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第八十三話

遂に、この時が来てしまいました。


――その日の晩

フェルマント侯爵邸の大広間は、今宵のために華麗な装飾が施されていた。

金糸のカーテン、磨き上げられた大理石の床、壁面を彩る絵画や彫像。天井には燭台の光が揺らめき、集う人々の影を長く映し出している。


そこに集まる顔ぶれは、歴史的瞬間を飾るにふさわしい者たちばかりだった。

ノイ=ヴァルド帝国の新たな皇帝、ライナルト・フリードリヒ。彼に寄り添う宰相ゲオルグ・ヴァイゼンベルク。対するは連邦の代表者たち。

そして、晩餐の席に花を添えるように現れたのは――直美とセレナであった。


直美は急ごしらえで用意したドレスに身を包みんでいた。その姿は、まるで舞踏会に招かれた貴婦人のようであり、彼女に視線を向けた者たちは、一様に息を呑んだ。

一方、セレナは淡いピンクのドレスの胸元にあしらわれた宝石が、彼女の高貴さを象徴するように輝いている。彼女本来の“皇女”としての風格は、もはや誰も疑うことが出来ないほど、その場で華やいでいた。


セレナの傍にはフェルマントがエスコート役として付き添い、直美の傍らにはバロックが付き添っていた。

彼は、赤毛を後ろに撫でつけ燕尾服に身を固め、普段の粗野に見える姿から、伯爵家のご令息へと変貌を遂げていた。

彼の背筋はまっすぐに伸び、黒のタキシードは戦場とは異なる威厳をまとわせている。赤毛が光を受けて燃えるように映え、その存在は不思議なほどに場を支配していた。


「バロック、あなたって本当に伯爵家の息子さんなのね。ちょっとびっくりしたわ」


「小さい頃は、良くパーティなどに連れ出されていたからな。それらしく装う事ぐらいは出来るよ」


バロックは少し照れ笑いをしながらも、しっかりと直美の手を取ってエスコートしてくれる。


晩餐は静かに始まった。銀の食器に盛られる料理、香り立つワイン。だが、その裏で交わされる言葉は、どれも重く鋭い。

帝国と連邦。多くの血を流した大戦が、ようやく休戦へと歩みを進める。明日の調印はその象徴であり、この晩餐はその前夜の儀式でもあった。


ライナルトは杯を置き、ゆるやかに口を開いた。


「……この戦。私は、父の決断に全面的に賛同していたわけではない。だが、皇太子の立場にあった私は止めることが出来なかった。帝国の血を流させ、連邦に悲劇をもたらした」


その声音には、自らを責める響きがあった。

彼は若く、強靱であるはずなのに、その眼差しには深い影が宿っていた。父帝グランツの狂気と暴走、それに加担した第二皇子ユーグ。それらの重責を一身に背負っているのだ。


「だからこそ、私はこの停戦を本気で望んでいる。帝国の名誉のためではなく、銀河の平和な未来を築くために……」


その言葉は嘘ではなかった。会場の空気は少しずつ和らぎ、ゲオルグ宰相が静かに頷いた。


やがて、話題は自然と政治と私事の境界へと移る。

ライナルトはグラスを傾け、視線を直美へと向けた。


「ナオミ殿。あなたが示した勇気と献身――それは、戦の趨勢を変えた。帝国にとっても、連邦にとっても、あなたの存在は特別な意味を持っている」


直美は困惑したように笑みを浮かべる。

セレナが隣で茶化すように「そうですわね、直美は英雄ですもの」と囁くが、その場の緊張を和らげることはなかった。


ライナルトは真剣な眼差しで、さらに続ける。


「もし……もしもだ。あなたと私が結ばれたならば、それは帝国と連邦をつなぐ架け橋となろう。血でなく、絆によって両国が結ばれる――それこそが、平和を永続させる道だと私は思うのだ」


彼の言葉に空気が凍りつく。

それは求婚にも等しい言葉であり、政治的な意味合いを超えて、彼自身の願いでもあるのだと誰の耳にも伝わった。


直美は言葉を失った。

ライナルトのような皇族や貴族階級の人々は、恋愛よりも政治的な意味合いで婚姻関係を結ぶことが多い事は、直美でも想像は付く。しかし、日本に生まれ育った直美には無い文化であり、価値観だった。


直美としてはライナルトとの婚姻など全く興味がないが、迂闊な返事は出来ずに固まってしまう。

今、この停戦に向けて進んでいる中で拒絶しても大丈夫なのかと。


直美の横で、セレナでさえも目を丸くしているのが伝わって来る。皆の視線が一斉に直美に注がれている。


その時、椅子の軋む音が響いた。直美が、ふっと目をやると、立ち上がったのは――バロックだった。


彼の影が燭台の光を受けて大きく広がる。

彼はグラスを軽く置き、ライナルトに向けて一歩踏み出した。


「皇帝陛下。――その話、聞き捨てならないな」


声は低く鋭い。伯爵の令息という立場から、軍人バロックへと口調が変わっている。

しかし、その声には普段の彼の軽薄さは欠片もなく、そこにいたのは戦場を駆け抜けてきた男そのものだった。


「直美は……俺の仲間だ。いや、それ以上だ。戦場で背中を預け合い、生き延びてきた。血の絆なんざなくても、俺たちは互いを信じてここまで来たんだ。彼女を“政治の道具”にするんなら、たとえ皇帝でも許せねえ」


静寂が落ちる。

誰もが息を呑み、バロックを見つめていた。


直美は、はじめて気づいた。

バロックの瞳が、どれほど真剣に自分を見ていたのか。

いつも冗談めかしていた彼の言葉、その裏に隠された想い。今、そのすべてがあらわになっている。


「……バロック」


思わず名を呼んだ声は、微かに震えていた。


ライナルトはその光景を見つめ、やがて深く息を吐いた。

彼の眼差しは寂しさを帯びていたが、それ以上に理性が勝っていた。


「……そうか、済まない。ナオミ殿、先程は余計な事を言ってしまった。忘れてくれ。これ以上私が割り込むことは、かえって禍根を残すだけだな」


彼は静かに微笑んだ。その微笑みには、敗北の悔しさではなく、一国を背負う者の潔さがあった。


「ナオミ殿、安心してほしい。帝国と連邦の未来のために、あなたの選んだ道を尊重すること――それこそが真の架け橋となると信じる」


そう告げると、ライナルトは杯を掲げた。

その姿は皇帝としての威厳を失わず、それでいて一人の青年としての誠実さを示していた。


晩餐はその後も続いた。

しかし、直美の胸の内には嵐のような感情が渦巻いていた。

バロックの告白めいた言葉。ライナルトの潔い引き下がり。

そして、自分自身の心の奥底に芽生えた、今まで気づかなかった感情――。


セレナがにやりと笑い、こっそり囁いた。


「ふふ……やっと気づいたのですね、直美。あのバロックの想いに」


直美は赤面し、グラスの中の赤ワインを見つめた。その深い紅が、今はまるで自分の鼓動そのもののように思えた。


こうして、歴史の歯車はまた新たに回り始める。

停戦の調印式を翌日に控えた夜。

一つの恋と、一つの政治的野心が交錯し――そして、皇帝ライナルトは退き、バロックが一歩前に出た。


それは、帝国と連邦の未来を変える小さな、しかし決定的な瞬間であった。



晩餐会を終え、与えられた客室に戻った直美は、ベッドに腰掛けたまま動けずにいた。

胸の奥で、鼓動がやけに強く響く。耳の奥まで熱がこもり、さっきの光景が何度も頭をよぎった。


――「直美は……俺の仲間だ。いや、それ以上だ」


バロックの言葉。

あの瞳。

戦場で見てきた無数の表情のどれとも違う、真っ直ぐで、逃げ場のない眼差しだった。


「……そんな風に、思ってたなんて」


呟いた声は小さく震えていた。

ずっと冗談のように軽口を叩いていた彼が、本気の想いを隠していたなんて。

直美は自分が鈍すぎたことに気づき、枕に顔を埋めた。


そこへ、コンコンとノックの音。


「直美、入ってもよろしくて?」


セレナの声だ。

断る間もなく、彼女はひょいと扉を開け、鮮やかなネグリジェ姿で入ってくる。


「まあまあ、顔が真っ赤ですわよ。ふふっ、バロックに告白されて照れているのね?」


「ち、違うってば! あれは……告白なんかじゃ……」


「いいえ、立派な告白ですわ。しかも、皇帝陛下に真っ向から楯突いてまで。あれほど格好良い場面、滅多にありませんわよ」


セレナはにやにやと笑みを浮かべ、ベッドに腰を下ろした。


「でも直美、あなたもまんざらじゃない顔をしてましたわ」


「……っ」


否定しようとしても、声が出なかった。

セレナはそれを見透かしたように微笑み、そっと直美の肩に手を置いた。


「大丈夫。あなたが誰を選んでも、私は味方ですわ。だって、私たち……戦友ですもの」


その言葉に直美は少しだけ心が軽くなり、ようやく笑みを返すことができた。



翌朝。

フェルマント侯爵邸の大広間は、昨夜以上の厳粛さに包まれていた。

帝国の旗と連邦の紋章が並び立ち、長卓の中央には調印のための文書と羽ペンが用意されている。


両陣営の高官たちが整列し、息を呑んでその時を待つ。

空気は張りつめ、針の落ちる音さえ響きそうだった。


やがて、ライナルト皇帝とゲオルグ宰相が入場する。

対する連邦代表もまた席につき、両者は視線を交わした。


「この戦を終わらせよう。帝国と連邦、互いの未来のために」


ライナルトの声は澄み渡り、会場に静かに響いた。

昨日、直美とバロックを前にして見せた潔さが、今日の彼をさらに大きく見せていた。


調印の瞬間。

羽ペンが走る音が広間に響き渡り、歴史の一頁が刻まれた。


署名を終えたライナルトは、視線をわずかに直美へと向けた。

昨日の未練を思わせるものはなく、ただ静かに「託す」という意思を宿していた。


直美はその眼差しを受け止め、胸の奥で小さく頷く。

政治の駆け引きも、策略も、彼女には遠い。だが、自分の選ぶ道が誰かの未来を左右するのだと、今ははっきり理解していた。


隣でセレナが誇らしげに微笑み、バロックは黙って背筋を伸ばしていた。

その存在が、直美の心に確かな支えを与えていた。


「そっか……私は、セレナを助けるつもりで動いていたけど、私も、バロックや皆に助けられていたんだな」


こうして――帝国と連邦の長き戦争は終焉を迎えた。

だが、その先に待つ未来は、まだ誰にも分からない。


ただ一つだけ確かなのは、この日の出来事が直美の運命を大きく動かしたということ。

バロックの真剣な想いを知り、そして初めて自分の心と向き合うことになったのだから。



今まで、お付き合い頂きありがとうございました!

初のSF作品でしたが、楽しんで頂けましたでしょうか?

当初の40話完結予定を大きく上回ってしまいましたが、こうして

最終話までたどり着けたのは、皆様の応援のお陰です!

ほんとうに、ありがとうございました。

さて、最後のお願いです!!ブックマークと★評価お願いしますね!!


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完結おめでとうございます。 スペースオペラはあまりなく、もっと観てたい物語でした。
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