主人公達の襲撃
「お下がりくださいアリス様! 危険です!」
「離して! ひーくん、ひーくんが!」
騎士の一人が、死に物狂いで細い体を掴み、先に進ませまいとしていた。
ヒルデ・フォン・ローゼシアが住んでいた家は崩落し、黒く禍々しい煙が空へと登っている。
「下がっていろ。この俺が化け物を倒してみせる」
「その意気ですわ」
アリスの視界いっぱいに映っていたのは、グルガンの聖剣を手にしている男と、世を浄化する聖女と呼ばれた女。そして全身の肌が青色に変化した弟だった。
この日、ヒルデの家に物資を届ける予定があり、アリスは以前と同じように同行していた。
元気になっていた弟は、もうすぐ元どおりになるはず。そう胸に希望を抱いていた矢先のことだ。現地に到着した彼女達が見たものは、まるで地獄であった。
ほんの数分前のことだ。急に慌てた顔をした使用人たちが逃げ出し、家が派手な爆発を起こした。
すぐ後を追うように出てきたのは、家の警護として雇っていたドライとズィーベンだったが、彼らは血まみれになっていた。
そして前のめりに倒れると、どういうわけか赤黒い半魚人のような姿になり、煙と共に消え去っていった。
これだけでも信じ難いことだったのに、次から次へと奇怪な出来事が続く。
その後、すぐにジュリアンとレスティーナが家から脱出した。どうして二人がこの場にいるのか、アリスは訳もわからず混乱しきっていた。
ただ一つ明確に分かることは、後から姿を見せた弟が豹変していたことだ。それも並の変わりようではない。奇怪な肌をもつ悪魔となって。
そして今……かけがえのない弟を、聖剣を持つ男と聖女が討伐しようとしている。
「お願いです! 弟を、弟を切らないで!」
「アリス様……みんな! アリス様を安全な場所へ!」
騎士達は数人がかりで、アリスをこの場から引き剥がそうとする。抵抗しつつも無理やり引き剥がされ、彼女は必死に叫んだ。
(後ろで変な奴が喚いているな。まあいい、こいつを切りさえすれば、俺は完成する)
ジュリアンは白い剣から、眩い黄金の輝きを発した。荒い息遣いでただ呆然としていたヒルデは、その輝きに怯えて後ずさる。
「今ですわ!」
「おおよ!」
ジュリアンは俊敏な動きで少年に飛びかかった。そして何の躊躇もなく、聖剣を振り下ろしたのである。
ヒルデは斬撃をまともに浴びて、その体から血が飛び散った。しかしまだ致命傷ではなく、呻きながら逃げ出した。
「待て、逃げるか貴様!」
ジュリアンは走る少年を、容赦なく追いかける。
実はこの時、原作では描かれていない変化が起こる。邪悪を払う者と呼ばれる主人公の姿もまた、徐々に変化をきたしていた。
相貌が赤くなり、全身から殺気がみなぎっている。白き剣身は灰色に変わり、黄金の輝きは黒い不吉な光となった。
聖女レスティーナは、彼の明らかに異常な変化を目にしたが、表情ひとつ変わらない。それが自然なことでもあるかのように。
実はこの日、原作においても怪物化したヒルデはジュリアンに倒されている。キースが薬で治そうとしたことも、まるで運命には意味がなかったとばかりに、まったく同じ日、同じ時間帯であった。
運命としか言いようがない悲劇は続く。ジュリアンは怯えて逃げるだけのヒルデを、後ろから何回も切りつけた。
「ああ!」
少年の口から悲鳴がもれ、そのままうつ伏せに倒れた。人を超えた耐久力があるのか、まだ息をしている。
「しぶとい奴だ。だがそれも、これで終わりだ」
ただ、この偶然は全てが一致したわけではない。本来、この場にはアリスは間に合わなかった。キースと出会ったことで、時系列が大幅に乱れたのだ。
原作では無惨な遺体となったヒルデを目にして泣き崩れた後、とうとう心が壊れジュリアンとレスティーナへの復讐を誓う。
それが本来の流れであり、プレイヤー達が知らない歴史である。
「やめて、やめて!」
普段から抑え続けていた感情が、とうとう爆発した。同時に、氷の令嬢としての力が姿を現す。
細い体に宿っていた白い光が、騎士達を吹き飛ばした。彼らは尻餅をついたが、すぐに起き上がり令嬢を止めようとした。
だが、ここは彼女のほうが速い。必死にヒルデを止めようと走るアリスに、今度は聖女が立ちはだかった。
「あらあら、どうなさったの」
「どいて!」
「お転婆なお嬢様だこと」
アリスは今偶然に手にしたばかりの光を体に纏わせながら、レスティーナの側を通り過ぎようとした。
「あっ……」
だがすれ違いざまに首筋に鈍い衝撃が走り、力が抜けて前のめりに倒れてしまう。
聖女が手にしていた杖で、白く細い首を打ったのだ。その一撃でアリスは気絶してしまった。
「危険ですのに。さあ護衛の皆様……こちらの方を避難させてくださいまし」
騎士達はよろめきながらも、言われたとおりにアリスの側に駆け寄るべく走っていた。この一部始終を、ジュリアンは横目で観察し……そして笑っていた。
「ふん。こんな化け物を、どうしてそんなに気にいるかね。さて、殺すか」
「あ……う……」
ヒルデはうめきながらも、ジュリアンの目を見つめていた。まだ瞳には理性があり、涙が横につたっていた。
「おやおや、泣いているのか。安心しろ、向こうの世界には先客がいるからな。お前の死が俺には必要なんだ。いい加減諦めろ」
灰色の刃が、少年の首を切り飛ばす——勢いも狙いも確かなもので、やはり運命は変わらないものと思われた。
しかしジュリアンの剣は止まった。正確には、止められたのだ。
「ぐ……ぐぐ」
「遅くなった、すまない」
灰色の刃を止めたのは、青と銀で輝く刃だった。キースは右手に持った剣で、ジュリアンの全力を止めている。
アリスの剣を持つ、原作では何の役割も持たない男。そんな男が今、全てを塗り替えようとしていた。




