第七十六話
「ちょっと、これはマズイよ。グリムリーパーなら限界点を突破しちゃってる。この艦の最大出力が分からないけど、これって間に合うかな? 私、さっき魔力を枯渇したばっかりなんだよね」
「なに! 魔力が枯渇しているだと! それは本当か!?」
「えっ! うん。そうだよ。だからグリムリーパーの操縦が出来なくなったから、こっちに来たんだ」
直美が振り返ると、ユーグの顔色が悪い。
「はぁ!? 貴様、それを早く言え! おい。誰か大至急、魔力回復薬を持ってこい! このままでは艦が沈むぞ!!」
再びユーグはマイクに向かって叫び出した。
その後も、ユーグが「マズイ、マズイ、マズイ……」と呪文のように繰り返しながら艦橋内をウロウロと歩き回っている。
どうやら、直美がとんでもない魔力を持っていることは、事前に知っていたようだが、この状況下で枯渇しているのは想定外だったのだろう。
ユーグは銃こそ手に持っているが、頭の中から『人質』というキーワードが消えてしまったようだ。彼の頭の中は、最早、それどころでは無くなっている。
このままでは、いつ重力に引っ張られ墜落するか、分解してしまうか分からないのだ。とにかく、この状況を脱出することが最優先なのだ。
暫くすると、色々な人たちが、あわただしく艦橋に入って来た。
「意外と、人いるじゃん……」という直美の呟きは誰の耳にも届いてないようだった。
「何をやっている急いで! そいつに回復薬を飲ませるんだ!」
ユーグは苛立ちを隠そうともせずに、駆けつけ来た人たちにぶつけている。
やって来た人たちは、医者のようだ。
しかし、軍医のエルザと違って、彼らは「医者の先生」という感じがする。良く言えば上品で落ち着きがあり丁寧なのかも知れないが、応急医療や戦場を駆け巡る軍医からは、毛色が違う人たちにみえる。
ようするに、何をするにも、ゆっくりで遅いのだ。
医者の彼が、もたもたとカバンから、ビニールパウチに入った液体を取り出して、薬の説明を始めようとするので、慌てて、直美が薬を受け取り必要な事だけを聞くことにした。
「これ魔力回復薬だよね。飲み薬であってる?」
詰め替え用のシャンプーのような容器に入った紫色の液体が、実は注射薬だったりすると困るので、念のために確認したのだ。
「ああ、そうだ。普通なら半分で良いが、貴方なら二本ほど飲んでも平気だろう」
彼はそう言うと、カバンからもう一本取り出して、直美に押し付けた。
「おい小娘、何をしている! 急がんと間に合わなくなるぞ!」
もうユーグの顔からは、皇子としての威厳も余裕も完全に消え去っていた。
それもそのはず、この巨大戦艦の艦体から不気味な音が鳴り響いているのだ。
警告音は当然だが、金属の軋む音、時折、何処かで何かが破裂するような音が聞こえてくる。そして艦体全体が貧乏ゆすりをしているような小刻みな振動があるかと思えば、時折ガクンと大きな揺れが襲ってくる。
直美にとっては、既に経験した事がある状況だったが、始めての者にとっては気が気でない状態だろう。
はぁ、と小さくため息をついて、渡された魔力回復薬というのを飲み始めた。
「ん? 意外とおいしいかも」恐る恐る口を付けてみたが、グレープジュースのような味でおいしいく感じ、一気に二本とも飲み切った。
暫くすると気怠さが無くなり、頭の中もすっきりとしてくる。
「へぇー、これが魔力回復薬か。すごいな」
直美は口では、そう言ったが、全回復には全然足りていない事が分かった。
一応、医者らしい人に、もっとないのかと聞いてみたが、残念なことに彼は首を振るだけだった。
一旦、枯渇したからこそわかるが、この回復薬二本ぐらいでは十分の一にも満たないようだ。そう思うと、果たしてこの魔力で、この超大型戦艦が動くのか心配になった。
しかし、これ以上、時間をかけている場合ではない。
リム=ザップの様子が気になって見て見ると、彼は整備員のような人たちによって何やらトンデモナイ拘束具を付けられていた。その姿は鉄の包帯を連想させるような金属製のテープのような物で、グルグル巻きにされ、まるでミイラのようになって柱に縛られている。
絶対、あれは拘束具では無く、梱包用か修理用の金属テープだと思ったが、どちらにせよ、リム=ザップには関係ないだろうと放っておく事にした。
「とにかく、脱出するしか無いか……あの、艦長権限がほしいんだけど。私、普通の操縦者ってやったことが無いから、何が出来て、何が出来ないのか知らないの。だから、いざって時に権限が足りなくて間に合わなくなったら困るでしょう?」
直美の言葉に、ユーグも含めてこの場に居た全員が顔を見合わせた。しかし、操縦経験がある者など居なかった事もあり、直美の言葉を否定できるだけの知識も経験も持ち合わせていなかった。
「まあ、良いだろう。艦長権限よりも司令官権限を持つ俺の方が上だ。妙な事をすれば権限を剥奪すれば良いだけだからな。それでは、AIよ。ユーグ・アムシェル・ノイ=ヴァルドの名において命ずる。直美に艦長権限を付与せよ」
「了解しました。直美様に艦長権限を付与します」
「よろしくね。コンゴウ」
艦長席に座った直美が小さい声で、オオサカから聞いていたコードネームで呼びかけた。
「はい、直美艦長! よろしくお願いします!」
「それでは、ヘリオスから脱出します! 機関最大出力!!」
◇ ◇ ◇
直美艦長の声に、コンゴウは全力で応え始めた。
今まで、ただ無機質にAIと呼ばれ続けていたコンゴウにとって、始めて名前で呼びかけてくれた直美艦長のために全力で応えなければならないと考えていた。
艦長の要望に応えるには魔力が足りていない。魔力をエネルギーとして、艦内の各設備を動かしている。余計なエネルギー消費を抑えて、なるべく多くのエネルギーをエンジンに回すべきだ。
シールドも火器管制も一切停止し、全てのエネルギーをエンジンに回した。それでも、白色矮星ヘリオスの重力の方が勝っている。
降下率は下がったが、このままでは間に合わないと判断したコンゴウは、他に消費しているエネルギーも絞ることにする。艦長席のカメラで直美の様子を確認する。
【シートベルト装着 良し】
人工重力を停止した。
艦橋全体を見ているカメラに向かって司令官と思われる人物が何かが喚いている。画像認識では司令官のように見えるが、今は、わざわざ音声認識して意味を解読するエネルギーも惜しいのだ。
艦長の音声以外はノイズとして無視する。
【船外服、ヘルメット装着 良し】
【酸素供給 停止中】
コンゴウは、艦長がヘルメットを被っているのに、外部から酸素を取り入れている事を確認した。忙しそうな艦長に代わって遠隔操作で酸素供給の開始と外部空気取り入れの閉鎖を行い、艦内の温度調整装置と酸素供給装置を停止した。
「くぅー駄目だ! あと少しなのに!!」
直美艦長の言葉にコンゴウは更に考えるが、艦の推進に必要なエネルギー以外となると、いよいよ最後の手段として発電機の一部を止めるしかない。
発電機へのエネルギー供給が断たれたため、各部屋の照明や電気施錠への送電が止まった
ガコン、ガコンという音と共に油圧が低下し始めた。電気によって油圧をコントロールしていたが、発電装置の一部を止めたことで油圧装置も止まった。
艦長の要望を叶えるためには、余計なエネルギーを使っている場合では無い。
ただ、これを止めると――
◇ ◇ ◇
直美は全神経を操縦に集中させ、艦長席のメインモニターを見つめ続けていた。
何とか出力が安定してきた。一時はどうなるかと思ったが、何とかヘリオスの重力を上回ったのだ。
ヘリオスの重力は所々で強弱の差がある。それに応じて、細かく出力調整と進路維持を行ってきた。もちろん魔力に余裕があれば、そこまで細かくギリギリを攻める必要は無いのだが、今は少しでも効率良く魔力を使いたい。
オオサカならば手伝ってくれるのだが、こんな宙域を飛んだ経験の無いコンゴウには無理な話なので完全に直美の手動だった。
直美は、始めてグリムリーパーでスイングバイを行った日を思い出した。あの時も完全に手動操縦だった。
それでも、今回経験しておけば、次はコンゴウも手伝ってくれるだろうと思い、コンゴウのマスコットキャラの少女が映し出されていたサイドモニターを確認する。
「ん? あれ、コンゴウ? おかしいな、自動で消灯する仕組みなのかな……まあ、メインモニターは生きているから良いけど……あれ、何だ。これ?」
直美は、メインモニターから顔を上げて、ようやく周りの様子がおかしいことに気がついた。いつの間にか艦橋内の照明は消えて、無音の世界が広がっていた。
<デカブツ三兄弟>
一番艦:グラディオン(未登場!!)
二番艦:デスカリオン(直美が艦長?)
三番艦:アビュリオン(小惑星によってペシャンコ)




