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コミュ症裏ボス悪役令嬢は分かってくれない!〜魔力が無限で、世界で一人だけ幻の古代魔法を使えても、モブはやっぱりモブなんです〜  作者: コータ


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ありえないデート

「あれはなに?」


 アリスの視線の先に、小さな茂みがあった。そこには地下へと続く階段がある。


 僕はあれがなんだか知っているし、前回の探索で行きそびれた場所でもある。


「この近くに大きな遺跡があります。恐らくですが、あの階段の先は遺跡に繋がっています」

「キースは、あの先を知ってる?」

「いいえ。今度行こうと思っていたんです。先日探索した時は、姉に連れ戻されましたから」


 階段の向きからして、恐らく遺跡の別ルートに繋がっていることは容易に想像ができた。


 フリーズ・ファンタジー世界の特徴として、こうした隠し通路的な場所にはレアなお宝があったりする。なのでお楽しみとして、後にとっておいたんだけど。


「ねえ、ちょっとだけ見てもいい?」

「構いませんよ」


 なぜかアリスが興味を持ったらしい。僕としては、遺跡に惹かれる人が増えることは嬉しいので、船から降りて近くで見せてあげることにした。


「いろんな文字が書いてある」


 彼女は大きな階段や壁に刻まれている文字を、子供みたいに興味津々に眺めている。ここで僕の説明したいという欲が疼いてしまった。


「この先には希望と絶望が待つ。悪しき者には悲惨な末路が、正しい者には価値ある道となるだろう……と書かれているんです」

「す……凄い」


 令嬢は素直に感動していた。こうした古代文字に関心を持ってくれる人は少ないので、ちょっと嬉しい。


「もしかして、ここが【希望】で、ここが【絶望】?」

「よく分かりましたね。そうです、つまり希望と絶望というのは、古代文字ではほんの一片を書き換えただけに過ぎません。細かく見ていくと、古代人は一つの文字法則に従って書いていることが分かります」

「どんな法則? 知りたい」


 さらに興味をひかれたようだ。もしかしたら、これはまずい兆候かもしれない。前回の遺跡トークが再発してしまう可能性がある。


 そう思いちょっとばかり躊躇していたら、彼女が階段の向こうを覗き込んでいることが分かった。そして振り返ると、こんな提案をされてしまう。


「ねえ、少しだけ降りてみない?」

「確かにこの先には惹かれるものがありますが、今日という日にはふさわしくない場所ですよ。僕はあなたの護衛と、ちょっとした壁文字の説明をするくらいしかできることが……」


 遠回しにやめておきましょう、と返事をしたところ、どうやら伝わったらしい。


 ただ困ったことに、彼女は分かりやすくしゅんとしてしまった。しかし、さすがは未来の極悪令嬢になる娘。簡単には引き下がらない。


「どうしてもダメ? その……もっと、知りたくて。後少しだけ……」


 上目遣いにこちらをみて、悲しそうな表情を浮かべる。小動物の可愛さが溢れ出し、僕は内心脅威を感じた。


 きっと、この仕草に誰もがコロッと騙されたのではないか。


「この先にはきっと魔物がいますよ。あなたのお願いを叶えたい気持ちでいっぱいではありますが、危険すぎます。当然ながら僕は、今日武器を用意していません」


 実際のところ僕は魔法を主とするタイプなので、武器を携帯している必要がない。ただ、この場で正直に告げる必要はなかった。


 このほうが諦めがつくだろう、と思っていたのだが。彼女は予想とは違う行動に出た。


 何かを決心したかのように、静かに瞳を閉じる。小さく魔法の言葉を呟くと、青く白い氷の輝きが周囲に巻き起こった。


 アリスが最も得意とする、氷の魔法が発動しているのだ。


 そして、小さな青い光の玉を二つ作り出し、桃色の唇から微かな吐息を吹きかける。


 すると一つは青く輝くつるぎに、もう一つは丸い鏡のような盾になった。


 この魔法には驚いた。彼女は原作で氷の武器や防具を作り出す魔法など使ったことがない。というより、そもそも原作では登場したことがない魔法だ。


 氷の剣と氷の盾、とでも呼ぶべきか。それは淡い光を放ち、涼やかな風を自然に生み出しているようだった。


 グリップにあたる部分は、氷とは違う材質のように見える。実に興味深い。


 アリスは出来上がった氷の剣と、氷の盾を手にすると、


「これでいい?」


 と哀願するように尋ねてくる。


 本来であれば断るべきだ。そうであることを僕は理解している。


 しかし、彼女が作り出した剣と盾、そして未知なる魔法を見てしまい、好奇心が理性を凌駕している。


 この剣と盾はどれほど耐久力があるのだろう。剣の切れ味は? 持続時間はどうか。それから、他にも彼女は何かを生み出せるのか。


 次から次へと興味と疑問が湧いてくる。


 こっそりと茂みの奥、反対側に映るイグナシオ家とローゼシア家の様子を伺ってみた。


 どうやら、ここからはよく見えないようだ。僕は近くにある木の枝を手にすると、両家からよく見える場所まで歩いて地面に突き刺した。


 それから、イグナシオ家の騎士を思わせるような家紋が描かれた旗を枝に巻いて、向こう側に手を振ってみる。


 これはかつて大昔に、戦いで陣地を構築した際に行なっていた仕草だが、昨今ではただ【ここで休憩をする】といった意味合いで行われている。


 向こうも理解しただろうし、帰ってくるのが遅過ぎて心配する、ということはなくなるはず。


 僕は彼女のところに戻り、安心させるべく笑顔を見せた。


「先方に合図を送りました。では将軍、いざ戦場へ向かいましょうか」


 冗談まじりに同意したことを伝えると、アリスはホッとしたと同時に、徐々に弾けるような笑みへと表情が変わっていった。


「……ありがとう」


 その一言は、他のどんなありがとうより胸に残った。


 そして僕らはあろうことか、お見合いの最中にダンジョンに潜っていったのだ。

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