第一話
始めてのSF作品です。
東京の郊外。二十三区ではなく多摩地区と呼ばれるエリア、寒空には星々が輝いていた。
高坂直美、高校二年になった彼女は家路を急いでいた。学校内で友達たちと他愛もないことを喋っていると、いつの間にか、帰宅時間を大きく過ぎてしまっていた。都内にある学校から自宅の多摩地区まで電車を乗り継ぎながら帰って来るため、どうしても時間がかかってしまう。
クリスマスが近づく、この時期、都内では煌びやかな光が町を彩っているが、直美の住むエリアは閑静な住宅街。クリスマスというよりも、どこか冬の寒々しさの方が勝っているように思える。
「まずいなー。すっかり遅くなってしまったよ。お母さんに怒られるかな」
直美は、そんなことを考えながら横断歩道に差しかかった――
「――あっ、ネコ?」
横断歩道の中央、小さな子猫が車線の真ん中で固まっていた。
右手には深夜配送の大型トラック。轟音をあげて近づくヘッドライト。
直美は咄嗟にカバンを放り投げ、反射的に飛び出した。
* * *
落下感。
視界を埋める闇。風を切る感覚も、地面の匂いも無い。ただ体の内側だけが妙に軽い。痛み?
よく分からない。むしろ――寒い。
ドォォン!!
っ痛い!
体が重い。頭もガンガンする。
「ん……? ここは、どこ……?」
目を覚ました直美が見たのは、青く光る天井。やけに機械的で冷たい光。どこか、病院のような、でも違うような。
そして耳元で、不釣り合いに陽気な声が響いた。
「おぉ~! ねえちゃん、生きとったんかいな! こっちは百年も誰もおらんかったさかいに、退屈しとったんや!」
「えっ……誰?」
「ワイはこの艦の管理AIや“O.S.A.K.A(Operational Strategic Artificial Kernel Assistant)”、コードネーム《オオサカ》や。だからオオサカでええわ。それよりも、ねえちゃん、えらいところに転がり込んできたで?」
――なんだその名前。関西弁のAI? 夢かな? いや、痛みはリアルだね。すべてが、SF小説のような、しかし現実味を持ちすぎている状況。
目を閉じて数秒経っても、目の前の現実は消えてくれなかった。
「ちょっと、寝んと聞いてぇや。場所はなぁ……『白色矮星域、ヘリオス・ゼロ軌道』や。ヘリオスは通称、『宇宙船の墓場』っていうてな。その辺に漂う廃棄艦やゴミやらを強い引力で引きずり込むんや。その墓場の縁、ギリギリ引力に呑まれへんとこで、この軽巡洋艦グリムリーパーは長い事、漂っとったんやけどな、ねえちゃんが転移してきたせいで、ちょいと軌道ズレてもうて……」
「待って待って待って。宇宙? 白色矮星? 引力? 巡洋艦ってなに?……」
――痛っ!
彼女は頭を抱えた。
交差点、赤信号、右から来たトラック。そして真っ白な光。
思い出した瞬間、背中がゾッとする。
「ちょっと待て、私は……学校帰りに……子猫が道路に出てきて……それで……」
「あ、そりゃーねえちゃん、異世界転移ってやつやろ。けどな、そんな、細かいことはええねん。重要なのはこの船や。あと五分程で引力に呑まれて真っ逆さまに墜ちるっちゅうことや!」
「細かいって……はぁぁぁ!? 墜ちる? 墜ちるって何よ!! いきなり死にそうって事? どうするのよ!」
「そうやな。メインエンジンは何とか生きとるけど、燃料が無いんや。おまけに艦長も戦闘で爆散済みやからな……」
沈黙。
正面の大きなモニターに青白く見える巨大な球体。これが白色矮星!?
その横に赤い警告の文字が、リズム良く点滅を続けて、周りからは何かが軋むような音がする。
「……で?」
「せやから、臨時措置としてやな。乗艦者中で唯一の生体反応保有者である“ねえちゃん”を、暫定艦長に任命する。拒否権は無いで。なぁに簡単や、エンジン動かして逃げたらえねん。でもなぁ、燃料がな……魔力なんやけど。普通の人間じゃ……」
「なに、勝手な事を言っているのよ。私は早く家に帰りたいの!! こんなところで死にそうになっている場合じゃ――」
ブゥゥン!
艦が急に振動し、警報表示と警告音が鳴り響く。だが次の瞬間——
「お、おぉおぉぉぉぉ!? なんやこの魔力量!! なんや、ねえちゃん、バケモン級の魔力量持っとるで!? オーバーフローして補助炉心まで稼働しとる!?」
「魔力!? 私が!?」
意味がわからない。わからないが、やるしかない。何やら不味い事態になりかかっていることは分かる。
「ねえちゃん! 操縦席、こっちや! いっちょ宇宙船、運転してみよか! 免許? そんなん、いらんいらん!」
「いや、要るでしょう!?」
「緊急事態やからしゃーないやろ! 早うせな、間に合わんなるで!!」
「なんで、無免許で宇宙船を操縦しないといけないのよ。ってそんな場合でも無いのか、ここか? ……それで? ここ座って何をすれば良いの? 私、操縦なんてやったことないよ」
「当たり前や、初めは、みんな初心者や! それより、そこの操縦桿を握って、足元のペダル……そっちやない反対側や! そうそう、それを踏み込んでみ!」
「それこそ、当たり前だって、これ? え、えぇ? あ、じゃあこれか! ウッしゃ! 行け!!」
急激な加速で、直美の体はシートに押し付けられた。
しかし、何らかの機能が働いているのか、徐々に押さえ付けは無くなり、身動きが取れるようになった。
ふと、正面に広がるスクリーンに目をやると、青白く輝く球体が徐々に大きくなっているような気がする。
「っちょ! これ星に向かっていない? このままだと墜落するよ!」
「大丈夫や、ペダルは緩めたらあかんで、操縦桿をゆっくりと左に倒して……そうそう、良い感じや。ほい。そこでストップ。そのまま固定しておいてや」
軽巡は自身の加速と白色矮星ヘリオスの引力を合わせた運動エネルギーを使ってヘリオスへに猛スピードで近づいていくが、その軌道は、徐々に左に逸れていく。そのまま、ヘリオスの周回軌道を半周ほど回って、その勢いでヘリオスの引力圏外に脱出するのだ。
「よっしゃ! スイングバイ軌道に乗った。このまま一時間ほどで離脱できる。いやぁーほんま、このまま圧壊するかと思ったで」
「えぇ、このまま一時間も支えておかないと駄目なの?」
「まあ、しゃあないわ。オートパイロットが壊れとるからな。たしかに、このままやと、ねえちゃん寝る時間も無くなるなぁ」
「……って、オオサカ、本当に一時間このまま!? 私、普通の高校生で車の運転免許も持っていないんだけど!?」
「ねえちゃん、いまは“艦長”や。過去の自分はもう捨ててまえ!」
「いや、そう簡単に切り替えられるかっ!」
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