第五十三話
「リム=ザップ、エルザ、二人はセレナ事をお願いね」
「ええ、大丈夫。ちゃんと護衛するわよ、リム=ザップがね。私は、セレナ様の健康を守るわ」
エルザは軽口で応じたが、何だかんだと言いながらも、しっかりと守ってくれる事は知っている。その横でリム=ザップもしっかりと頷いた。
直美は、しっかり者のエルザと、とんでもない戦闘力のリム=ザップがいる状態でも、セレナを守れないような事態になるのだったら、他の誰が居たとしても同じだと思っていたので、安心して二人に任せることにした。
「さあ、バロック、シノ。私たちも行くよ! ってカシアは??」
「ああ、俺が出撃を伝えたら、慌ててグレムリンに戻って行ったぞ。なんでも出撃前の最終点検をすると言っていたが」
直美には、カシアが几帳面に点検している姿を容易に想像が出来て少し頬が緩んだ。
「カシアは既に乗り込んでいるなら、私たちも行くとしますか」
直美は、あえて軽く言った。実は緊張もしている。今までも楽な戦いは無かったが、今回は、あの超大型戦艦も居ると思うと緊張もするのだ。それに新グリムリーパーでの実戦は初めてだ。一応完成してから慣熟航行やデブリを相手にした射撃練習はしている。それでも、訓練と実戦では緊迫感が違うのだ。
直美は、エルザとリム=ザップを残して、フェルマント邸を後にした。
自動走行の車に乗り込むとグリムリーパーが待つ軍港へと向かっていった。
グリムリーパーは訓練で出入りすることが多かったため、通常の軍港に接岸していた。軍港のターミナルを経由してグリムリーパーのハッチまで艦内に乗り込むための専用通路が接続されている。
ここは、オープンドッグだ。この通路の壁を挟んで向こう側は、真っ暗な宇宙空間が広がっているのだ。
新グリムリーパーに入って艦長席に座る。この席も新調したので、始めは違和感があったが、訓練中、座っていると、少しづつ慣れてきた。
「良し、オオサカ、ハッチ閉鎖。メインエンジン起動シーケンス開始! バロック、火器管制機動。シノ、監視レーダー機動」
直美が、たった二人の乗組員に声を掛ける。これは単なる気持ちの問題なのだが、声を掛けるだけで、自分の中でも気持ちが切り替わるような気がするのだ。二人と共にオオサカからも元気な返事が返ってくる。
「ドッグ接続解除」と直美は言いながらロック解除ボタンを押すと、操縦桿とフットペダルを操作し、ゆっくりとドッグから離れていく。
グリムリーパーが、ドッグから離れると、今度は密閉ドッグからグレムリンが顔を覗かせた。グレムリンはギリギリまで装甲パネルの取り付けを行っていたので、作業が行いやすい密閉ドッグに入っていたのだ。そのグレムリンがグリムリーパーの前方に着く、戦場まではグレムリン、グリムリーパーの順で進んで行く。
「カシアと映像付き回線を繋いでおいて」
直美の言葉に従ってシノがグレムリンのカシアと回線を接続する。
「カシア、それじゃ、そっちの速度に合わせるから先導よろしくね」
「はい、了解です。それでは最大速度まで加速を開始します」
カシアの声の通り、グレムリンはメインエンジンの出力を上げて巡航速度に上げ、そこから更に加速していく。今回は戦場となる罠が張っている場所まで、通常航行で接近する。
もちろん、短距離ワープを使えば早く付けるのは確かだが、空間の歪みが残留することを気にしたのだ。歪みは時間と共に消えて行くのだが、わずかな可能性でも排除しておきたかったのだ。そう、この罠を張った宙域に敵艦は居ないと思わせたいのだ。そうしないと隠れる意味がなくなってしまう。
グリムリーパーよりも速度の遅いグレムリンに合わせて、縦に並んだ状態で目的地まで進んでいく。
「グレムリン、これより減速を開始します」
カシアからの減速の合図が送られてきた。それに合わせてグリムリーパーも減速を始めるが、今度はグレムリンの方が減速に時間がかかるので、先に減速したグリムリーパーが減速していくグレムリン追いかける感じとなる。
こうして辿り着いた宙域は広範囲にわたって、そこそこのデブリがあるが、中央に、大きなトンネル状のデブリが無い宙域が存在していた。そこは、まるで掃き掃除でもしたような航路が広がっていた。
「へえー、こうしてみると、きちんと航路として整備された通常ルートに見えるね」
「まあな。オルヴァンさんの話じゃ、元々は、多少デブリが浮かんでいる程度で、何の変哲もないところだと言っていたからな。変に多すぎないから違和感も無いし、かといって、このトンネルも含めてデブリ帯を迂回しようと思うと、出来なくはないが、ちょっと面倒という感じが良いな」
バロックが直美の呟きに答えてくれた。
「うん。遠くの方は攻撃は使えない小さな残骸なんかを散らかしてもらったんだ。もちろん、その中を通過しても運航に支障は無いし、何処が大きく壊れるって事も無いと思うよ」
直美はそう言うと、少し悪そうな顔をしてニヤリと笑った。
「でも、装甲に当たる音は艦内に響くからね、結構、鬱陶しいと思うよ。だから偉い人が乗っている艦は嫌がってそんなところを突っ切ろうとは思わないと思うんだよね」
「ほんま、艦長はんは嫌がらせの天才やな」
「オオサカ、それ褒めていないし! そもそも、正面に綺麗なルートがあるのに、わざわざ、そんな嫌な所を通るような迂回ルートを選ぶとは思えないからね。だから、この嫌がらせは未遂になるはずだよ」
直美たちは、罠の最終チェックを終えて、直径一キロ程度の小惑星に近づいていく。この小惑星の背には人工的に掘り込まれた横穴が開いていた。グリムリーパーとグレムリンは、まるで気密ドッグに接岸する時のように、横穴にバックで入り込むとメインエンジンと補助エンジンも停止させて、魔力と熱源を極力漏れないようにジッと潜んだ。
「おお、話には聞いていたけど、何だか秘密基地みたいで良いよね」
「そうですか? うーん。私は何だか生き埋めになりそうで、何だか怖いですけどね。ここに入っていたら、本当にレーダーに映らないんですか? ってあれ? こっちのレーダーも何も見えくなりましたけど??」
シノが不安そうな声を上げたと思ったら、今度はレーダーの事を気にし始めた。
「大丈夫や。そこは銀翼の連中がちゃんと、外からレーダー照射して、映らんことは確認済みや。その代わり、ここに潜っとると、外の様子も見えんなるから、あっちこっちの残骸に仕掛けられたカメラを使って目視するんやって」
「もっとも、その目視の役目はオオサカだけどね」
「え! それじゃ、私たちは罠が発動して敵が混乱するまで、この狭い穴倉に閉じこもるんですか?」
シノは嫌そうな顔をしているが、これは我慢してもらうしかない。複数台のカメラの画像を見ながら、複数のデブリを操縦して敵艦に叩きつけるのは、人間の目だけでは対応しきれないのだ。ここは戦略指揮艦用のAIであるオオサカが適任だった。オオサカは複数箇所から上がって来るデータを分析し複数の個所に指令を送る事を目的として作られたAIだ。今までその役目として使われてはいないが。
シノが嫌がる穴倉に直美たちが、籠って数時間が経過したとき、オオサカが反応した。
「艦長はん。来たで。そやけど手前で止まって、広域監視用のレーダー波をバンバン照射しとるわ。このまま進むかデブリ帯を避けるために大きく回避するか考えとるんやろな」
帝国軍はレーダーで確認して周辺に敵がいないことを確認すると、遂に、中央に設けられたデブリが無い宙域を進み始めた。
「敵さん、のうのうと罠に入って来よるわ」オオサカのホログラムがニヤリと笑った。




