時を越えて
「あの、私車椅子押すので道路向こうのショッピングモールまで行きませんか!」
「?!」
驚いた。
田見さんが自分から「スタンプを集めに行きませんか」と言うと思わなかった。
はじめて会った人だし、スタンプは全部集めなくても音楽として聞ける。
とくに田見さんは打ち合わせの時に「病院の曲は、病院から出られなくてスタンプラリーしてくれる人が楽しみにしているので、一番メインを持っていきます」と宣言して、独唱に近いがかなりしっかりした曲が置かれていた。
だから田見さんが自分から言い出すと思っていなかった。
驚いたけど、新菜さんは「行きたい」と言ってくれて三人で道路向かいにあるショッピングモールに行くことにした。
この病院前の道路は国道で、三車線×三車線で、めちゃくちゃ太い。
高速から降りてきたトラックが多く通る道で、よく分からないんだけど、道路に引っ掻いたような線が引かれていて、この道路を自転車で走ろうとするとひっくり返る。
そんな道だから、歩道橋が結構あるんだけど、エレベーター完備の所はなくて、車椅子だと横断歩道を渡ることになる。
清乃が入院してた時に何度か車椅子を押して行ったんだけど、まあ行きにくい。
田見さんは車椅子を押しながら、
「あれ、なんですかこの道路の線は」
「ね、不思議だよね。なんで道路にこんな線が引かれてるのかわかんねーけど、母さん曰く走る時に楽らしいよ?」
「え。でも車以外の人は大変ですよね、これ」
「横断歩道は俺が押すよ」
俺は田見さんから車椅子を押す係を交代して、横断歩道を渡った。
懐かしい。ここを車椅子押しながら歩いたのは何年ぶりだろう。
田見さんが横を歩きながら、
「上手ですね。優真さんは清乃ちゃんの車椅子で慣れてるんですね」
「いやでも……清乃が小学校一年生の頃が最後だと思う、車椅子乗ってたの」
「7年くらい前ですか。でも慣れてますね。さすがです。あっ、ここからは私がっ!」
横断歩道を渡ったあとは田見さんが新菜さんの車椅子を押し始めた。
ショッピングモール内はとにかく広くて1階建て。バリアフリーで多目的トイレも広く、新菜さんは「ちょっとトイレ。え~広くていいじゃん~」と言いながら入って行った。
俺と田見さんはトイレの外のベンチに座って待つ。
田見さんはスマホを見てキョロキョロしながら、
「スタンプラリーはあっちですね。というか……広くて何でもありますね。はじめて入りました、このショッピングモール」
「外にあるドーナツ屋が旨いんだよ。あのほら、田見さんたちがすっっっごく苦い抹茶のドーナツ作ったじゃん。あの時に俺我慢出来なくて、そこのドーナツ屋まで買いに来たんだもん、母さんと清乃と」
「苦いドーナツ懐かしいです。この前久しぶりにミスド食べたら抹茶ドーナツすごく美味しくて……再現不可能だって思いました。抹茶苦くて、その対応のために砂糖を入れると焦げる……詰みです。ミスドの謎です。美味しいなら食べてみたいです」
「買って帰ろう。うめーよ」
このショッピングモール……俺がよく来ていたのは、清乃が入院していた頃だ。
病院の目の前だったので、今日は晩ご飯無理だと言われるとここに来ていた。
お店で売っているお惣菜や商品は、広い食事エリアで好きに食べることができる。
一時期ここの店のジャーマンポテトにハマって延々食ってたな。まだあるのかな。
ひとりで晩ご飯を食べたあと、病院で清乃に付き添っている母さんのためにおにぎりを買って帰るのが日常だった。
そしてこのショッピングモールには服屋も一式入っている。
俺たち淡浜民がファッションに興味を持った時、真っ先に親に連れてこられるのが『ファッションセンター・マカロン』という店だ。
しまむらやGUは遠いけど、ここは淡浜小学校から近くて、みんなここで服を買う。
ある程度流行の服を置いてあるけど、当然ここで服を買うとみんなとかぶる。
小学校の時に明日海が、嫌いな女と同じ服を同日に着てしまい「優真服変えて!!」ってTシャツ泥棒されたの思い出した。
その結果俺は一日ピンクTシャツで過ごす事になって……あいつ昔からひでーな。
トイレから新菜さんが出てきて一緒にスタンプラリーに向かう。
すると途中にランドセルコーナーがあった。
今は7月だけど、ランドセルは一年くらい前から準備するものだと知っている。
母さんとここで清乃のランドセルを買おうって話したな。
最近清乃の調子が良くて、あまり病院に来てないし、そもそも付き添ってもいない。
だからショッピングモールは久しぶりで、新菜さんも食べたがったドーナツを買って病院に戻った。
「おおおお……盆踊りしてますよ!!」
「今年は提灯も出してるんだ、すごいな」
「提灯、波の柄ですね」
「淡波商店街のやつだ。ここに運んだのか、すげー」
俺と田見さんはドーナツを持って病院の屋上に来た。
そこは完全にお祭り仕様になっていた。
たくさんの屋台に、ずっと鳴っている演歌のカラオケ。
真ん中には大きなヤグラがあり、そこから提灯が左右に垂れて飾ってある。
夏の夕方の18時はまだ明るくて、そこまで提灯が光って見えない。本領を発揮するのは花火の日だろう。
提灯には波の絵柄が描かれていて、淡波商店街という文字が見える。
俺たちが淡浜に引っ越してくる前は淡浜商店街で盆踊りをしてたみたいけど、今は商店街自体が終わっていてお祭りをしていない。
数年前に淡浜商店街のボスが心臓病で入院、それから頻繁にここに通うようになり、屋上屋台に使われるようになったと兄貴から聞いている。
俺はそれを田見さんにかいつまんで話すと、田見さんは静かに頷いて、
「商店街の高齢化と、その有効活用ですね。そのお年の方は皆さん病院にいらっしゃるということで一挙両得……」
「そんな気もするね。お、兄貴だ。お~モテてるな~~~」
「わあ浴衣。カッコイイですね。すごい、似合ってますね」
「いや女の人に囲まれすぎだろ。ここに居るのって仕事関係者と医者と入院患者とその家族だけど、完全にハーレムじゃん」
俺は笑ってしまう。
兄貴が浴衣を着て盆踊りをしてるんだけど、その周りに白衣とスーツを着た女性が集まっていて、ホストクラブみたいになってる。
兄貴は「女医さんは淋しい方が多いから」って言ってたけど、なんか変な営業してね……?
これは明日海がガチ切れ一秒前……と思って見てたら、兄貴は一周踊ったら机がある所に戻った。そこに明日海がいて、一緒に店の食事を食べている。
明日海はこれ以上ないほどニヤニヤしてるから、まあハーレムの一部だ、うん。
兄貴の会社のブースのほうを見ると清乃が見えた。
清乃はブースの奥の方でドリンクを作っているのか、入れ物に氷を入れている。
俺はそれを見て感動してしまう。
「おお……清乃が働いてる……」
「清乃ちゃん、頑張ってるっ!」
「ヤバ。写真とろ」
「優真さん、こんな離れた所から撮ったら盗撮ですよ。普通にお店の前に行きましょう」
「いや、自然な感じで撮りたい……おお、見た? ドリンク渡してお金貰ってる。うおおおお……」
俺はスマホで働いている清乃を撮影した。
清乃はジュースを注いでそれをお客さんに渡して笑顔を見せている。作務衣のリボンを前に持ってきてるみたいでふわふわ揺れて可愛い。
兄貴の会社の店内には、他に数人働いている子たちが見える。俺はその何人かに見覚えがある。
俺は撮影しながら、
「……あの男の子、同じ時期に入院してた子だな。東京に戻ったって聞いたけど、来てるのか」
「同じ心臓の病気だったんですか?」
「みんな病気で来てるから詳しく聞いてないけど、ここに子どもで居たってことはそうだと思う」
「元気そうですね」
「横にいる女の子も見たことあるな。うわー……なんか本当にこれ同窓会みたいで良いなあ」
俺がそう言うと田見さんは横で静かに、
「……盆踊りは、死者の魂を弔うために、悲しみを紛らわせるために、また同じ行動をすることで錯乱状態になり、気持ちを落ち着かせるためにしていた……という本を読みました。心臓という人間の核、それを病んだ人たちが集まり、治している病院で、こういうお祭りがあるの、素晴らしいと思います」
「……そうだな」
田見さんの言葉に俺は静かに頷いた。
あえて言わなかったけれど、たくさんの人たちが亡くなっているのも見ている。
だからこの今目の前にある景色が素晴らしいと真っ直ぐに思える。
こうしてただ元気に、普通に生活してる姿が、俺は見たかったんだ。
邪魔したくなくて遠くで見ていると、清乃がお店からパッと出てきて、お店のゴミを片付け始めた。
「!!」
俺は言葉を失う。
あの靴……。
遠くで見ていようと思ったけど、俺はふらふらと清乃が働いている所に近づく。
そうだ、あの靴、絶対にそうだ。
俺が近づいたことにより清乃が俺たちに気がついた。
「お兄ちゃんと田見ちゃん遅い~~。待ってたのに~~~」
「清乃、その靴って……」
「え、真っ先に靴に気がつくのヤバ」
「いや、さっきそこのショッピングモールで同じような靴見たから……」
「そうそう! いいでしょ? 似合う?」
そう言って清乃は足を持ち上げて、靴をプラプラさせた。
それは赤くて足の甲でパチンと止められる丸い靴。
俺はその靴を知っている。
だって……。
清乃は俺を見て続ける。
「こういう靴、私が小学校入学式の時に準備してたの、知ってたよ」
「そう、だったのか……」
「お母さんに言ったの。知ってたよって、だから今回お祭り出るなら、入学式の時に買ってたみたいな赤い靴を買ってってお願いしたの」
そう言って清乃は俺の前でクルリと回った。
清乃の手術が無事終わったのが年長の頃。そして小学校の入学式に行けるかもしれない……その時に母さんはネットで赤い靴を買った。
それは今清乃が履いてるみたいな赤色の足の甲でパチンと停められる靴。でも清乃は入学式の手前で体調を崩して入学式に行けなかった。
俺はその靴の事が忘れられなくて、はじめてアニメ研究部∞でアニメを作ったときにサクラちゃんに履かせたものだ。
清乃は掃除をしながら、
「買ってきてくれたの知ってたけど、入学式いけなくて、そのままその靴行方不明になってたでしょ。ずっと気になってたんだよね」
実は家にポツンと置かれた新品の赤い靴を、俺はなんとなく自分のランドセルに入れて、靴だけ入学式に持って行った。
その後、俺の部屋の押し入れに隠した。
買ったのに履いて行けなかったことを清乃が知ったら落ち込むかもしれない……そう思ったんだ。
きっと押し入れの奥のほうに箱に入ったまま置いてある気がする。
それじゃないけど、それを、今清乃が履いている。
俺はなんとか言葉を絞り出す。
「……そっか。いや、うん、良かった、うん」
俺は涙が出そうになるけど、なんとか耐える。
「うわあああん……だから優真さんはあの靴をサクラちゃんにって言ったんだ、何だろうって思ったけど別に可愛いからって思ってたけどおお、やばあああいいい……うわああああん、だめええ……えーーーん」
と思ったら横で田見さんが大声で泣き始めた。
そうだ、そういうデザインにしたいと田見さんは言った気がする。
ド派手に泣く田見さんを見たら俺の涙は引っ込んで、慌ててティッシュを店から借りて田見さんを座らせた。
清乃は「もう何なの~?」と言いながら俺たちが買ってきたドーナツを食べて、お店で売っているレモンスカッシュを出してくれた。
清乃が作ってくれたレモンスカッシュは世界で一番美味しくて、酸っぱくて、酸っぱすぎて、酸っぱすぎて、泣いた。




