書はその手を離れ、悪意に満ちたその身はたちどころに破滅へと向かうだろう。心せよ」


 怖い忠告だ。ここに刻まれている「世に害をもたらす」とは、どういう行為を指すのだろう。


 一般的な悪事に手を染めなければ大丈夫、という認識で良いかは定かではない。


 大昔と今の認識や思想には、けっこうな違いがある気がする。不安ではあるものの、僕は魔導書に手を伸ばした。


「僕は僕なりに、正しいと思う生き方をする」


 もし罰せられるのなら、その時はその時だ。それともう一つ、宝箱の奥に小さな袋があることに気づいた。


「これか」


 実はこの袋も、どうしても手に入れたいものだった。中には何十錠もの薬が入っている。


 古代でしか作れなかったこの秘薬は、壁文字を読むに凄まじい効果があるらしい。その詳細についてはまた今度話すとしよう。


 目的を達成したので、後はのんびりと帰るだけ。帰り道は楽なもので、もう覚えた道のりを淡々と歩き続けた。


 その間、自分が今後どんな魔法を覚えるか、そして遺跡や魔法についての本を書く想像を膨らませていた。


 実は、僕には一つささやかな願望があった。遠い先のことではあるんだけど、自らが得た遺跡にまつわることを、本にして出版しようと思っている。


 あまり売れなくてもいい。形にして残したかった。


 中身はどのくらい大きくて、タイトルはこういうので……なんて、未来のことをぼんやりと夢見ている時だった。


「キース! キースー! いるなら返事して」


 女性の声が遠くから響いている。覚えがある声だ。でも、まさかこのような場所にやってくるなんて。


 あの人を甘く見ていたらしい。大声の主はイグナシオ家の長女、リディア姉さんだ。


「姉上ですかー、ここにいますよ」

「キース!? いるのね、どこー? え……え」


 ああ、どうやらループにハマったらしい。しょうがないから一旦戻るか。


「姉上ー! 階段の前でお待ちください」


 うちの姉はおせっかいで世話焼きで、その行動力ときたら凄まじいものがある。


 でもダンジョンという空間では、僕の半分も動けないだろう。


 茶髪のサイドテールと柔和な顔つきをしているが、気が強く活発な人である。


 階段のところに戻ると、なぜかバスケットに棍棒という不釣り合いな物を手にした姉さんがいた。武装したつもりらしい。


 さらには槍と盾を持ったメイドもいる。名前はメイといって、僕やリディア姐さんによく付き添ってくれる。でも、まさか遺跡まで付いてくるとは意外だった。


 ちなみに彼女は黒のショートカット。前世の日本人に近いので、なんとなく親しみやすい。


「キース! ダメじゃない! こんな危ない場所に一人で来るなんて!」


 ぷんぷんと怒り顔の姉と、静かにお辞儀をするメイド。僕は二人に苦笑いするしかない。


「すみません。でもここにはとても素晴らしいものがあって、今見つけ出さないと、きっと後悔すると思ったのです。ただ、ちょっとだけ安心しましたよ。優秀な護衛が同行してくれて」


 メイは出自を明かさないが、戦いの腕は相当なもので、何度か魔物を倒したところを見ている。


「あなたの趣味は理解しているつもり。でも一人で行くなんて危ないでしょ。ただでさえ年々、物騒な魔物達が増えているのよ。ここにだって現れないとは限らないわ」

「おっしゃるとおりです。目的の物は手に入れましたので、もう帰ることにしましょうか」

「え? 一体何を——」


 この時、メイドが僕らの会話に割って入る。


「失礼します。魔物の気配が」

「まあ!」

「おっと。さっき倒したばかりだっていうのに、アイツらときたらしつこい。では僕が蹴散らしていきますから、メイは姉上を頼むよ」

「承知しました」


 姉上は慌てていたが、メイは落ち着いている。


 僕は来た道を戻りながら、鼻歌混じりに魔法を使う。奴らが迫ってきても気にしない。一秒でも時間があれば十分だった。


 白い光が全身を包み、やがて周囲に拡散していく。神光聖域の応用で、自分を中心に聖なるエネルギーを拡散させている。


 さっきよりも獰猛になっていたゾンビ達が沈黙するまで、さして時間はかからなかった。

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