第三話
直美は、差し迫った酸欠を回避するため、修理に乗り出すことにした。
「それじゃ、次は船外服を着て、外に漂っているゴミから使える物を探して来ないとな。服は、そこの収納棚に入っているから取り出して」
直美はオオサカが指さした方にある艦内に備え付けられている収納棚を開けた。
棚の中には、いくつかのサイズの宇宙服とヘルメットが吊るされていた。服はどれも大きく日本人の体格でさらに小柄な直美には大きすぎたが贅沢は言っていられない。一番小さいサイズを取り出し着こむことにする。
「って、私、制服のままだったんだね。無我夢中で忘れていたよ。で、これってスカートのままでは着れないよね。ちょっとオオサカ、着替えるから、あっち向いててよ」
「あんな。ワイはAIやで。ねえちゃんの裸をみても何も思わんわ。そもそも性別というのも無いわい……ああ、わかった。わかった。そっちは見ないから早よしー」
直美のジトっとした目つきに押されて、オオサカのホログラムはため息交じりに背中を向けた。
直美はオオサカが背中を向けているのを確認して、素早く制服を脱いで船外服と呼んでいた宇宙服を着こんだ。
「オオサカ、もう良いよ。――これで良いのかな?」
直美はヘルメットを抱えながら、オオサカに見せるように、くるりと一回転した。地球のテレビで見た宇宙服のようのゴワゴワ、モコモコした感じではなく、グローブと靴がセットになったツナギって感じの物だった。
「うん。それでええ。あとはヘルメットをかぶって、気密ロックを閉めたら出来上がりや……そうそう、そこのレバーを回して…どうや、酸素が供給されてきたやろ」
他の船外服は全て白っぽいシルバーだったが、直美が着た服は、薄い黄色で女性向けというか子供向けに見え、どこかヒヨコを連想させた。
「う、うん。なんか少し変な匂いがするけど、これ……ちゃんとクリーニングしているの?」
ヘルメットの中で器用にも顔をしかめた。
「そのサイズは着た者はおらんかったから、新品同様や。ただ、百年以上前の酸素やから、ちょっと劣化しとるかもな。まあ大丈夫や死にはせえへんって」
直美は、ますます嫌そうな顔をしながらも、物珍しさの方が勝っているのかヘルメットの内部をきょろきょろと見渡していた。
「さあ、それじゃあ、ハッチの方に移動して、いよいよ外に出るで……ねえちゃん、暗所恐怖症とか閉所恐怖症とかあるか? まあ、あっても何とか克服せんと時間切れで死ぬことになるから、文字通り死ぬ気で頑張ってな」
そんな事を言われながらも、船外ハッチに向かう。人口重力が不安定と言うかほぼ無くなってしまった船内を手すりを利用しながら漂うように進んでいく。
ハッチは小さな小部屋になっているようだ。直美は潜水艦にありそうな丸く頑丈な扉を開けて中に入り込む。
大きなバルブのような物を回してしっかりと中から閉める。
「ほな、ハッチ内の空気を抜くで、一瞬、霧のような物が出るけど気圧が下がる所為やから、慌てんでええからな」
直美が頷くと、何処からともなく風船の空気が抜けるような音が聞こえてくる。
オオサカが言った通り、あたりに霧が立ち込めるが、それもすぐになくなり、無音となった。
「どうや、今、このハッチの中は真空になったで、呼吸は大丈夫か?」
「うん。大丈夫。特に問題ないよ」
直美はドキドキしながらも、某有名なレジャー施設のアトラクションに乗った時のような高揚を感じた。
オオサカがハッチ横にあるカラビナを船外服の腰に装着するように言って来る。カラビナの先はワイヤーがつながっていた。どうやらこれが命綱になるようだ。
「船外訓練も無しで、ぶっつけ本番やけど時間が無いから、何とか身に着けてな。ほなハッチを開くで」
パシュッと小さな音と共にハッチが外に向かって開く。ハッチの外には暗闇が広がっていた。
直美はオオサカの言葉に従て、ヘルメット横のライトを点ける。指向性が高い光が、暗闇の中で一筋の細い光の道を作る。
直美はおっかなびっくりではあったが、ハッチ横の手すりを伝いながら船の外に出た。
既に体は浮かんだままなので、落ちるとかそういった感覚はない。靴底に添えられた電磁石が働き、足を船体に引き寄せる。
グリムリーパーの船体に立ち上がった直美の目の前に、大きな白色矮星が強烈な存在感を放っていた。
その大きさは直美がいまままで経験した事が無い大きさに思えた。近しいもので言うと空一面に広がった雲のような、それでいて、もっと物理的な何か、そう表現するしかない物体。
背後に広がる暗闇に対比するかのように青白い巨大な星。じっと見ていると吸い込まれるような恐怖心が出てくるが、何とかそれを抑え込む。
「……時間が無いんだ。ゆっくりしている場合じゃない。死にたくなかったら動かないと」
「ふぅー良かったわ。パニックになるかと心配したで、心拍数も落ち着いたな。初めて外に出ると大の大人でもパニックになる者もおるからな。ねえちゃんは意外と肝が据わっとるな」
「はっは、これでもパニック寸前だけどね。さあ、時間がないんだから、さっそく部品探しだよね」
何とか心落ち着けながら、あたりを見渡す。白色矮星からもたらさされる光でグリムリーパーの船体も青白く照らされている。
墨を落としたような、まっ暗闇とグリムリーパーのように光に反射する物体のコトントラストがはっきりとしている。
「そうやな。いちおうレーダーで見る限り、ねえちゃんの立っとる位置から見てグリムリーパーの裏側に船の残骸があるわ。まずはそれから漁ってみるか。ちょっと、そのまま待っときや」
オオサカはそう言うと、ゆっくりと船を横転させていく。
「あー、あんた自分で操縦できるのね。じゃ、ここに来るときも、ちょっとぐらい手伝ってくれたら良かったのに」
「いやいや。無茶言わんといて、自動操縦は壊れているんやから、ちょっと向きを変えるぐらいは出来ても全体的な操作は出来んって」
直美の抗議の声に対してオオサカが言い訳がましく答えた。
船体がゆっくりとロールを打つと、そこには、様々な船の残骸が見えて来た。その様子は、名前の示す通り“宇宙船の墓場”だった。
多くの壊れた船が時折衝突しながら漂っている。
「ええか、一応ワイの見たところ、こっちの船に衝突しそうな物はないけど、これから漁るとどんな影響で、こっちに物が飛んできてもおかしくないんや。慎重かつ急いで探してもらうで」
それから、三時間――
「疲れたーー。これで必要な部品は全部集まったの?」
直美は、自分の体ぐらいある機械の塊を片手で押しながら、グリムリーパーの回収デッキに持って行く。船の残骸から使えそうなパーツを引っぺがしては、回収デッキに運び込んでいく作業をひたすら繰り返した。
回収デッキには網で覆われたゴミにも見える機材が積まれている。網を使って、回収した物が勝手に漂流しないように留めているのだ。
幸いにも無重力だから重さも感じず、運搬は簡単だったが、電動工具などには注意が必要だった。しっかりと自分を固定しておかないと、ネジを回すつもりが、電動ドライバーを持った自分が回転してしまうのだ。
狭い場所で回転などして服を破いてしまうと気密が失われ危険な状態になる。小さな破損ならその場で応急修理が出来るが、大きく破損すると致命傷だ。
その次に怖いのが慣性だった。無重力で空気抵抗もない世界。小さなネジを弾き飛ばすと、それが永遠に飛び続ける。そして、そのネジが何かにぶつかると、ぶつかった物が動き出し、さらにその先で、今度は何を動かすか分からない。さらにネジが運悪く飛び続けて何キロも飛んだ挙句、忘れたころに直美の体を
目掛けて戻ってくる可能性だってある。
直美の船外服に取り付けられた、細かなセンサーや小型のレーダーをオオサカが監視して、危険があれば直美に知らせる。実際何度か、機材に挟まれそうになったり外した鉄パイプが後ろで跳ね返って、直美の背中に突き刺さりそうになったりと、危険と隣り合わせで作業を行っていった。
「いや。全然足りん。まずは生命維持装置だけでも回復させたかったけど、ねえちゃんの船外服の酸素の残量が無くなるから、一旦、船に戻ってもらわんとな」
「あ、そうか。この服の酸素が切れたら不味いね。それに疲れたから一休みしたいし、じゃあ戻るね」