アリスの感謝
だが、人というのは往々にして、徐々に我に帰っていくもの。
僕はいつしか自分ばかりが語り過ぎていることに気づき、またやってしまったという後悔の念が押し寄せてきた。
地上に出てみんなの元に帰ってきた時、少しずつ夢から覚めたような気持ちになっていた。
「遅かったな、二人とも」
意外にも、一番先に声をかけてきたのはフランソワ公爵だった。娘の身を心配していたのか、ローゼシア家の人々は皆慌てていたらしい。
もし後少し帰るのが遅かったら、和気藹々とした見合いの雰囲気は消し飛び、大至急捜索するように命令が下されていただろう。
反対にイグナシオ家の両親は、心配というより苛ついている。五男の身勝手で恥をかかされている、という怒りが父と母から滲み出ている気がした。
僕を心配していたのは姉上とメイの二人だけ。でも姉上は、アリスが大事そうに遺跡の人形を抱きしめている姿を見つけるや、心配から一転して喜びに変わっていた。
「まあ! その人形はつまりアレね、あそこに行ったのね?」
「ええ、アレです」
「やるわねー! 貴方だけよ、こんな大胆なデートプランを考える人なんて」
僕が答えると、姉上は興奮しているようだった。
「本当は行く予定はなかったんです」
「嘘ね! 照れちゃって。キースは本当に策士よね。アリス様、湖でのひとときはいかがでしたか」
爽やかな声に当てられて、アリスはコクリと頷く。
「……はい。その……今日のことは、忘れません」
鈴の音が周囲に響いたようだった。いつもより晴れやかで涼しげな声に、大勢で控えていたローゼシア家の面々がざわつく。
「時間だ。そろそろ引き上がるとしよう」
フランソワ公爵の声が、いつにも増して重々しい。父は明らかにその声に狼狽え、アリスは小さく震えた気がした。
「いやー、この度は本当に素晴らしい時間になりましたなぁ。是非是非、これからも末長く——」
「この後も行事が詰まっている。悪いがここで失礼する。アリス、早く来なさい」
「は、はい」
父が機嫌を取ろうとしたが失敗に終わった。それにしても公爵殿は手厳しい。少しくらいは顔を立てようとするものだろうに。
挨拶も満足にするつもりもない。白きライオン貴族は背を向けてスタスタと歩いていく。
彼の怒りは、見合いの場で自分の意図しないことがあったせいか。それとも、何か失礼でもあったのか。
その答えは今すぐには分からない。フランソワ夫人に続くように、アリスもまた小走りに後に続こうとした。
だが、細身の体が動きを止める。なぜか彼女は振り返ると、こちらに急ぎ足でやってきたのだ。つまり僕の前に。
「キース。今日はその……本当に、ありがとう。楽しかった、とても」
「こちらこそ。君と出会って話ができたのは、僕にとっても素晴らしい時間だったよ」
「このお人形も、大事にする。それと……もっと知りたい。……キースの……えっと、遺跡……とか」
「うん、またお話ししよう」
そんなに遺跡のことが知りたいのか、参ったな。僕も話したくて堪らないが、あまり彼女と交流が増えてしまうのはまずい。
これ以上親睦を深めようものなら、きっと原作の本筋に巻き込まれてしまうだろう。それは避けないといけない。だってただのモブなんて、いつ死んでもおかしくないんだから。
「そうだ。この剣、返さないと」
「あ……ううん。それはあげる。つまらないものだけど」
「本当に?」
「うん。次はもっと、ちゃんとした、」
「アリス!」
公爵の一喝で、彼女は固まってしまった。
「待たせるんじゃない。早く来なさい」
「はい、お父様」
急いで戻らなくてはいけなくなったが、彼女は最後に僕にしっかりとお辞儀をしてくれた。
こちらも礼にならって返したかったけれど、これ以上フランソワ公爵を怒らせることは、両家にとって深刻な事案に発展しかねない。
案の定、父上と母上はオロオロとしている。精一杯の機嫌を取ろうと挨拶に出向いて行った。
僕もまた馬車を見送ろうとしたが、ローゼシア家の馬は待ってはくれず、挨拶もろくにさせてもらえなかった。
この後は、父と母の怒りがこちらに向くのだろう。別に構わないと思っていた。
「キース様、お見事でございました」
そんな大騒ぎの中、なぜかメイドのメイだけは静かに、僕の健闘を讃えてくれる。
「盛大なやらかしだったって話かい?」
「いいえ。キース様は見事に、アリス様との仲を深めておられます。お二人のお気持ちだけで言えば、すでに婚約は可能でしょう」
「……は?」
そんな馬鹿な。僕のことを、アリスがそこまで好きになっただろうか。どちらかと言えば、遺跡のほうに興味津々だったじゃないか。
「それ、私も思ったの! 良かったじゃない。もう決まりね!」
どうやら姉上も同感だったらしい。
もしかしたら二人は、去り際のやり取りで判断したのかもしれない。でも男女のそれは外から見るよりずっと複雑で、簡単にいくものではないのだ。
僕は前世でも、そういう経験を何度かしている。
デートが上手くいったはずが、次の日には連絡が取れないとか、よくあったことを思い出してしまう。
ああ、なんて悲しい前世だったろう。しかしその経験もあってか、僕は思い込みに縛られずに済んでいる。
今回のお見合いは、ただ遠い友人としての認定をされて終わったはずだ。
帰り際、父の怒鳴り声を聞いていたが……不思議と気にならない。なぜか彼女の顔が浮かんだままだ。
そんな自分に戸惑いを覚えていた。




