ギャルと忍者と恋のはじまり
初投稿です。ほぼ処女作です。よろしくお願いします。
カクヨムに同内容のものを投稿しています。
ちょっと下品なことを言うキャラが出てくるので、R-15つけときます。
中間試験明けの朝は、教室の空気もゆるやかだった。
特に一年生にとっては入学以来初めての定期試験だったこともあり、その緊張感との落差に五月の陽気も相まって、登校してきた生徒たちものんびりしたものである。
そんな教室に、山田錬志はいつものように、やや猫背気味に、長く伸びた前髪と黒縁眼鏡の奥の目を誰とも合わせないようにうつむき加減で、後ろのほうのドアから入ってきた。
そして足音もほとんど立てずに自分の席――つまり出席番号順に割り当てられた窓際の一番後ろの席に向かい、座った。
いつもならばそんな彼を誰も気に留めない。
入学以来、努めて目立たないように振舞ってきた彼のことを気にする者など、ほとんど誰もいなかった。
だが、この日は違った。
「ねえ、山田君さあ」
錬志が席に着くのを待っていたように声をかけてきたのは、よりにもよってクラスで一番に目立つ女子、ミヤビこと天道美彩姫だった。金髪ギャルである。
「昨日、駅前にいたよね」
詰めるように問うその声に顔を上げると、カラコン入りの大きな赤い瞳と目が合った。
「え、えーっと……」
どもりながら、錬志は考えた。さて、どうしたものか。
その時、たしかに彼は駅前にいたのだ。
☆ ☆ ☆
昨日の午後のことである。
ミヤビは試験が終わった解放感で駅前に繰り出していた。
「アキラ、遅いなー」
「アイツ、また何か食ってんじゃね?」
「あり得る。マジであり得る」
友人であるルイとともに、同じく友人のアキラを待っていた。みな入学してから知り合ったクラスメイトだが、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
ルイこと観月瑠翡は黒髪のギャルで、一見クールそうに見えるが意外にノリがよく、お洒落にも詳しかった。
一方のアキラこと武速輝星は長身のアスリートタイプで、大雑把だが快活でさっぱりした性格が、ギャルたちともよく馴染んだ。
そんなわけで入学してすぐにこの三人でつるむようになったが、三人ともがそれぞれにタイプの違う美少女だったので、クラスのみならず学校全体でも話題に上るほどに目立つ存在となっていた。
だから、ナンパな男たちが放っておくはずはない。
「ねえ、お姉さんたち。ちょっと時間ある?」
振り向くと、いかにもチャラい男が二人。
片方は髪をくすんだ金髪に染め、もう片方はブランドのロゴが目立つ派手なシャツを着ている。
「俺たちと、ちょっと遊ばない?」
「カフェでも行こうよ。おごるからさ」
ミヤビたちにしてみれば慣れたもので、いつものように軽くあしらおうとした。
「いやー、ウチら人待ってんだよねー」
「そうそう、今からデカいのが来るから」
だが、この男たちはいつもよりちょっとしつこかった。
「いいじゃん、ちょっとぐらい。どうせ待ってる間ヒマでしょ?」
「それにさ、こんな可愛い子たちを待たせるなんて、そんな男ほっといてもよくね?」
言いながら、金髪男がミヤビの肩に手を伸ばす。その瞬間──
ぴしっ。
「痛っ!」
男が突然、手を引っ込めた。手の甲をさすりながら、辺りを見回している。
「おい、どした?」
ブランド男がちょっと心配そうに尋ねる。
「いやなんか、チクッとした」
「虫か? やべー……あたっ!」
今度はブランド男のほうが頬を押さえた。
虫などいない。
ミヤビには、何か小さな物が飛んできて男たちに当たったように思えた。
一方でルイはこの隙にと機転を利かせて、
「やだー、虫とか無理なんですけどー」
と言ってミヤビの手を引き、男たちから離れようとする。
「ちょ、待てって」
男たちは追いかけようとするが、そこへ。
「ごめんごめん、お待たせー」
遅れていたアキラがやって来た。
飾り気のない白いTシャツにジャージパンツという出で立ちは二人のギャルとは似つかわしくないが、それ以上に。
180センチ近くはあろうかという背丈はチャラ男ふたりよりも高く、広い肩幅に、Tシャツの袖から覗く腕の筋肉はそこらの男よりもよほど逞しかった。
「虫? 追っ払ったげようか?」
長身から見下ろすその眼光に、男たちは完全に怖気づいた。
「い、いや、もう大丈夫」
「お連れさんが来て、よかったね。そ、それじゃ!」
彼らは逃げるように退散した。
「ぷっ、なにあれダッサw」
ルイは吹き出してから、アキラに「遅いよ」と苦言を言った。
「ごめんて。寮長に捕まっちゃってさー」
「それよか何よその服。ジャージとかないわー」
「だってさー、私服ってこれしか持ってないし」
「まじか。じゃあまずはアキラの服、買いに行かないと」
いつもならここにミヤビも入ってくる会話だが、彼女は違う方向を向いていた。少し離れた、人混みのほうだ。
「ねえ、あれ」
ミヤビは人混みの中の、一人の後ろ姿を指差した。ミヤビらと同じ学園の制服だ。
「あれ、誰だっけ?」
「ん? あーなんか、見覚えがあるような、ないような……」
ミヤビの問いに、ルイは答えを出せなかったが、アキラはすぐに思い出した。
「あれ、うちのクラスの山田じゃね?」
☆ ☆ ☆
そんなことがあった翌朝である。
後ろ姿だけでよくわかったものだと、山田錬志は内心驚いたが、ここはシラを切っても無駄だと判断した。
「た、たしかに駅前には行ったけど……」
「じゃあ、これが何かわかる?」
目の前に突き出されたのは、刑事ドラマで見かける、証拠品を入れるような小さな透明の袋。
中には直径およそ5ミリほどの白い錠剤のようなものが二粒。
「これ、ゲンバに落ちてたの」
「現場……」
ミヤビはもう刑事になりきっているらしい。
「あの時、あいつらに当たったのは虫じゃない。コレよ。そしてコレが飛んできたとしたら、その方角は……」
錬志の席の前で、ミヤビは得意げに、次のセリフをたっぷりと溜める。
すでに席の右にはルイ、後ろにはアキラが陣取っている。左は窓だ。
「アンタがいた方よ!」
びしっ! ドヤァ。
ミヤビは得意満面だ。
「ええっと……何のことか……」
もごもごと口ごもる錬志を、ミヤビはキッと睨みつけて指差し、
「確保ー!」
その声と同時に後ろのアキラが錬志を羽交い絞めにした。
吊り上げられて、錬志は強制的に立ち上がらされる。
「はいはい、暴れないでねー」
横からルイが両手でポンポンと錬志の体を触っていく。そして
「ありました、デカ長!」
ズボンのポケットから取り出したのは、ミントタブレットのケースだった。
(なんだこのノリ……)
錬志の内心をよそに、ルイはさっそく蓋を開け、一粒取り出してミヤビに渡した。
受け取ったミヤビはそれと小袋の中身を見比べる。
「やっぱり!」
輝くような笑顔というのはこういう顔のことか、と錬志は思った。
その時、教室の前方の扉がガラッと開いて、一人の巨漢が身を屈めながら入ってきた。
担任教師の黒岩だ。
「お前ら席に着けー……ん?」
ちょうど教室の対角にいる男子生徒一人を、女子三人が囲んでいるのを目にした黒岩。
担任としては放っておくわけにもいかない。
「なんだお前ら、イジメか?」
「そんなことしないよ、黒ちゃんせんせー」
あっけらかんとしたアキラ。
強面の巨漢である体育教師の黒岩を相手に、こんなにフランクな物言いをするのはこの三人娘だけだ。
黒岩はわずかな時間で冷静に四人を観察し、そしてルイの手に握られたミントタブレットのケースを発見した。
「あー、とりあえずそれ、没収な。山田はあとで俺んとこ来なさい」
「なんか……ごめんね」
ミヤビはすっかり意気消沈して、錬志に謝りながら自分の席へと帰っていった。
☆ ☆ ☆
「どーゆーことだっ! 山田ァ!」
朝のSHR( ショートホームルーム)後、錬志を問い詰めたのは黒岩ではなく、錬志の前の席に座る男子生徒であった。
名を、茂手木未来男という。
彼はお喋りな男ではあるが、女子にはなぜか避けられがちなのだ。
それで前や隣に座る女子生徒にではなく、後ろに座る男子生徒、つまり錬志に、一方的に話しかけるようになった。
今ではこのクラスで唯一と言っていい、錬志の友人らしき生徒であった。
「どうって……」
「何なのだっ! なんで君が我がクラスの誇る三女神に囲まれておるのだッ!」
三女神とは大袈裟な、と錬示は思ったが口には出さなかった。
茂手木は朝のやりとりをすぐ近くで立って見ていた。ミヤビがいたので、自分の席に座れなかったのだ。
だが、彼の怒りの原因はそこではない。
「あまつさえ、武速さんに抱きしめられ、観月さんに身体をまさぐられるなど……」
彼にはあれが、そんなふうに見えていたらしい。
「いったい前世でどれほどの徳を積んだら、そんなことが起こるのだっ!?」
羨ましかったようだ。
「いや、そんないいもんじゃ……」
「しらばっくれるな! キサマ、感じていたはずだ! 背中の、首筋のあたりに、武速さんの……お、おっぱいの感触を!」
「……キモっ」
近くで様子を伺っていたミヤビのつぶやきが、茂手木をえぐった。
☆ ☆ ☆
その後、ミヤビは錬志に直接絡まずにチラチラと観察していたが、特に何事もなく昼休みまでが終わった。
五限目の体育は、グラウンドでのサッカーだった。五月の柔らかな風が吹く中、男女混合のクラスを二つのチームに分けて試合が行われていた。
ミヤビとルイ、アキラは同じチームになり、サイドラインで次の交代を待っていた。
錬志は対戦相手のチームでプレイ中だ。
「そういえばアキラさあ、あの時なんですぐ山田だってわかったの?」
ミヤビが水筒から水を飲みながら尋ねた。グラウンドでは錬志がボールを追いかけている。特別上手いわけでもなく、かといって下手でもない。むしろ「いるだけ」という印象だった。
「そうそう、それあたしも気になってた。アイツすっごい地味だし、あたしゃ存在すら忘れかけてたよ」
ルイが日差しを避けるように手で目を覆いながら言った。
「もしかして、ラブ?」
ミヤビがからかうように目を細めると、アキラは思い切り首を横に振った。
「そんなんじゃないって。あいつさー、体育の授業とかめっちゃダラダラやってんのよ。それでなんか腹立ってさー」
「え、そうなの?」
「ほら見て」
アキラはフィールドにいる錬志を指差した。ちょうど彼がディフェンスとして相手選手に向き合っていた。激しくボールを奪いに行くわけでもなく、ただ相手の動きに合わせて前に立ちふさがっている。ミヤビの目には、特に上手いとも下手とも言えない、いたって平凡な動きに見えた。
「アイツ全然体の軸がぶれないでしょ? ゼッタイもっとできるはずなのに、わざと手ぇ抜いてる感じなんだよねー」
「そうかな?」ミヤビは首を傾げた。「普通じゃない?」
「いや、違うね。例えばさ、あれ見てよ」
アキラは別の生徒を指差した。茂手木だ。
「普通の人はあんなふうに、ボールや相手の動きに合わせて無駄な動きをするんだよ。でも山田はさ、そーゆー無駄が全然ないの。まあ時々はあるんだけど、それもわざとやってる感じがするんだよね」
「へー、さすがアスリートは見るとこが違うね」
ルイが感心したように言ったとき、ホイッスルが鳴った。
「交代ー!」
監督役の黒岩の声がかかり、三人はグラウンドに入った。
ミヤビはプレーしながらも、錬志を観察していた。が、やはりアキラほどの運動経験がないミヤビには、よくわからなかった。
そうこうしているうちに、試合終了も迫りつつある時間帯。センターライン付近でアキラにボールが渡った。
「どりゃあ!」
アキラはためらうことなく、右足を振り抜いた。
その強烈なロングシュートは、惜しくもポストに当たり、ぐわんぐわんとゴールを揺らした。
そして
「きゃあっ!」
ボールはものすごい勢いのまま、ピッチの外で見学していた女子たちの一団へと飛んでいく。
「あっ」
その軌道上に、いつの間にか錬志が立っていた。
彼のことをほとんどずっと見ていたミヤビでさえも、アキラのシュートに気を取られて見失っていた。
「あぶない!」
誰かが叫んだときには、錬志はボールの直撃を額に受け、後ろ向きにすっ転んだ。
ボールは転々と転がって、ピッチを割った。
「大丈夫?」
「痛そう!」
「ドジだなー」
「頭打ってない?」
周囲からざわめきが起こる中、黒岩が駆け寄った。
「山田、大丈夫か?」
「は、はい……」
錬志はふらつきながら立ち上がり、頭を軽くさすった。
「保健室行くか?」
「いえ、大丈夫です……」
グラウンドの隅に下がる錬志を見送りながら、アキラはミヤビとルイに小声で言った。
「今のさ、変じゃない?」
「何が?」ミヤビが尋ねる。
「あいつ、ちゃんとダメージにならない当たり方してたし、倒れるときもキレイに受け身取ってたよ」
「え、そうなの? 普通に痛そうに見えたけど」
ルイは眉をひそめた。
「いやいや」アキラは真剣な顔で続けた。「あのボールの勢いだったら、普通は避けようとするか、手でガードするでしょ。でもあいつ、わざと頭のいちばん硬いとこで受けたよ。しかも倒れ方が柔道家ばりの完璧な受け身で!」
「本当かなぁ……」
ミヤビはにわかには信じられなかったが、錬志が何か隠していそうな疑いは深まった。
まだ一ヶ月あまりの付き合いだが、ここでアキラが変な嘘をつくようにも思えなかった。
「まあアキラが言うなら、間違いないか」
「うん、スポーツのことならアキラ先生が一番詳しいしね」
ルイも同意する。
「よーし、じゃあ山田錬志の身辺調査、続行するよ! あいつの正体、ゼッタイつきとめてやる!」
ミヤビは決意を新たに、友達と頷きあうのだった。
あのとき本当に助けてくれたのならお礼を言いたい、という当初の動機は、もはや忘れられつつあった。
☆ ☆ ☆
それから一週間が過ぎた。
錬志はよほど警戒しているのか、まったく怪しい素振りを見せなかった。
本人がダメなら親しい友人から情報を得ようと、茂手木をくすぐり拷問にかけたりもしたが、なんの成果も得られなかった。
茂手木はとても嬉しそうだったが。
「ごめん、今日は掃除当番だから。先行ってて」
そんなわけでルイを欠いたミヤビとアキラの二人は、放課後、日課となりつつある錬志の尾行に乗り出した。
「いっつもこのへんで見失うんだよねー」
「アイツ、人混みにまぎれるの異様に上手くない?」
駅前の大通りでそんなことを話しながら尾行していると、錬志が明らかに歩く速度を上げた。
「あのヤロー、今日こそは逃さんぞー!」
「あっ、こらアキラ! 待ってって!」
この成果のない一週間に、フラストレーションが溜まっていたのだろう。
ミヤビが止める間もなく、アキラはダッシュしていた。
かつて、将来の日本陸上界を背負う逸材とまで言われた豪脚である。
小走りで追いかけるミヤビなど、あっという間に置いていかれた。
「ちょっともー、マジかんべんしてよー」
錬志どころかアキラさえも見失ったミヤビは、きょろきょろと辺りを見回した。
見通しの良い大通りに見当たらないということは、どこかの建物か脇道に入ったはず。
「ここかな?」
とりあえず、目の前の角を曲がってみた。
一本入っただけで、大通りの喧騒が嘘のように静かになり、ビルの影は薄暗く、ミヤビの心細さをかきたてた。
そのまましばらく進むと、少し開けた路地裏に出た。
(うわ、サイアク……)
そこに、ガラの悪そうな若い男たちが数人、たむろしていた。
ミヤビは引き返そうとしたが、それよりも先に男たちが彼女に気がついた。
「お姉さんどうしたのー? 道に迷ったー?」
「案内してやろーか?」
「それよか、俺らと遊ぼうよォ」
下品な薄ら笑いを浮かべながら、男たちは近づいてくる。
「いえ、大丈夫ですっ」
ミヤビは踵を返して逃げようとしたが、男の一人が素早く回り込んで退路を通せんぼしてしまった。
「逃げなくてもいいじゃーん……って、あれ?」
(げっ、マジで超サイアクなんですけど……っ!)
「こないだのお姉ちゃんじゃん。今日はひとり?」
それは、一週間前にミヤビたちをナンパした金髪男だった。
よく見るとその時のブランドシャツ男も一団の中にいる。ほかには三人。男たちは総勢五人組だ。
「あらためて見ると、やっぱすげーカワイイね」
「 カワイイつーか、もはや美人じゃね?」
「 彼氏いんの? やっぱギャルだから、いろんな男と遊んでんじゃね?」
「いーじゃん、俺らとも遊んでよ」
「はあ!? ギャルなめんなっ」
ギャルだから、などと言われてカチンときたミヤビだが、強気に言い返しても事態は好転しない。
「怒った顔もカワイイねー」
「泣いてる顔もカワイイんだろうなー」
「俺のテクでヒーヒー泣かせてやるぜ」
「お、その反応はもしかして処女?」
「俺たちはどっちでも大歓迎だぜーへへへ」
いやらしい顔でゆっくりと迫ってくる男たちに、壁際まで追い詰められたミヤビ。
アキラのような筋力やルイのような機転があれば……などと一瞬考えるが、強い気持ちで振り払う。
ここはダメで元々、大声で助けを呼ぶしかない。
(どうせなら、こいつらがビビるぐらいの大声を出してやる!)
思いっきり息を吸い込んだとき、ついに金髪男の手がミヤビの手首を捕らえた。
「叫んだって無駄だぜ。こんなとこに誰も来やしねーよ」
しかしミヤビは怯まず、腹の底から声を絞り上げた。
「誰かーーーーー!!」
その声は路地裏のビルの外壁に反響して、やがて消えた。
「へへへ、でっかい声だったな。鼓膜が破れるかと思っ……ぐわあっ」
ニヤニヤと笑っていた金髪男が突然ミヤビから手を離して崩れ落ちた。
「な、なんだ!?」
先ほどまでニヤついていた他の男たちも、一瞬何が起こったのかわからず固まった。
地面に膝をつき、 苦しげに肩を押さえる金髪男 。
そして――
まるで初めからそこにいたかのように、一人の少年が立っていた。
(山田……!)
黒縁眼鏡はなく、前髪が目元を隠し、顔の下半分は黒いマスクで覆われている。
いつもの猫背ではなく、背筋を伸ばした堂々とした佇まい。
しかし、この一週間ずっと彼を観察し続けてきたミヤビには、それが間違いなく山田錬志だとわかった。
「な、なんだコイツ!?」
「いつのまに現れた!?」
男たちは混乱している。
「少し、離れていろ」
いつもとは違う錬志の落ち着いた声に、ミヤビは驚きながらも頷き、壁づたいに横歩きして距離をとった。
「い、一斉にかかれ!」
リーダー格らしき男が叫ぶと、三人の男が錬志に襲いかかった。
左右から同時に二人が迫る。
錬志は一瞬にして身をかがめ高く跳ぶ。
目標を見失った二人は勢いのままに正面衝突した。
その二人の頭を踏み台にして、錬志はさらに跳んだ。
着地地点にいた三人目の男は、迎撃しようと身構えた。
錬志は落下しながら身体を丸めて前方へ一回転。
その回転の勢いを乗せた踵落としが、男の肩に叩き込まれた。
「ぐわーっ」
肩を抑えて男がうずくまる。
その間に錬志は反動を利用してバク転しながら着地。
そこはちょうど、頭を振って体勢を立て直そうとする二人のすぐそばだった。
ビシビシッ!
急所を突かれた二人は、声も出せずに地面に沈んだ。
それはまさに、あっという間の出来事だった。
「忍者じゃん……」
ミヤビは思わずつぶやいた。
残されたリーダー格の男は、後退りながらポケットから折りたたみナイフを取り出し、刃を露わにした。
「な、なんなんだよテメェ……!」
錬志とナイフを構えた男は、数メートルの距離でじりじりと睨み合う。
錬志はさりげなくミヤビを背後に庇うような位置に立った。
「ぶ、ブッコロしてやる……!」
みずからの怯えを振り払うように、男が威嚇する。
錬志は黙ったまま、左手を開いて、男に向けて突き出すような姿勢をとった。
男は左手を警戒して注視する。
しかしミヤビは錬志の右手を見ていた。
直径1センチほどの小石が、親指と人差し指の間に挟まれて、ぎりぎりと圧力をかけられている。
指が小石を弾いた。
「痛っ!」
放たれた小石は正確に男の右手に当たり、その痛みで男はナイフを取り落とす。
と見るや、錬志は一気に距離を詰めて腹部に一撃を入れた。
ついでに地面のナイフも遠くに蹴り飛ばす。
「がはっ……」
男は息を詰まらせ、膝から崩れた。
錬志はすぐにミヤビのもとに戻り、その手を取った。
「走るぞ」
いつものどもりがちな喋り方とはまるで違う、低く鋭い声。
そして前髪の隙間から見える、射抜くような眼光。
ミヤビは心臓が大きく跳ねるのを感じながら、手を引かれるままに走り出した。
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……!)
心臓のドキドキが止まらない。
顔も妙に熱い。
(なんなの、なんなのこれーっ!?)
☆ ☆ ☆
ものすごく長い時間だったような、あっという間だったような逃走は、大通りに出て終わった。
「あ、あのっ!」
錬志の手が離れるのを名残惜しく思いながら、ミヤビは思いきって声をかけた。
「ありがとう、助けてくれて。今日も、先週も!」
前髪の下の目をまっすぐ見つめるミヤビの視線。
しっかりと見つめ返しながら、錬志は静かに強く念押すように言った。
「このことは、誰にも言うなよ。いいな?」
「うん、誰にも言わない。約束する」
ミヤビは真剣な顔で答えた。
錬志は少しほっとしたように息を吐き、目を伏せた。
「あと、俺のことは放っといてくれると、助かる」
それだけ言い残すと、引き止める間もなく錬志は人混みの中に消えていった。
その背中を見送りながら、ミヤビは高鳴る鼓動を確かめるように、胸に手を当てた。
ほどなくして。
「おーい、ミヤビぃー!」
錬志が消えたのとは反対の方角から、アキラが帰ってきた。
「ごめんごめん、見失っちゃった。アイツやっぱタダモノじゃ……あれ、どしたんミヤビ?」
バツの悪そうなアキラの声など聞こえないかのように、ミヤビはふうっと熱い息を吐いた。
「……恋かも……」
「……は?」
五月の空はいま、赤く色づきはじめていた。
斬新さなどいらぬッ! ベタなラブコメが読みたいんじゃあ!
という気持ちで書きました。
続きは一応考えているのですが、なぜか異能学園バトルものが脳内で展開されています。
まとまったら、連載版として投稿するかもしれません。