私の中に生まれた歌は
「え……どういうこと……?」
「なにこれ、酷い……」
私と碧は部屋から出て来て玄関で絶句した。
起きてきたら玄関にお父さんが転がっていたのだ。
砂だらけの靴を枕にしてぐっすり寝ている。……意味が分からない……。
私たちが呆然とみているとお母さんも起きてきて、
「やだ、あなたどこで寝てるの? ちょっとーー! 起きなさい、今日もフェスよ?!」
「いやあ、さすがにもう飲めないですって~」
「あなた、ちょっと!」
私と碧は玄関でゴロゴロしているお父さんをポカンと見た。
昨日のフェスの会場でもたくさんの人が砂浜に転がってたけど、お酒って怖い。
お母さんはお父さんを引っ張り上げながら、
「あなたたちはご飯食べて。今日は淡浜フェス最終日よ」
「はぁい」
私たちはリビングに向かった。
碧はご飯をもふもふと盛って椅子に座った。
私もご飯を盛りながら、
「碧、昨日すごかったね。すっっごく早かったよ」
「ふふん。美都ちゃんに勝てたの、熱い」
「ランで抜いた子? すごかったよーー! めちゃくちゃカッコ良かった!」
「美都ちゃん今日まで淡浜にいるみたいで、一緒に淡浜回りたいって言われたから、行くの」
「おおー、いいね。楽しそう」
私は美都ちゃんをしらないけど、文脈から察するに、四国でトライアスロンしている女の子だと思う。
小学生の女の子でトライアスロンしている子は日本でたぶん数人しかいない。だからみんな知り合いなのだ。
碧は小学校から配られたマップを開いて、
「どこから花火見るのがオススメなの?」
「動物園はキレイに見えるし、かき氷も花火付き、それに遊具もあって楽しいって優真さんが言ってた」
「ほ~~。じゃあ午前中に青島行って、昼過ぎから動物園行こうかなー」
碧と私はもくもくとご飯を食べながら話した。
淡浜フェスがはじまってから、毎日色々忙しくてすごくお腹が空く。
お皿を片付けて部屋に向かったら、廊下にお父さんが転がっていた。
どうやらお母さんも諦めたみたいで『動かなくてすいません』と電話している声が聞こえた。
お父さん今日もお仕事ありそうなのに、最低ー!
「あ、笑衣子ちゃんだ。お父さん大丈夫?」
「浮遊0さん、おはようございます。全く大丈夫ではないです。玄関で砂だらけになって寝てました」
「あはははは! ONEも同じなの。ホテルの部屋まで戻ったみたいだけど、廊下で寝てた。なんか砂だらけで、笑衣子ちゃんのお父さんと最後まで飲んでたって聞いたから」
「はい、酷いことになってました。あの、それで私で何かお手伝いできることがあれば父の代わりに……と思ってきました」
「今日のお父さんの仕事は花火会場の設置じゃないかな。15時からみたい」
「なるほど、じゃああの人は不必要ですね」
「娘の冷たさ、笑える。一緒に会場の片付けしてくれると助かる」
浮遊0さんに言われて、私は砂浜に埋まっているケーブルを掘り起こし始めた。
朝イチの時点で春岡高校の生徒たちが椅子を運んだみたいで、ケーブルだけ残されていた。
優真さんたち朝イチからお仕事だったんだ……大変すぎる。私はせっせとケーブルを掘り起こした。
「加音ちゃん、おはよう!」
「カルマさんっ、おはようございますっ!」
私は昨日いただいたリボンとチョーカーを見せて挨拶した。
カルマさんはそれを見て笑顔になり、
「昨日楽しかったねーー!」
「本当に最高でした。カルマさんすっごく歌が上手で、サクラちゃんの歌どれも最高でした」
「ふふふふ……実は歌えるからね。私歌える曲しかネイロで作ってないから」
「私、昨日それに気がつきました。私が作った曲だけ、極端に歌えない曲で……」
「そこが加音ちゃんの曲の良い所だよ。コレ絶対なんとかして歌ってやる~~~~ってメッチャ気合い入ったもん」
「すごかったです、本当に」
「笑衣子ちゃんの『ネイロバージョン』、ライブ会場だとばっちり分かったね」
「!!」
私は目を丸くした。
カルマさんはニコニコしながら、
「完成版聞いたときにすぐに分かったよ。でもカエが『何も言わず、このままで』って言うから、本番まで黙ってたんだからー!」
「あっ、あっ、あっ……!」
当たり前だけどプロのカルマさんと浮遊0さんにはバレていた。
バレてないだろう~~と思っていた自分が一気に恥ずかしくなってきた。
私が髪の毛で顔を隠しているとカルマさんが来て、
「言ったら絶対に『消しますっ!』って言う気がして」
「言ったかも、しれません……」
「良かったでしょう? あなたの声、最高なんだから」
「っ……ありがとうございます!」
自分では自信がなくて、やっぱりこっそりと使うことしか出来なかった。
浮遊0さんみたいな音楽のMIXのプロさんが触れば、あそこまで私の声が違和感なく『使える』んだと分かった。
浮遊0さんがいじって、歌のプロのカルマさんが一緒に歌ってくれて、真夜中のダイナソーは完成したんだ。
カルマさんは私の前で手を広げて私をぎゅうと抱きしめて、
「加音ちゃん、ありがとう。最高だった」
「こちらこそ、本当にありがとうございました」
嬉しい、すごく嬉しい……カルマさん柔らかい。
カルマさんは私を抱きしめたまま、
「また来る」
「はいっ……!」
「また連絡する、ていうか、マメに連絡する。そうしないと私、また距離感戻る。基本人見知りだからずっと話してると大丈夫だけど、ちょっと離れるとリセットされるタイプ」
カルマさんはそういって苦笑した。
すっごく気持ちが分かっていただいたチョーカーに触れながら、
「私もたぶんそのタイプです……今だから来年の約束とか出来ますけど、一ヶ月話さないとダメになるタイプです……」
「わかる」
「ですよね……」
「だからこそ、また来るね。カエもここでする釣りにハマってルみたいだし」
「はいっ!」
私たちは手を握ってグイグイ振って別れた。
浮遊0さんは、荷物を持ちながら、
「今日は青島で釣り! いや~~~船から花火見るの楽しみ~~」
と言いながらカルマさんを連れて淡浜から去って行った。
どんどん片付けが進み、最終日……花火大会の準備が進む淡浜で私は背筋を伸ばした。
準備して、準備して、頑張った淡浜フェス。昨日の夜のことが、幻みたいに頭にこびりついている。
真っ暗な会場に響くONEさんの声、見事な一番星と、背中から響く音、会場のスマホの光、そして鳴り響く真夜中のダイナソー。
きっと一生忘れない、人生で一番大切な日。
「田見ちゃーーーん、これもこっちーー!」
「はいっ!」
私は巨大なゴミ袋を抱えて道路に出た。
淡浜ライブで出た大量のゴミを処理することから今日の仕事は始まる。
食べたゴミ、そして飲んだビール瓶、敷かれたシートに、コンビニのお菓子の袋……もうとにかくすごい!
淡浜フェスはそこら中にゴミ箱を設置しているので、どこかに放置されることはないけど、すごい量であることは間違いない。
巨大なゴミ袋を抱えて道路にくると、そこに芝崎さんと有坂さんがいた。
ふたりとも巨大なゴミ袋を引っ張っている。
有坂さんは、
「おはよう、田見さん」
「おはようございます。朝から椅子を移動させてたんですか?」
「そう。もう俺のエナジーはゼロ。昨日は夜の23時まで片付けて、朝の6時から椅子運んでエナジーゼロ」
「おつかれさまです……!」
「いやでもさ、昨日のライブマジですごかったよ。店の人たちもみんなスマホ振ってたんだ。会場の人だけかなと思ったら、会場の外の人も、みんなスマホでQR読んでスマホ振ってた。マジで楽しかったし、音楽良かった」
「あのっ……」
いつもだったら私だけの力じゃないんです……って言うけど、今回は私、すっごく頑張ったと胸を張って言える。
それにちゃんと頑張ったと言わないと、一緒に作った人たちに失礼な気がする。
せっかく楽しかったのに、それを欠けさせたくなくて、全部認めたくて、
「頑張りましたっ……!」
「すごかったよ、ほんと。いや楽しかった」
「ねーーー。私ホテル手伝ってたんだけど、そこから見た会場すごかったんだよ」
そう言って芝崎さんはスマホを取りだして写真を見せてくれた。
それは芝崎さんがお姉さんと一緒に仕事している淡浜岬ホテルから撮った会場の写真だった。
淡浜の真ん中……フェスをしている所だけ無数の光が集まっていて、そこで四角く発光しているみたい……!
芝崎さんはそれを私にAirDropしながら、
「まじでキレイだった。みんなですごいねーって言いながら写真撮ったの」
「海に到着した箱船みたいですね」
私の言葉に芝崎さんはクスリと笑い、
「相変わらず田見さんは表現が面白いね」
有坂さんは深く頷きながら、
「いや、だからこそ作れる音楽なんだろうな~~。すごかったわ~~」
言いながらゴミを引っ張って歩いた。
私はゴミを移動させながら、キョロキョロと周りを見る。
そして有坂さんに、
「あの、優真さんは……」
「優真は星野酒店手伝ってる。ビール瓶とゴミがあそこもすごいみたいで」
「じゃあ、私も行ってきますっ……!」
そう言ってある程度集めたゴミを道に置き、星野酒店へ向かった。
星野酒店は明日海さんのお姉さん……雪見さんがカフェをしているところで、淡浜フェスの間は表に席を出して営業している。
連日お客さんが押し寄せてきて、無料で配っている甘酒は昼すぎには無くなるのだと聞いた。
私が向かうと入り口に明日海さんがいた。私を見つけて手を振り、
「田見ちゃんーー! ビール瓶助けてーー!」
「はいっ!!」
星野酒店の前には山の方に瓶が入ったラックがあり、私はそれをせっせと道まで運んだ。
もうすぐ道にトラックが来て、すべてのゴミを回収していく。それまでに全部道に出す必要があり、淡浜の学生たちが必死に動いているのが見える。
道において店にもどり、店からラックを持って道へ……を繰り返す。
最後のラックを持って道路に出ると、ちょうどそこにトラックが来た。
トラックに積み込んでいると優真さんがラックを持って走ってきて、
「ラストーー!」
「間に合いますっ!」
私と優真さんは一緒にトラックにラックを積み込んだ。
走り去ったトラックを見て、私と優真さんは道路脇にあるベンチに座り込んだ。
「つ、つかれた……」
「おつかれさまでした……」
私たちがヘバっていると、明日海さんが自転車に飛び乗り、
「道の駅で真広さんが手伝ってるみたい。行ってくるね!!」
「おつー……」
「おつかれさまですっ……!」
私と優真さんは自転車で走り去る明日海さんを見送った。
真広さんの事になると明日海さんのバイタリティーは私の体力よりすごい……!
優真さんはベンチから立ち上がって店に戻りながら、
「おつかれさま。浮遊0さんとカルマさんと、会場の片付けしてるの見えてた」
「はいっ、一緒に片付けて、また絶対会おうと約束しました。今日は青島に行かれるみたいです」
「そっか、船ある人は船から花火見られるんだよな。すげーキレイだって聞いた」
話しながら星野酒店に到着した。
優真さんは奥からつめたい麦茶を出してきてくれた。
それはキンキンに冷えていて、朝から飲まず食わずで作業していた私には最高に美味しかった。
私はカバンからタオルを引っ張り出して、
「あのこれ、ありがとうございましたっ! 昨日の夜洗って、朝には乾いてました」
「え。そんなにすぐに返してもらわなくてよいのに」
「淡浜フェスの花火を見ながら、それをみんなで振ると聞いて……! 私の涙と鼻水でグシャグシャだったので……!」
「去年のタオルで良いやって思ってたけど、色が違うか。ありがとう」
そう言ってタオルを受け取った。
私はそれを渡して頭を下げた。
「本当に……映像がすてきでした。自分のことで必死で、優真さんがどんな映像を、どこに付けたのか、全然知らなかった。昨日の夜全部見たんですけど、どれも淡浜の歴史がよく分かって、動物園の遊具、めっちゃくちゃやりたくなりました!」
「今はすげー混んでるみたいだから、終わったら夏休みに行こうよ。そうそう、田見さん絶対喜ぶって明日海と話してたんだよ」
その言葉が嬉しくなった。
私がいない時にも、私の話をしてくれてるんだな……。
私は三つ編みを持ち、優真さんの方を見て、
「今回……本当に一緒にスタンプラリーができて良かったです。こう……バランス悪くて……なんかちょっとしたらひっくり返りそうな私の感覚が、こう……反対側に優真さんがドンと座って、大丈夫って言ってくれた気がして、すごくこう……私が安定しました」
「相変わらず田見さんの表現は面白い」
「ネイロの中にある私の声に、すぐに気がついてくれた時、本当に嬉しかったです。どこにいても、どんな形で、どんな私でも、優真さんが見つけて褒めてくれる。そう信じられた。また悲しいことあっても、何かあって、何か言われたとしても、優真さんがいれば大丈夫だと思えるようになったんです」
砂浜で真夜中のダイナソーを聞いて、優真さんに背中に撫でられていた時に芽生えたのは、間違いなく「安心」だった。
私の中にちゃんと私が産まれたのが分かったのだ。今日はこの気持ちを優真さんに伝えたい、早く会いたい、そう思った。
私は優真さんをまっすぐに見て、
「ここに来て優真さんに会えて良かった」
「……俺も。田見さんといるのが一番良い、一緒にいたい」
と微笑んでくれた。
私はこれが「人が特別になること」なんだろう。
そしてこれを音楽にするならどんな音だろう……と思っていた。
その曲は今までの私の曲のように頭から下らない……恥ずかしくて踊るような、でもどこか慎重で、でもこの人になら聞かせられる、そんな音楽。
次話・最終話です。




