令嬢からの手紙
アリスとのお見合いから三日が過ぎた。
父ロドリゲスはいつにも増して僕を邪険にするようになっていたし、家族達からの視線はいたって冷ややかなもの。
きっとお見合いは破談となったのだろう。全否定されたような気がして悲しいけれど、こればかりはアリスが決めることだ。
ただ、あの遺跡トークだけは本当にいらなかった。あまりに趣味を語り過ぎた痛々しさに反省しきりだ。
恥ずかしい気持ちが膨らんできたので、庭のベンチに腰掛けて気持ちを沈めていた時のこと。
ちょうど用事から帰ってきた姉上とメイが、僕に声をかけてきた。
「キース。珍しいわね、ここであなたがぼーっとしているなんて」
「キース様、おはようございます」
「姉上、メイ……おはよう。ちょっと家の中にいる気分じゃなかったんです」
この時、姉上が少しだけ悲しげな顔をした。メイも察したのか、目線を芝生に落としている。
「お見合いのこと? 何も気にすることはないわよ。まだ結果は分からないし、ダメだったとしてもあなたは悪くないわ! 縁がなかっただけ」
「はい……大丈夫です」
僕が落ち込んでいると思った姉上が、優しく声をかけてくれる。
ちなみに姉上のほうは順調で、式の日取りも決まろうとしていた。僕の姿を見て、自分だけが幸せになってしまうようで、申し訳ないと感じているかもしれない。
「お気遣いいただきありがとうございます。でも恐らく、あのお見合いは進展しないでしょう。僕はもう立ち直りました。それよりも、姉上の結婚式が今から楽しみです」
「キース……」
強がりと思われただろうか。誤解を正すというのは、時としてなかなかに難しい。
こんな風に、姉上とメイだけはいつも親切にしてくれるが、二人はもうじき家からいなくなってしまう(メイは姉上の世話係として、一緒に相手方の邸に移り住む予定だ)
だから結果的に、僕は孤立することになる。
でも、あと半年もすれば学園生活が始まる予定だったし、それまでの我慢と思えば大した問題ではなかった。寮生活が始まるからだ。
学園生活が終われば、父に勘当されようが許されようが、結果的に僕は家を出るつもり。その時こそ本当に自由な、新たな生活が始まると思っている。
だからこそ、今はできる限りの準備をしておかないと。そう思い午後の予定を考えていたら、なぜか父が慌てたようにこちらに駆けてくるのが分かった。
父ロドリゲスがやってくると、姉上の顔は急に無表情になる。しかもメイが彼女の少し前に出て、守ろうという意思が明白だ。
かつて父や母は、虐待としか思えないことをよくやっていたので、それが今でも尾を引いている。
しかし、そういう娘の警戒心など父は気づきもしないらしい。汗をハンカチで拭きながら、挨拶もなしにいきなり本題に入ってきた。
「キース! お前宛の手紙が来ているぞ! ローゼシア家からだ。さあ、すぐに読んで次の見合いに備えるのだ」
姉がハッとしてこちらを見た。僕は父から手紙を受け取ると、少しだけ睨みを利かせる。
「封が開いていますが」
「男が細かいことを気にするんじゃあない! いいからお前は、次に会う時までにしっかりと準備を進めておけ。ここまで来たのだから、しくじるではないぞ」
勝手に人の手紙を開けるというマナー違反など、父は気にもしない。僕はずんぐりとした体が屋敷の中に消えていくのを見計らってから、破られた封筒の奥へと手を伸ばす。
この時、スッと気配を感じた。なぜか姉上とメイがベンチに座ってきたのだ。僕を挟んでいる。
「お隣失礼致します」
「あ……ああ」
「お父様ったら、勝手に手紙を読むなんて酷いわ。それはそれとして、どんな内容なのかしら」
「なんか、二人も似たようなことしてる気がするけど」
「違うわ、私たちは一緒に見るだけよ」
興味津々というか、まさかメイまで手紙を覗こうとするは意外だった。ただ、この手紙の封筒は右上に黄色い横線が入っている。
これは何かというと、本人が確認できない場合は他の者が読んでも問題ないので、とにかく要件を確認してほしい時につけられる印だった。
ちなみに、絶対に本人しか読まないでほしい場合には、青色の線がつけられることになっている。
なので、よろしくはないがこうして周りに見られながら読んでもダメではない。僕が落ち着かないだけだが。
とりあえず読んでみたところ、内容はこういうものだった。
======
拝啓
親愛なるキース殿。
先日は至らぬ身である我が娘と顔合わせいただいたこと、誠に感謝しています。
本当であれば今回の手紙にて、お見合いの結論をお伝えするつもりでいたが、今しばらく返答についてはお待ちいただきたいのです。
なぜなら、この度娘より申し出があり、今一度キース殿と顔合わせをしたいと希望を受けているのです。
幸い娘が学舎に入るまでは、今しばらく時間が残されています。キース殿とお会いする日は、如何様にも作ることが可能なのです。
可能ならば今週、来週までに今一度お会いしたい日を決めたいと存じます。
上記にてお伝えしたとおり、我々は近々であれば日を選びません。
ご希望の日時をお返事して頂きたく。
ご確認のほど、よろしくお願い致します。
敬具
997年不死鳥の月十四日
親愛なるイグナシオ家五男、キース殿
フランソワ・フォン・ローゼシア
代筆:ローゼリア家執事 ノイッシュ
======
わざわざ代筆したことを明記するあたり、やはりあの白ライオンみたいな男はプライドが相当高い。
というか失礼としか思えないが、多少の無礼などいくらあったも変わらないほど、僕やイグナシオ家を格下とみなしているのだろう。
誇り高い公爵家当主に不快感を覚えたが、それはまだ瑣末なことで、問題は内容そのものだ。
「まあ! もう一回お会いできるなんて、これは決まりじゃないの?」
「まだ分かりません」
と、僕はできる限り淡白な回答をしたが、心の中はざわついていた。
あんな出来だったというのに、もう一度会いたい?
一体これはどうしたというのだろう。頭が混乱していた時、姉上は自分のことのように喜び、僕を挟んでメイとあれこれ喋り始めている。
「もう、全然話が違うじゃないの。アリス様のハートを掴んじゃったのね。憎い男の子だわー。メイ、そう思わない?」
「はい。初めてのお見合いで成功するというのは、素晴らしい腕前と言えるでしょう」
「何の腕前だよ」
自分の婚約の話で盛り上がられるって、けっこう恥ずかしい。僕はぶっきらぼうに突っ込んでいたが、実はこれだけで終わりではなかった。
慌てたように、屋敷の中からメイドの一人が飛び出してくる。
「キース様! アリス・フォン・ローゼシア様からお手紙が届いています」
「まあ!」
僕より早く姉上が反応した。驚くのも無理はない。家からの返事だけではなく、アリスからの手紙も来ているなんて。
受け取ってみると、そこには青い線が入っている。これは僕だけしか見ることは許されない。
とりあえず外に用事があったし、その途中で読むとするか。
「ちょっと外出してきます」
「気をつけてね、頑張るのよ!」
何を頑張るんですか、と突っ込む余裕すらない。
僕は完全に、いつもの冷静さを失っているようだった。




