第十九話
バァァン!
真横とも言える超至近距離に大きな音を出して現れたのは、グリムリーパーよりも一回り大きな軍艦、重巡だった。艦首には羽を広げた髑髏の紋章。
「海賊船アビス!? 何でこんなところに!」
『よう、直美! バロックだ。また会ったな。困っているようだから、助けてやるよ。ちょっくら攫っていくぞ』
指向性の高い秘匿通信が一方的にグリムリーパーに流れて来た。
『おう、おう。天下の帝国軍が寄ってたかって、たった一隻の民間船を襲うとは、海賊もびっくりだな。おまけに、何だ? ご自慢の超大型戦艦デスカリオンが中破されてるじゃねえぁ。ざぁまぁねえな!』
そんな煽り言葉をオープン回線で流している間に、アビスから、小さな連絡艇が飛んできているのを直美は気づいていた。
「あのちっさい船、何をしてるんだろうね。モニターで追いかけて」
複数の外部カメラを連携させながら、連絡艇の動きを追っていく。グリムリーパーの船体をグルグルと二周したかと思うと、再びアビスに戻ていった。
「んん? 結局何がしたかったんだろう……あ!」
突然、グリムリーパーが横に移動する。当然、直美もオオサカも何もしていない。というか補助エンジンさえも動いていないので、何も出来ないと言う方が正しい状態だ。グリムリーパーがグングンと横に移動していく、そしてついには、海賊船アビスの横に接岸するようにくっ付いた。
「ああ、ワイヤーみたいなもんで、引っ張られたな。これは、捕獲されたようなもんやけど。アビス側も危ない状態やで。この状態で、ワイらがミサイル発射したら、避けようがないからな」
オオサカも何がしたいのか困惑しているようだった。
『さて、長話も何だし。こいつらは俺が貰っていくぜ。じゃあな!』
空間が歪み始める。グリムリーパーの警告音と警告表示が空間異常を伝えてくる。
『貴様! ま――』
デスカリオンからユーグの声が少し聞こえたが途切れた。
その後も、アビスに抱え込まれるようにしながら、数回の短距離ワープと長距離ワープ織り交ぜながら、遺棄されたような穴だらけのコロニーの前にやって来た。
「どうやら、目的地に着いたようですわね」
セレナの声は、明らかに沈んでいた。それはそうだろうと直美も思う。連れて来た相手は宇宙海賊だ。決して良い待遇は望めない。
「オオサカ、あんたのAIってバックアップ取れたりする? もしもの時は、この船を捨てて逃げないと駄目かもしれないんだ」
「嫌やな。こないな大規模なAI簡単にバックアップ何か取れるわけないやん。これこそ、この船に積んでるメインサーバ並みの物を用意せな無理やで」
「うーん、そんな気はしてたよ。何か高性能なバックアップ機能とかあるかと思ったけど……無いのか」
「集積回路もメモリも進化してはいるけど、それでも人の欲ちゅうか、求める物も増大しているんや。なかなかうまく行かんで。もしもの時はワイの事は気にせんでええからな」
直美たちが、これからの事を話している間に、グリムリーパーを横に縛り付けたアビスが乳白色のビニールハウスのような場所に入って行った。
「なんだろう。これ? なんか、ちゃっちいけど、破れないのか? こんなのでデブリでも飛んで来たら一発で終わりそうだね」
直美は物珍しそうに、外部モニターに映し出されたビニールハウスの内部構造を眺める。
『さて、目的地に到着だ。まずは、ゆっくりと顔合わせと行こうじゃないか。ただ、ここは見ての通り気密ドックだ。今からエアーを入れるから外出の準備をしておいてくれ』
秘匿回線を通じて、海賊船アビスの艦長バロックの声が聞こえて来た。その声は、初めて出会った時よりも、幾分丁寧な話し方になっているように思えた。
「仕方がない。ここはおとなしく出ていくしかないようだね。エンジン周りが完全に死んでいる状態では動くことも出来ない。セレナ、何とか隙をついて逃げるからね。突然逃げることになるかも知れないから、ペンダントは肌身離さずに持っておいてよ」
「はい。分かりましたわ。あの……本当にどうにもならないようなら、私を捨てて逃げても構いませからね」
セレナは落ち着いた表情で微笑んだ。その姿は凛としていて、何処か気高く感じられた。
「私は、絶対に諦めないから。セレナも簡単に諦めないでよ」
「ふっふふ。直美は本当に強いですね。以前いた私の護衛騎士よりも強そうですわ」
ドックの中に空気が満たされていく様子が伺える。相変わらず、ここでも霧状の物が噴射され、しばらく様子を見た後、空気が流れ出しているようだ。
グリムリーパーの外部で何とか生き残っていたセンサーが、人間が活動できる環境が整ったことを知らせてくれた。
アビスの外部気密ハッチは、確認できなかったが、アビスの船体を回って、こちらに人が向かってくるのが見えた。
暫く待っていると、グリムリーパーの気密ハッチが外からノックされた。
「じゃあ、開けるよ」
直美の声にも緊張感が漂っている。
外部ハッチの手前の小部屋に入った時も、前に直美が船外作業をしたときのような、真空にするなどの処置は行われなかった。外部の気圧や酸素濃度などを検知して不要と判断されたのかもしれない。
プシュという音と共にハッチがゆっくりと開く。
ハッチの向こうには、普段着姿の赤毛の男と、前に直美たちを追いかけまわしたサイボーグの大男が立っていた。
直美は、大男を見ると、思わず一歩後ずさった。
「ほら、ほら、どいて! デカいのに、そんなとこに突っ立っていたら邪魔よ!!」
大男を押しのけるようにして、若い女性が前に出て来た。
その女性は白いスマートな宇宙服を着ていた。直美たちの野暮ったい船外服とは違って、洗練されているように見える。
「ちょっ! エルザ、まずは挨拶をだな」
「四の五の言わない! そんな事よりも、まずは健康診断が先よ」
エルザと呼ばれた女性が腰からぶら下げている金属製の棒のような物を取り出すと、直美の体を頭の先から足の先まで、棒で撫ぜるように当てていく。それが終わると、後ろにいたセレナにも同じような事をしていく。
「ふぅ。とりあえず怪我や疾患は無さそうね。…あ、そのポッケに入っている物は、このドックの中では使わないでよ。ここのドックは脆いから簡単に穴が開いてしまうの」
エルザの声を聞いて、バロックはギョッとした顔をしているが、言われた直美はキョトンとしていた。
「……あ! 忘れてた。これか!」
そう言いながら、夏美は船外服のポッケに入れっぱなしだった小型のレーザーガンを取り出した。
「ちょっ! お前そんな物を忘れるなよ。危なっかしいな。まあ、持ってても良いけどな。エルザが言った通りドックの壁に穴開けるなよ」
「へ? 持っといて良いの? てっきり取り上げられると思ったけど」
「ああん? そんな、おもちゃみたいな物で何が出来るんだよ。それを持ってて安心するんなら、持ってても構わんよ。……で、今更かも知れんが俺がアビスの艦長やってるバロックだ。で、こいつも会ったことあると思うが、リム=ザップだ。こっちの医者はエルザだ」
バロックの親し気な感じの自己紹介を聞いて、直美の緊張感は少し緩んだ。




