空と時と音の狭間で
音は目に見えないのに、絶対そこにあると思える時がある。
色も匂いも、触感さえある、私はそう思った時が何度もある。
曲を作っている時、大きなバケツの中に手を突っ込んで、その中から音を探す。
取り出して並べて、並べて、音を紡ぐ。
その時に「気持ち良い」「これがいい」「こうじゃない」「違う国へ行こうとしている」「こっちにはいきたくない」
並べて様子を見ている。
音の繋がりには性格があって、それを繋げることで音楽は生まれる。
ONEさんの曲は、みんな仲良しなのに、たまにピリッ……と機嫌の悪い人が入っている……そんな音楽。
でもこれは言葉で言っても分かりにくくて、とっても感覚の世界。
私と優真さんは会場の一番奥、大きなスピーカーの前にちょこんと二人で座ってライブを聞いている。
横に座っている優真さんが小さな声で、
「たまにピンッって音が跳ねてるのが面白いね」
私は、気持ちを分かって貰えた気がして嬉しくなりながら、
「これ、ONEさんの曲でよくあるんです。次の音との繋ぎにもなったり、別の世界に繋がったりする音なんです」
「気持ち良いのに、気になる。すごいね、面白い」
「そうなんです」
私はコクコクと何度も頷いた。
ONEさんは、昔はたくさん曲を作ってテレビにも出ていたけど、最近は表だって活動していない。
最初に歌った曲はONEさん最大のヒット曲で、ドラマの主題歌になっていたものだ。
それは優真さんも知っているみたいで、
「あ、この曲のサビ知ってるわ」
「有名ですよね。今でも歌ってみたでアップしてる人がいるくらいです」
「確かに今っぽい」
優真さんは頷いた。
初期のONEさんの曲は、変わったものが多かった。
関係が無い言葉を繋いでオリジナルの言葉を作ったり、突然サビから始まったり、今の人が聞いても「おお」と思うような曲が多いと思う。
コード展開も変わったものが多く、当時は驚かれたけど今はネイロでもよく使われている。
二曲歌ってONEさんがマイクを持ち、
「お久しぶりです、ONEです。何人か知ってる顔がいる。嬉しいな。ごめんなさい、表出るのが久しぶりで」
「おい~~~、生きてたのか~~!!」
「待ってたよ~~~」
「サボってないで歌えよ~~~」
会場からお父さんくらいの人たちに叫び声が聞こえてくる。
ONEさんが人前に立ってライブするのは7年ぶりみたいで、大きな拍手と歓声が響く。
ONEさんは低い声で何度も「ごめんて」と笑った。
ONEさんは舞台上でビールを持って、
「飲みながら歌って良いって言うから、引き受けちゃった。かんぱーーーーい」
「かんぱーーーい」
会場にいる1000人くらいの人が一斉に叫ぶ。
そして持っていたビール瓶を掲げて、カンカンと隣の人たちと鳴らす。
すごーーい! 私も優真さんが買ってきてくれた瓶に入っているウーロン茶を、優真さんと鳴らす。
子どものためにこの商品が売られてるみたいで、私たちはこれを飲んで瓶をピュウピュウ鳴らす。
楽しいーー!!
ONEさんは舞台上で一気にビールを飲み干して、
「うめえし、景色最高……! よっしエンジンかかってきた、いくぞ!」
そう言ってギターを鳴らした。
お父さんがドラムを叩いて、トランペットが響く。
管楽器の人たちがたくさん来ていて、舞台の音がどんどん華やかになっていく。
この曲はお客さんがビール瓶を吹くタイミングがあるみたいで、トランペットに合わせてみんなでビール瓶を吹く。
楽しすぎるっ……! 一気にテンションを上げて二曲歌った。
そして「疲れちゃった」と椅子に座って、次のビールに手を伸ばした。
美味しそうにそれを飲み、最前列の顔なじみのお客さんたちと乾杯……そして静かに歌い始めた。
同時にバックボーカルのカルマさんと浮遊0さんたちも続く。
おおお……! 私は正座してそれを聞いた。
落ち着いているのに伸びやかなONEさんの声、そこに安定感がある浮遊0さんが支えて、声が高いカルマさんがそれを彩る。
3ラインあるネイロみたいに距離を保って、移動していく。
横にいる優真さんが目を丸くして、
「ネイロ曲のギターバージョンだ」
「これ歌うような曲じゃないですよ、あ……かなりアレンジされてる。すごい。カッコイイ、保ってずっと移動していく」
3人は上を譲り、センターに誰かが座り、下を順番に支えながら一曲を歌い上げる。
観客はその歌声に聞き惚れる。
誰かひとり欠けてもこの歌は成立しない。
歌声とギターだけでネイロの曲が紡がれていく空間。
一番星が会場の上に輝く頃、3人は同時に右腕を上げて、その星に声を捧げた。
同時に大きな拍手が響いて、ONEさんはマイクを持ち、
「実は言ってませんでしたが、ネイロの曲も作曲してて、これはそうですね」
「なんだよ、それ知らねーよ! その前にネイロって何だ? 今のフツーの曲じゃねーか」
「おいおい!! 教えろよ!!」
会場から笑い声が響く。
元のファンの人たちはネイロ世代じゃないけど、曲の良さは分かるみたいで、会場からぶうぶうと文句が聞こえてきた。
ONEさんはモニターにQRコードを表示させて、
「スマホ出してカメラ立ち上げて~。使い方分からない人は横の人に聞いてください。老人多いし、みんな酔ってるからさあ。んでこのQRに飛んでください。YouTubeのチャンネルに飛びます。実はこれ僕です。この名義で結構曲作ってます」
「有名人じゃねーか、てめーーー!」
「なんでONE名義でやらねーんだよ!!」
会場から怒号と笑い声が響く。
ONEさんは笑いながら、
「若者の曲をじいさんが作ってるの、ちょっと恥ずかしくて。そんな僕と一緒に歌ってくれたのは浮遊0と、カルマさん。ふたりともネイロの有名人」
そう紹介するとふたりは頭を下げて手を振った。
会場の若い人たちが一気に歓声を上げる。
私も一生懸命ビール瓶をピュウピュウと吹く。
この感じだとふたりがいるからライブに来てくれた人が結構いそうで、嬉しくなる。
ONEさんは立ち上がって、
「というわけで、このふたりが持っている有名ネイロ曲行きます。展開が凄まじくて弾くだけで精一杯、いくよ」
そしてピアノが走り出して、ギターがそれを追う。
ドラムがハイテンポで入ってくる。ネイロはとにかくテンポが早いと一瞬で分かる速度の違い。
でも今度は若い子たちが「うおおおおお!」と声を上げてその場でジャンプし始めた。
私も思わず立ち上がって、
「!! これ、すっごく難しい曲ですっ……!」
「おおお……これカルマさんの一番有名な曲だよな。清乃がすげー聞いてた」
「そうです、わああ……カッコイイ、カルマさんサクラちゃんみたいに歌ってる。浮遊0さんも上手、すごい!!」
ネイロの有名曲ということもあり、ものすごいテンポだけど、会場の空気が一気に高くなった。
今回はONEさんがカルマさんの声を支えるように歌っている。
カルマさんはチェックの赤色のリボンをふわふわと揺らして歌っている。
私は横に立っている優真さんに向かって、自分にも付けてもらったリボンをドヤ顔で自慢した。
優真さんは「あはは! お揃いにしたんだ」と言った。
私は首を振って、
「これカルマさんの手作りなんです。ライブの前にお揃いにしたかったからって付けてくれたんです……!」
「へええ~~。似合ってるなと思ったけど、そうだったんだ」
「ぜったいに落としたくないので、家に一回戻ってゴムを追加しました」
「うん、だからかな。後ろにチェーンみたいのが引っかかってる」
「えっ……直してください、今すぐっ……!」
私はその場に膝を抱えて丸くなった。
リボンが外れないように……しか考えてなくて、持っているゴムでグルグルにしてたけど、何か引っかかってるな……と少し思ってた。
私が膝を抱えて丸くなっていると「ちょっと待ってね」と優真さんが私の髪の毛を「こうか?」「これでいいのか?」と言いながら作業してくれた。
耳の横にシャラ……とチェーンが降りて来た。
「ほら、これで取れた」
優真さんが優しく微笑んだのと同時に、聞いたことがあるドラムがタン、タン……と響いてきた。
この曲……! 私が目を開くと、目の前にいた優真さんが目を丸くして、
「! スタンプラリーの曲だ……!」
私と優真さんはなんだか興奮してお互いの手をパンパンとたたき合った。
舞台の上で、ONEさんがスマホを取りだして、
「ねえ、みんな。会場で音楽のスタンプラリーしてるの知ってる? これ会場のすぐそこにあるQRなんだけど、読んでみて」
そう声をかけてくれた。
会場の人たちは「やったよー!」「全部集めたー!」「これをそのまま読み込めばいいのー?」と声を上げている。
ONEさんも舞台上に表示されたQRを読み込んでスマホ画面を見せて、
「今からこの曲やるから、スマホの音をONにして。みんなで再生してよ。他の場所の曲持ってる人は他の部分流してくれたほうが面白いかも。それに合わせて俺歌うよ」
「!!」
私は慌ててスマホを立ち上げて、病院でゲットしたものを準備する。
優真さんは私が持っていない淡浜の動物園のものを見せてくれた。
え? 会場でスタンプラリーの曲をみんなで一斉に流す? それに合わせてONEさんが歌う?!
私はドキドキして心臓が飛び出しそうになる。
それでも嬉しくてスマホを持っている手が震えてくる。
ONEさんが舞台の上で、
「じゃあ、せーの」
と言った。
私は震える指で、YouTubeの再生ボタンを押した。
そして顔を上げると、会場の人たちも再生ボタンを一気に押したのか、スタンプラリーの曲が一斉に流れ始めた。
もちろんズレる。それでもここは野外だ。元々音はかなりズレて響いている。
それでも1000人の観客が一斉にスタンプラリーの曲を流すことにより、音楽が淡浜を支配する。
塊となって、私とカルマさんと浮遊0さん、それにONEさんで作った曲が地面から塊になって一番星に向かって登っていく。
音楽という膜が私を包んで、柔らかく持ち上げていくような感覚。
足の下からも、背中からも、前からも、全部全部、身体中が音に包まれている。
その衝撃から逃げたくて、逃げたくなくて、スマホを抱きかかえる。
ONEさんはマイクを持って夜空に向かい、
「いきます。真夜中のダイナソー」
そう静かに言った。
それは私がさっき決めた曲名。
夜の砂浜にいるダイナソー。海から出てくる恐竜。アニメ研究部∞で作ったはじめてのアニメ……実はそれも頭にあった。
全部抱えて、会場の音が動き出す。それを拾い集めて、ひとつにさせるようにONEさんが歌う。
バラバラだ。でもONEさんの声に向かってみんな集まっていくのが分かる。ポコ、ポコと湧き水のように。
暗くなってきた会場に1000人が持つスマホのライトが地上の星のように輝く。
淡浜自体が音楽に包まれて、ONEさんが歌う。
私は力が抜けてしまってその場に座り込む。
私を支えるように優真さんが横に座る。
背中のスピーカーからペースを支えるためにお父さんが叩いているドラムの音。
そしてONEさんと浮遊0さん、カルマさんの歌が聞こえてくる。
揺れないはずの淡浜が、間違いなく音楽で揺れている。
そして私の横で優真さんが「!」という表情をして私のほうをみた。
「……今の所、加工されてるけど、田見さんの声じゃない?」
「っ……!!」
「やっぱり? いや映像作ってる時から、そうなんじゃないかなって思ってたけど、スピーカーの目の前にきて確信持った。田見さんの声だ、これは」
「っ……、そうなんです、実はこっそり、入れてみて」
浮遊0さんに「なぜ歌わないの?」と言われて自分の声の面白さに気がついた。
だからこっそり曲の中に使ってみたのだ。加工してネイロっぽくしたので、誰も気がつかないと思っていたけれど、優真さんが私の横で気がついた。
私はスピーカーから流れてくる自分の声に包まれて、声を出した。
こっそりとそこにいる私と、今ここにいる私。
それが淡浜で、私たちが作った音楽に包まれて、ひとつになる。
優真さんは私の声のパートを聞き、
「やっぱり田見さんの声はすげーいい」
そう言って微笑んだ。
私はあふれ出す涙を止められず、そのまま頬に落とした。
音は目に見えないのに、絶対そこにあると思える時がある。
今私の声が、目の前にある。色は夜の色、深くて濃くて、それでいて意志を持って空に向かう。
ゆっくりとそれでいて確実に。これは間違いなく、ふたつだけどひとつ、世界でたったひとつの私の声。
たくさんの音と共に歌う。
私だけの世界と、私の声が、淡浜に響く1000人の声と音と歌の中から手を広げて自分を見せる。
音が身体に染みこんできて、私を包む。
音楽が終わって、空に飲み込まれるころ、一番星の横にもうひとつの星が輝き、淡浜は完全に夜に包まれた。
私は流れ落ちる涙をそのままに声をあげて泣き続けた。
それは自分に染みこむ泣き声。
私の中が壊れて、生まれ変わる音。




