世界を分割するならば
220日。
それは学校の図書館にあった気象の本で知った数字。
日本の365日のうち、220日は晴れている。そして雨の日は50日、曇りは残り95日。
私の感想は、そんなに晴れてるかな……? だった。
ふと思い出しても、マンションから見える煙った景色、外に出たとき湿度で曲がる前髪と、傘を叩く雨音。
濡れた傘を持って乗り込むバスの憂鬱さ。そんなことばかり思い出して、そんなに晴れてる日が多いとは思えなかった。
その本には、晴れが6、雨と曇りを足して4だから、そう感じるのだと書いてあった。
雨と曇りをセットにして、晴れと分けたらほとんど半分こ。
晴れのが多いのに、雨とか曇りの日に気が重いから、そっちのが意識に残るのかも。
さっきネイロを聞いてくれた人がふたり、興味がなく蜂谷さんに酷い言葉を言う人がひとり、無関心がひとり。
きっとみんなお空と一緒。
そんなことを考えながら自転車を漕いだ。
「うっわ……ダメだ、これ乗れないわ。てか俺たちが乗っちゃダメだ」
蜂谷さん……じゃない、優真さんと明日海さんと駅前に来たら、バス停に大行列ができていた。
明日海さんはそれを見て、
「見たことないタクシーもたくさん来てる。これは無理だ。よし、自転車で病院まで行こう」
「くっそ……それしか無さそうだ」
優真さんは大きなため息をついて、それでも自転車を動かし始めた。
さっき蜂谷お兄さんから連絡があり、今私たちはお店で作ったチャーハンと餃子を病院に運んでいる。
私と優真さんは、清乃ちゃんが作務衣を着てお仕事してる所を直にみられるチャンス!
明日海さんは蜂谷お兄さんが浴衣を着て踊るのを見られるチャンスということで、なるべく早く病院に行きたい!
だから早く運んでくれるバスに乗りたいんだけど、どうやら今日は無理っぽい。
明日海さんはスマホで時間を見て、
「18時からだって聞いてる。18時ってまだ暗くないし、盆踊りの時間じゃなくない~~?」
「なんか先生の入れ替えの時間にしてるって兄貴が言ってた」
「先生合わせかー。ううう……真広さん30分くらいは接待で浴衣着るって聞いてる。あわよくば一緒に踊りたい、一瞬でいい、分かってるの、お姉ちゃんから『すぐ戻れ』ってLINE来てる。やだやだ一瞬だけ、一周だけ一緒に踊りたいのーー!」
明日海さんは自転車をグイグイと走らせて叫ぶ。
優真さんは笑いながら、
「お前、一周だけ踊ってまた自転車で淡浜まで戻るの? 距離エグくね?」
「真広さんの浴衣を見ずに終えられるかあああ、うおおおおいくぞおおお」
明日海さんは立ちこぎで自転車を進める。
私は後ろを走りながら明日海さんに話しかける。
「病院……自転車で行くと結構遠いですよね」
「絶対バスの距離! でも駅にレンタルの電動自転車あるじゃん? あれだと全然楽みたいだよ」
「この坂道が楽になりますね」
「そうだよ、このっ……山越えっ……! 電気があれば楽ができるのに、エジソン助けてー!」
明日海さんは叫びながら自転車を立ちこぎした。
その横を駅前に置いてあるレンタル電動自転車に乗った人たちがスイスイと追い抜いて行く。
明日海さんは、
「くっそ……。せめて道の駅で電動自転車借りてくるべきだった」
優真さんも立ちこぎしながら、
「もうなかった。今日は全部動いてるよ」
「だよねええ……! しかも暑いって!!」
嘆きながら自転車を漕いで、なんとか病院に到着した。
どうやらバスも同時に到着したみたいで、たくさんの人たちがバスから降りてくる。
私たちが自転車置き場に向かうと、
「!! 優真さんっ……スタンプラリーに向かってますっ……!」
「おおお……たぶんここが一番遠いのに来てくれてる人がいるね」
「すごいっ……! わあ、すごいっ……!」
私は自転車を止めながら興奮してしまった。
スタンプラリーはこの病院と、道路を挟んだ所にあるショッピングモールの中に設置されている。
病院だけだと次のバスを待つのが辛そうだけど、道路の向こう側のモール内なら食べ物もあってゆっくりできる。
だから二カ所にしたと大波さんは言っていた。その通り、お客さんは病院のスタンプラリーをゲットしたあと、歩道橋を上って向こう側に向かって行った。
ここは遠いからどうなんだろうと思ったけれど、嬉しいっ!
スタンプラリーのお客さんを見ていたら明日海さんが、
「先行く! チャーハンと餃子、私が持っていくね。始まる前に食べたいと思うの!」
そう言って出前を持って走って病院内に向かった。
自転車を長距離漕いだ直後に階段を……、すごい……!
私はスタンプラリーをしている人が見たくて、自転車置き場の壁に隠れて見ていた。
わああ……! 集めて貰えてる……!
興奮して見ていたら、優真さんが居ない。あれ? もう明日海さんと一緒に中に入ってしまっただろうか。
そう思って病院のほうに向かったら、優真さんは入り口付近にある自転車を移動させていた。
私も慌てて駆け寄ってそれを手伝う。
優真さんは私に気がついて、
「この病院、ここからしかスロープに入れないんだよ。地面には書かれてるんだけど、そこが自転車置き場から近すぎて見えなくなってる。いつもこんなに自転車無いから、平気なんだけど。病院の人に言って、ここにロープはったほうがいいかも」
「! なるほど。じゃあ、体力満載の私が自転車を移動させるので、病院に知り合いが多い優真さんが言ってきてください」
「了解。ちょっと言ってくるわ。これ通り道全部埋まってる。ヤバい」
優真さんが言うとおり、入り口は自転車で埋まっていた。
駅前にたっぷりあるけど普段使われていないレンタル自転車がフルで動いてる感じがする。
私が移動させた隙間にも自転車を置く人がいる。
私は近づいて、
「あのっ……すいません、ここ、車椅子が使う所で……!」
「あー、そうなんだーー」
私が声をかけると、自転車を置きそうになっていた人たちは、奥の方に自転車を持っていく。
はあ、はあ、はじめての人に声をかけるお仕事、緊張する。
私は自転車を移動させながら、その隙間にまた自転車を置く人を誘導した。
心細くなってきた頃、優真さんがポールとビニール紐を持って戻ってきた。
「ごめん、遅くなった。いつもの事務の人たちも忙しくて捕まらなくて。うわ、すごいね。全部移動させてある」
「頑張りましたっ……!」
「遅くなってごめん。いやもう病院の中もお祭り騒ぎで大変だ。これをここに置いて、これとこれの隙間にビニール紐をはって……」
私たちは車椅子が移動できるスロープへの道のりをポールとビニール紐で作った。
すると止めようとしていた人たちは、奥の方に移動しはじめた。
優真さんは段ボールを持って来て『ここは車椅子のための道です。自転車は奥へお願いします』と書いて自転車置き場に貼った。
見ていると、私と蜂谷さんが作業した後に、その空間に自転車を停める人はいなかった。
私はパチパチと拍手する。
「完璧ですっ……!」
「ここ地面にしか書いてないから分かりにくいんだよな。昔清乃が手術終わりで車椅子だった頃、自転車だらけで動けなくて」
「蜂谷くーーん! 田見さーーーん!」
「あっ、山崎先生、おつかれさまです」
自転車を片付け終わって中に入ろうとしたら、そこに精神科医の山崎先生が来た。
一緒に車椅子に乗った女の子がいる。あっ……ひょっとして……この前山崎先生が話していた車椅子でネイロが好きな子……。
私はドキドキしながら優真さんの横に立つ。
山崎先生は私のほうに車椅子を押してきて、
「この前話してた新菜さん。今歩けないんだけど、ネイロ大好きで。田見さんのことも知ってるって」
「はじめまして、新菜です。自転車で派手に崖から落ちて~。全治三ヶ月みたいな? 骨ポキポキみたいな?」
新菜さんと名乗った女性の方は、絶対に楽しくない事故の話を楽しそうに話してくれた。
でも聞いたらロードレースで50キロ出ると聞いて、そんな速度で道路を生身で走るの気持ち良さそうっ……! と思ってしまった。
新菜さんはスタンプラリーのアプリを立ち上げて、
「実は朝イチ降りて来たんだけど、自転車すごくてスタンプラリーまで行けなくて。山崎先生が空くの待ってたんだけど、自転車きれいになってる」
「あっ、優真さんが気がついて、はいっ!」
「え~~。気が利くね~~~。先生私これならひとりで行けるわ」
新菜さんは山崎先生にお礼を言って、ひとりで病院入り口にあるスタンプラリーに向かった。
私と優真さんはなんとなく後ろから付いていく。新菜さんは結構古いネイロファンみたいで、
「ニコニコからずっと聞いてるの」
「あっ、私はYouTubeからの投稿組ですっ……!」
「知ってるよ花鳥加音ちゃん~~。わー。握手してー! 若いと思ってたけど、現役高校生。わ~~」
「あっ、はいっ、わあ、ありがとうございます!」
「おお~~。ひとつ集まった~~」
アプリでQRを読み込むと、一つの曲のURLが開いた。
ここは私の特権で、メイン音声と、メインリズム、ふたつ入れたのを病院に置いたので、これだけでも全然大丈夫だ。
新菜さんはそれを流して嬉しそうに聞いてくれた。良かった! そしてスタンプラリーの画面を見て、
「あとは道路向こうの店? うーん」
私は悩んでいた。私が車椅子を押すから道路向こうのショッピングモールのスタンプラリーも集めてほしい。
そのふたりでかなりちゃんとした音楽になるように作った。でも前に山崎先生から「次は自分で集めたいんだって」と聞いている。
ここで私が車椅子を押して「行きましょう」と言って良いものだろうか。
来年したいことを私が奪ってしまうのはないだろうか。
怪我をしている人にとって、そういうことは「楽しみ」なんじゃないかな。
一番近くの歩道橋にエレベーターはなく、結構離れた所の横断歩道に行くしかない。
余計なことな気がする。私のエゴな気がする。
はじめての人にそんな風にゴリ押しするのは断られたら心が辛い……と口を開いては、モジモジとしてしまう。
でも視界のふち……自転車に乗ってきた人たちが、さっき私たちが貼ったロープを見て、少し離れた所に自転車を停めているのが見えた。
私はキュッと手を握って新菜さんの横に座り、
「あの、私車椅子押すので、あの、道路向こうのショッピングモールまで行きませんか!」
「えっ……悪くない? 何か用事あって病院まで来たんでしょ?」
「そうですけど、でもあの、ふたつ一緒にして聞いてほしくてっ、これは制作者である私のエゴですっ……」
言った瞬間から後悔する。
数秒前に戻ってやっぱり辞めようって言いたい。
なんで頑張って口に出してしまったんだろうと後悔をはじめて自分を守る。
そんな風にグルグル始めたら新菜さんが私のほうを見て、
「じゃあ行きたい! 実はショッピングモール行きたかったんだけど、あそこの横断歩道通ったことなくて、段差にハマったら困るな~って思ってたの」
「!! あっ、はいっ。行きましょう、二つ。是非、二つで良い感じに作ったので!」
「ヤバい、制作者から言って貰えるの豪華すぎる」
そう言って新菜さんは笑った。
私は新菜さんの車椅子を押してショッピングモールに向かった。
道は結構デコボコしていて、はじめて車椅子を押す私が困っていると横にいた優真さんが上手に押してくれた。
車椅子押すの難しい……! 遠そうに見えた横断歩道はそこまで遠くなくて、すぐに到着できた。
ショッピングモール内はバリアフリーで移動しやすく、二つ目のスタンプラリーをゲットした新菜さんはその音楽を聞いて、
「!! サクラちゃんの声が分厚くなった!!」
「そうなんです。このふたつでかなり良いんです。そう作りました!」
「ヤッバイ、嬉しい~、ありがとう。え~~、店久しぶり。ついでに抹茶ドーナツ買って良い?」
「あっ、良いですね。買い物して帰りましょう」
私は新菜さんとネイロの話をしながら、ショッピングモールで少し買い物をして病院に戻った。
優真さんもずっと付き合ってくれて、新菜さんは笑顔で病院内に戻っていった。
私は大きく息を吸い込んで、優真さんを見た。
「すいません、清乃ちゃんの所に行きたかったのに、私のエゴに付き合ってもらって」
「いや。驚いてちょっと見ていたくなった。田見さんが自分から提案すると思わなかったから」
「……集めてほしいなって、言いたいなって思ったんです」
「頑張って作ったもんな。良かった。盆踊りはじまってるけど、むしろ清乃は暇になったみたい。行こうか」
「はいっ……!」
私は優真さんの後ろを歩き始めた。
自転車を移動させて道を作った優真さんを見て、なんだか『私も自分で考えて動きたい』と思った。
自分で行きたいんじゃないかな、断られるかな。そう思ったけど、優真さんも横にいるし、とりあえず言ってみようって思えた。
私にしてはすっっごい勇気で、それを見守って貰えて嬉しい。




