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グループワーク

「なあ明日海、ろうそくで手紙の蓋がしてあったって聞いたけど、なんなんだ、それ」

「……まさか気がつかれてたなんて……むしろシーリングスタンプ使ったことで中を見られなくて済んだ……と思うしか無いわ」

「シーリングスタンプ?」

「ろうそくじゃないけど、優真からしたら同じかも。専用の蝋を溶かして、その上からスタンプを押すシールみたいなもの。カッコよくない?」

「……手紙の厨二って感じ……」

「カッコいいでしょ!!」

「わかんね……」


 俺は明日海の横で自転車を漕ぎながら首を振った。

 昨日の夜、兄貴の家に行き、今日の朝は明日海と一緒に登校している。

 明日海はあの手紙を「家で捨てるのも恥ずかしい」と海で燃やしたと言っていた。

 ろうそく付いてたらすげー燃えそう……と思っちゃうのは間違ってるのか?

 明日海は自転車を漕ぎながら、


「昨日の夜……真広さんがすっごく優しかった気がする。私ひとりで行くと冷たくて……知らない男召喚されるし、もう散々。分かったよ、優真と行けばあんなに優しくしてもらえるなら、優真と行く。部活してあげるから、週に一回は真広さんの家で晩ご飯だからね」

「兄貴もそれが一番嬉しいって言ってたよ。明日海の飯は旨いし、みんなで食べたほうが楽しいって」

「……やはり男は胃袋から……。ご飯作れて可愛いJK嫌いな男いる? 居ないよなあ~~」

「怪文書残されてビビらない男がいる?! 居ないよな~~」

「うっせぇ優真! よし、これからその路線で行くわ。真広さん何でも食べてくれるし、作りがいある~~」

「俺は洋食が好き。お浸しは味がないから苦手。魚は飽きた」

「うっせえ優真! おめえに食わせる飯はオマケ!」

「エビフライが好き」

「魚食べ飽きたって言ってたじゃん」

「エビは魚じゃねーし。タルタルソースはゆで卵で手作りしたやつが好き」

「醤油かけとけ!」


 そう言って明日海は爆笑した。

 そして今日のお昼は部室に顔出す~、田見さんにはじめましてする~と言ってくれた。

 明日海が居てくれるとマジで助かる……。俺たちは下駄箱で別れた。

 教室に入って田見さんの席を見ると、今日も必死に本を読んでいた。またインパールの戦いかな……と思ったら、


「おはよう。インパールはもう読み終わったの?」

「あっ、おはようございますっ……。はい……牟田口廉也むたぐちれんや中将に対しての怒りが溜まっただけでしたっ……」

「ごめん分からない」

「無能……読み終わった感想は無能でした……次はもっと楽しい話を読もうと思って」

「『祈りの幕が下りる時』……東野圭吾だ」

「気が滅入る話で面白いです」


 そう言って田見さんは目を細めた。気が滅入る話で面白いです……まあミステリーだとそうなのか?

 俺が良いなと思うのは、田見さんはひとりでいることを淋しいと思っているだろうけど、こうしてひとりの時間をすごく楽しんでいるところだ。家で曲も作ってるだろうに、重たそうな本を一日一冊読む読書速度。それにいつも楽しそうに感想を話してくれる。

 話し方も、はじめて会った時より、おどおどしてない気がする。

 そこに前の席の芝崎が来た。


「おはよう、蜂谷くん。田見さん、もう次の本行ってる、すご。あ、東野圭吾だ。何が一番好き?」

「おはようございますっ……東野圭吾だと……赤い指……でしょうか」

「え。あの認知症のおばあちゃんが悲惨なヤツだよね」

「あの逃げ場の無さ……狭い瓶の中に閉じ込められたような閉塞感がいいです……」


 田見さんの朝本レビュー、ちょっと面白い。

 田見さんの感想を聞いてると読みたいような、全く読みたくないような……少なくとも昨日俺は家でインパールがどこにあるのか調べてしまった。予想より内陸にあるんだな、知らなかった。ありゃ補給が必要だろ。



「じゃあ、グループワークの班……最初だから縦のラインでいくぞ~」


 授業が始まった。

 先生は教壇の前にたち「ここと、ここと、ここ……みたいに縦列でいいよな」と動きながら言った。

 うちの学校はグループワークという授業がある。クラス内でグループを組んで色々調べて発表したり、作ったりする授業だ。

 四月で学校が始まったばかりの教室で、半分は中学からの進学組、半分は外部からの入学組で、なんとなくクラスがバラバラだ。

 だから「知らない人と組め」という意味で、クラスが変わった初回のグループワークは席順の縦列で、グループ分けがされる。

 ラッキーだ、と俺は小さく思う。

 だって俺は窓側の前から二番目の席で、一番後ろの席は田見さんだ。最初のグループワークで同じ班になって助けてあげられるのは良いと思う。それに田見さんが唯一少し話すようになりはじめた図書部の芝崎は田見さんの前の席だし、有坂もいる。

 先生は黒板に、


「今回のテーマは、学校近くの観光名所、淡浜海岸あわはまかいがんになんとか冬も観光客を呼べないか……だ。発表は二ヶ月後な」


 二ヶ月間このテーマで話し合い、スライドなどを作って解決策をグループ内で発表する。

 俺はみんなでワイワイするのが好きだから、グループワークはすげー好きだけど、田見さんにとってはキツいだろう。

 さっそく縦のラインで集まることになり、真ん中あたりの席に集合する。

 俺はなんとなく田見さんの横に立ち、


「良かったね、縦わりで」

「はいっ……あの……命が救われた思いです……」


 そう言って田見さんはコクコク頷いた。

 横で芝崎さんが、

「わかる……うちらみたいな陰キャ系に、うちの学校特有、二ヶ月ごとにあるグループワークはキツいよね」

 田見さんは目を丸く大きく開いて、

「二ヶ月ごとに……?!」

「大丈夫、田見さん。私、音楽もアニメもイマイチよく分からないけど、本が好きっていう共通点があるから、楽だよ。だから年間通して組もう。本読みはグループワークでまあまあ大切にされるし」

「!! ……ありがとうございますっ……!」


 田見さんはノートを抱えて俯いた。

 良かった……俺が毎回誘おうかなと思ったけど、クラスでは女子といるほうが平和だと思う。

 でもこの列……問題があって……と思ったら、腕に柔らかい物体がぶつかってきた。

 ……きた。


「優真と同じ班で助かる~!」

生駒いこま。おつ」

「テンション地獄~? 同じクラスになるの、超久しぶりで話したいって思ってた! バスケ部はもう来ないの?」

「アニメ研究部に絞った。運動したくない」

「アニメって陰キャオタすぎるから辞めなって~。有坂まだヘルプ探してるよ? 友だち見捨てるなんてゴミじゃん?」


 そう言って生駒夏南子いこまななこは俺の肩をバシバシと叩いた。

 いてぇ……。俺の列の一番前は生駒だ。生駒は全く授業を聞かないから、万年一番前、教卓ゼロ列目民だ。

 生駒はキャラ設定で言うならギャル。金色でウエーブがかかった髪の毛はハーフツインでいつも何かがくっ付いている。

 話す時にいつも誰かに触れていて、笑う時に必ず誰かを叩く。

 もはや原形を留めないほど派手に着崩した制服、そして彼氏は三ヶ月単位で変わる、まあなんというかすごい。

 ちなみに有坂が童貞を捧げた? 奪われた? 相手で、バスケ部全員生駒で童貞喪失してる……バスケ部童貞ハンターだ。

 俺も明らかに誘われたけど、生駒が裏で「あの男はこう動く」みたいのを言っていると知って心底怯えた。

 ネタの一部にされるのを承知で童貞喪失したくない、怖い、怖すぎる。

 まあそんなこと言ってるのは俺だけらしく、みんな列を成して生駒としてる。すごい、強い。

 こうして話している間も、ずっと俺の肩に手を乗せていて、胸が背中に押しつけられている……すごい、圧が強い、あとたぶんこれノーブラ。直にくる、学校でノーブラとかほんとすごい、意味がわからん。

 今も彼氏がいるだろうに、その彼氏はこの生駒を見てなんとも思わないのだろうか……と要らぬことを考えてしまう。

 生駒は俺の肩に手を乗せて、


「優真のところ、海の近くの店じゃん? だからそこで何かするって書けばグループワーク終了じゃん?」

「いやうちの店、道の駅だから、海からかなり遠いぞ。集客には関係ないだろ」

「え~~。だって冬の海なんてマジ行きたくないし、そんなの思いつかない~~。あ、有坂~。今日ご飯一緒に食べない?」

「いいよ」


 そう言って生駒は有坂の方に移動していった。

 有坂は今も「たまに世話になってる」と言ってたから、うん……任せよう。

 ふと見ると、さっきまで少し緊張が解けていたように見えた田見さんが、芝崎の後ろで完全に気配を消していた。

 田見さんは生駒みたいなタイプすげー苦手そうだよな。

 


 お昼休み。授業が終わって今日も部室で飯を食うことにした。

 田見さんは1、2時間目のグループワークが終わってから、恐ろしいほど元気がなく、ずっと本を読んでいた。

 俺は階段を上りながら田見さんの方を見て、


「大丈夫? グループワークがイヤ?」

「……いえあのっ……こういうこと……告げ口みたいであんまり言いたくなくて……あの……たぶん悪気なくて……ご本人何も覚えてないっぽくて……あのそんなこと覚えてる私が変なのは分かってて、だってアニメ研究部に陰キャとか酷い……ことを、あの……」


 そう言って田見さんはお弁当を抱きしめた。

 そしてトコトコと階段を上りながら必死に何かを伝えようとしているので、俺は静かに言葉を待つ。


「それでも、蜂谷さんが同じ班で命救われて……」

「うん」

「あの……入学式の時に、私の声が変だと生駒さんに言われまして……」


 それを俺に言うのが告げ口だと思う所があまりに田見さんだ。

 俺は頷いて、


「なんて言われたの?」

「……喉壊れてるならマスクしてよ……と」

「うっわ……ひっど。いや、アイツ言うわ。言いそう。え、最初普通の声で話したてみたんだ、今みたいに小声じゃなくて?」

「……はい」

「なるほど、せっかく勇気出したのにショックだったね」

「っ……!!」


 そう言って田見さんは弁当箱を抱きしめて俯いた。

 どうやら入学式の時は普通の声で頑張ろうと思ったのに、生駒にへし折られたようだ。

 生駒は言う。生駒は基本的に人の心を全てへし折る。俺はそれをバスケ部で見ている。

 俺は田見さんの横に並んで、


「俺が同じ班で良かった。入学式とは違うから大丈夫だよ」


 そう言うと田見さんは少し顔を上げて、コクコクッと頷いた。

 



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― 新着の感想 ―
>シーリングスタンプ  お? 高校生男子は、封蝋知りませんか…(^^;)  兄ちゃんは社会人? でも知らないかぁ…。  結構話題なんだけど(^^;) >童貞ハンター  うげぇ…  昔、「巨乳ハンター…
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